渡り鳥

イネ

第1話

 お勝手の窓が風でガタガタ鳴るのなら、いつものことでした。それだけでなく、冬にはすきま風が板戸の割れ目から、寝ている子供らの頭の上に雪を運んでくることもあるし、雨漏りがすると、たらいや鍋を持ってきて雨水を受けました。その音が「とん」「ちん」「かん」と聞こえるもので、子供らがおもしろがって転げまわったりすると、やっぱり家全体がミシミシと揺れました。古い家というのはそういうものなのです。

 それでも確かに、今朝の様子は少し違っておりました。家中の窓が一度でなくずっとビシビシ震えていましたし、雨戸を閉めようかどうしようかと迷っているうちに、東の空はもう真っ黒な雲におおわれてしまったのでした。

 大人たちは田や畑を心配して朝早くから出払っておりましたから、家に残された三人の幼い兄弟らが、昼近くになって警報かあるいは風の音かが恐ろしく響くのを聞いたときにはもう、村はすっかり嵐の最中にあったのです。


 いちばん小さい三郎は、お母様と一緒でないのが気に入らなくて、今にも泣き出しそうでした。二郎もやっぱりふるえていましたが、それでもちゃんと、納戸から雨具をだしてきたり、火の始末をしたり、すっかり兄さんを助けました。その、いちばん上の一郎だって、ようやく五年生なのです。けれども弟たちのために、ぼやぼやしてはいられません。

「お母様もきっとお寺へ行っているよ。今頃はもう、お堂でみんなのお世話をして忙しくなさっているかもしれない。三郎は、お寺まで歩くのが好きだろう。カエルを探して川の中をのぞくのが好きだろう。さぁ、行こう」

 三郎は、なんだかだまされたような顔で、こくりとうなずきました。

 そうして三人は長靴を履いて、合羽のひもをきつく縛って覚悟を決め、家の外へ出たのです。


 けれどもそこはもう、別世界でした。あらゆる方角から雨風が吹き荒れ、見たこともない巨大な川が出来上がり、もう後にも先にも、どうにも行き場が見つからないのでした。

 するとそこに、いつもは下の川べりにつないである小さな渡し舟が、波止場を失ってぐるぐると渦を巻いてやって来るのが見えましたので、一郎はどうにかこうにかそれに飛び乗り、それから信じられないような力で弟らを引っ張りあげると、無理に落ち着いて叫びました。

「大丈夫。ぼくらこの舟でお寺までのぼって行こう」

 三人は再び覚悟を決め、手を取り合って、激流のなかを流れていきました。

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