2016年【隼人】15 ガムの味
「星野里菜! 彼女は、引退した大女優だ。元芸能人としてAVデビューした。しかも、高校を中退しての業界入りだったから、同期が高校を卒業するときには、多数の作品が発売されてて、それもまた伝説となった。一九歳になる前に引退したにも関わらず、出演作品の多さは郡を抜いている。オレも、抜きまくってるぐらいだ」
「おい、ちょっと待てや」
待たない。里菜の命令でも、隼人の熱弁は止められない。
「里菜さんの作品は前期と後期で大きくわかれて、清純派時代とギャル時代とファンには呼ばれてる。賛否がわかれてるけど、オレはどっちでも抜ける。そして、いま生で里菜さんを見て、ムラムラしております。はい」
「やかましいで、ぼけ。まさか、そんな風に紹介されるとは思わんかった。自分の情報は、絶滅したUMAの情報みたいに古いねん」
「ということは、再デビューが決定したわけですか! やばい。サインください」
怒りに任せて、里菜が近づいてくる。迫られても隼人は饒舌をふるう。
「予想しましょう。この夏場にコートを着てるし、その下は裸でしょ。そうか、ここは青姦スポットだ。てことは、田舎で露出モノをする『田舎で見つけたシリーズ』に出演するってことですね?」
「黙れって言うたよな?」
里菜が目の前にやって来た。立ち上がった状態で向き合うと、身長はわずかに里菜のほうが高いようだ。見上げる顔は小さくて、ばっちりメイクされている。
「里菜さん。オレ、嘘をついてました。さっき、本人を目の前にしたから、清純時代とギャル時代、どっちもいいと言いましたが、あれは嘘です。清純時代で抜くほうが多いです。でも、こんな風に顔を近づけられたら、これからはギャル時代の作品も見ていきます」
いままで画面の中でしか見たことがなかった里菜の顔が近づいてくる。大画面で見るよりも鮮明だ。無表情なので、次の行動が読めないが、こわくはなかった。
そういえば、チンコでガンガン突かれながらも、無表情で誰かと電話をしているアダルトビデオのシリーズもあった。あれも、興奮した。
外野の不良連中が、隼人や里菜を取り囲みはじめていた。なにやら文句を言っている。うるさいはずだが、よく聞こえない。
聴力よりも視力に意識を集中させる。
唇に塗られた口紅が色っぽい。ここで一時停止して、ティッシュがあるか確認するのが、いつものパターンだ。
一時停止できない現実で、見逃さないように、里菜の行動を観察する。
里菜の口元が動いている。ガムを噛んでいるのかもしれない。
「ん?」
鼻と鼻がぶつかる。口と口も。舌と舌も。
近づいてきた顔が離れていく。
里菜の口紅が、ちょっとだけ落ちている。
隼人の口内に、噛んだ覚えのないガムが入っている。味のなくなっているガムだ。
なんだこれ。過剰すぎるファンサービスですか。でも、遥がいるのに。いや、もう人の女だけど、遥が好きなのに、これは。
「なんや、なんや。このガキを黙らせるつもりが、全員、静かになってもうたんやな。どした、お前ら? 他人のキスシーン見て、勃起したんやったら、シコりに家帰れや」
突然の出来事に、本人だけでなく観客も面を食らっていたようだ。
集団心理が働いたのか、誰もがまわりと行動を合わせようとしている。ナンパで先陣を切った個性も集団の意思にのまれたように、どいつだったかわからなくなった。
不良連中の今後の方針は、戦力を集めた人物に委ねるようだ。全員がコトリに視線を送っている。
「そろそろ、倉田たちを追いましょう。おもいのほか、時間を無駄にしすぎたみたいだからさ」
頷くもの返事をするもの。様々な反応があるが、誰もが賛成の意思を表していた。
目的がある。追いかけねばならない相手がいる。だから、目の前でキスをするような普通ではない存在がこわくて、逃げるのとはちがう。
そういう大義名分を得られてひと安心した奴も中にはいたのではないか。
「もしかして、偉そうにしてる女の子。自分がコトリアソビか?」
「人違いですね。アタシは小鳥遊ですから」
里菜にたずねられても、コトリは堂々としたものだ。デビュー当時の里菜とかぶる所がある。強い女性という点で似ているのだろう。
女同士のやり取りを、隼人は味のしないガムを噛みながら見届ける。
「コトリアソビが、山本の名前をかたっとるってきいたんやけど、ホンマか?」
「巖田屋会の山本大介さんのこと? それが、どうかしたか」
「フルネーム知っとるとはな。あいつも有名になったんやな」
「なにを関心してるのか知らないけど、アタシに文句があるんだったら、山本さんが黙ってないけどいいの? ヤクザだよ」
「そうだ。ヤクザだぞ」「帰れよ。先にいきたいんだよ」「やんや、やんや」「おっぱい、おっぱい」
「ホンマにうるさいなぁ」
もしかして、もう一回キスされるのか。隼人は口元を手で隠す。だが、期待に股間は膨らんでいた。
里菜がコートを脱ぎ捨てる。今度は、裸でどうにかしてくれるのか。
最高潮に達した期待は、最悪の形で裏切られる。
里菜はコートの下で、ショットガンを構えていた。
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