メルシュ博士の本性

ニオラとアデーレを喪ったレンカにライラを預けたように、子供を亡くしたメイトギア人間達にクローンを預けたり再び人工授精を行って妊娠させたりということを、メルシュ博士は行っていった。


普通の人間ならよくそんな無神経なことができるなと反発もするだろうが、博士はそんな反発など意にも介さない人間だった。


かつての人間社会で彼女が実際に行った違法行為そのものは、自らを未承認の老化抑制技術の実験台に使ったり、希望する相手にそれを施したりという程度のことでしかなかったが、この時代には反社会的傾向や他者への共感性のなさというものをより具体的に検出することができる。それによると、連続殺人犯すら大きく上回るレベルで危険度が高いという結果が出ていた。それどころか、人類史上でも今なお悪名をとどろかす者達と同等以上の結果だったという。


さりとて、そのような危険性が分かったからと言って必ずしも社会から排除される訳ではない。なぜなら、そういう危険性が高いと評された者の中には大変な偉業を成し遂げたものも数多くいるからである。特に、大きな危機から人類を救った英雄と称される者のほぼ全員が、非常に高い危険度を示していたという事実が確認されており、並外れた才覚を持つ者というのはそういうリスクを同時に抱えているということが立証されていたのだ。


故にメルシュ博士も、法を犯せばもちろん処罰もされるが、その途方もない才能を社会で活かしてもらえるのならと自由を与えてもらえていたのだった。実際、博士が人類社会に対して多大なる貢献をしたというのは、アミダ・リアクターの小型化低コスト化や老化抑制技術という、ジャンルに縛られない数々の発明を見るだけでも明らかである。


だが同時に、博士は高度シミュレーターの中では幾度となく人類を滅亡させる実験を行っており、それが彼女を<狂気と異端の科学者>と評する一番の原因になっていた。


<高度シミュレーター>とは、VRの中に入ってしまうと、普通の人間では現実と区別をつけることは不可能と言われるほどに緻密に現実を再現しており、物質的な実体を持たないだけの<平行世界>と称されるほどのものだった。だから、これが実用化されたばかりの頃にはそれに没入してしまい現実世界に帰ってくることを拒む者も続出した為、現在ではVRにリミッターが掛けられ、自身のアバターは通常の場合は敢えてチープなポリゴンで再現され、VRであることを強制的に意識させるようになっている。


メルシュ博士は、自らの理論の検証を行う為に、その<平行世界>で数百億人の人間を死に追いやってきたのであった。


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