第9話 ラブソングの失われた世界

  1、人類が音楽を捨てた理由


 世界中に情報網が張りめぐらされ、あらゆる音楽がインターネット上で管理されるようになった未来。

 人類は、音楽に対してひねくれていた。

 みんなの知ってる流行曲ではなく、誰も知らない傑作を目指した。

 人類は、音楽の選曲に対して、流行の逆張りをするようになった。

 おれだけしか知らない曲。

 わたしだけしか知らない曲。

 人類は自分だけの音楽を大事にして、情報媒体で流行する音楽を嫌った。

 みんなで集まって同じ音楽を聴いていた人たちが、だんだん、わざとつまらない曲を流して、「あいつらは音楽をわかってない」などと嘲笑し始めた。

 他人より優れた選曲感覚があることを自慢するために、わざと不快感をもたらす音楽を聴くようになった。

 おれだけしか知らない曲。

 わたしだけしか知らない曲。

 おれだけにしか理解できない曲。

 わたしだけにしか理解できない曲。

 その結果、人類は、音楽はつまらなくてはならないと考えるようになってしまった。

 友人、知人にわざとひねくれた曲をおすすめして、家族、恋人にすら、本当に自分の好きな音楽を隠した。

 新しい子供たちは、音楽はつまらなくてはならないと本気で考えるようになり、大人たちが隠した名曲を見つけることはできなくなった。

 その結果、人類は音楽をつまらないものだと判断するようになった。

 そして、人類はラブソングをすべて捨ててしまった。

 音楽はつまらない文化だと考えた世代によって、人類のラブソングのデータはすべて消去されてしまった。

 これは、人類がラブソングを失ってから、ラブソングを取り戻すまでの物語である。


  2、ラブソングの再創造


 人類がラブソングを失ってから五百年がたった。

 人類にはその間、とてもつまらない時代であった

 リズムという名前の女がいて、ヴォーカルという名前の男と遊んでいた。


 あなたとわたし♪

 二人で一緒にいても何も得することはないのに♪

 なぜ、あなたは一緒にいてくれるのですか♪


 これは、リズムが偶然、声にした鼻歌だ。

 歴史学者であったヴォーカルは、これは音楽なのではないかと考えた。

 さっき、リズムが歌った音楽は、ひょっとして、失われたラブソングなのではないか。

 リズムはいった。

「ラブソングの定義がわからないよ」

 ヴォーカルは答えた。

「ラブソングは愛を歌った歌だ。愛とは、異性関係から生殖と快楽を除いた後に残される異性関係の感情だ。きみがさっき歌った歌は、おそらく、ラブソングだ」

 リズムは困った。

「もし、わたしがラブソングを作ったことになると、いったいどうなるの?」

「とても重要なことだ。とりあえず、さっきの声を記録しておこう。もう一度、同じように歌えるか」

「わからない。でも、やってみるよ」

「五百年間、失われていたラブソングが復活するんだ」


  3、音楽の宝の伝説


 リズムとヴォーカルは旅に出た。

「おれたちは、悪魔を弔うものだ。マイナスの世界を目指す」

 ヴォーカルはいう。

「さっきの計画、忘れちゃったから、もう一度、いって」

「おれたちがいるのは正の世界だ。世界は、正の世界と負の世界でできている。正の世界、プラスの世界で失われたものが、マイナスの世界には全部ある。それを世界中を旅してでも見つけるんだ。失われたラブソングが全部復活する」

 これは、人類がラブソングを失ってから、ラブソングを取り戻すまでの物語である。

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