訪問

娘のニオラ・フォーマリティと預かっていたクローンのアデーレ・ヴァルゴを立て続けに喪ったレンカ・フォーマリティは、自宅のソファーに体を預け、ただ茫然と時間を過ごしていた。本体であるレンカCS30Tも同様である。


部屋の中は、物が散らかり雑然とした印象になっていた。その様子はまさに、鬱状態となった人間の部屋そのものといった様相だった。


そこに、訪ねてくる者があった。インターホンが鳴らされ、最初はそれに気付かなかったが何度目のチャイムにようやく気付き、レンカCS30Tがインターホンに接続して「はい…」と応答する。


「やあ、ちょっと用があるんだが、お邪魔してもいいかな」


インターホンに向かってそうにこやかに話しかける、黒髪に眼鏡の女性。メルシュ博士だった。


「博士? あ、あの、すいません。今…!」


そう言って慌てて玄関の鍵を開ける。今のイニティウムタウンでは鍵など掛ける必要はなかったのだが、社会が大きくなってくればいずれそういうことが必要になってくる可能性があるので、子供達に鍵を掛ける習慣を身に着けさせるために敢えて鍵を掛けるようにしていたのである。


まあそれは余談なので置いておくとして、突然訪ねてきたメルシュ博士を出迎えたレンカCS30Tとレンカ・フォーマリティの前に、博士に連れられた十歳くらいの少女の姿があった。


「昨日生まれた子でね。名前はライラ・アクエリアス。君に預かってもらおうと思って連れてきたんだが、頼めるかな?」


普段とまるで変わらぬ調子で軽くそう言うメルシュ博士に、レンカCS30Tとレンカ・フォーマリティは戸惑いを隠せなかった。ニオラとアデーレを亡くしたばかりで自分が正常な状態ではないことは、彼女自身も自覚していた。そんな自分にまたクローンの養育を任せるなど……


しかし、レンカCS30Tとレンカ・フォーマリティの戸惑いなど預かり知らぬと言わんばかりに、博士は続けた。


「まあ君が正常な状態でないことは私も承知してるよ。でもだからこそ君に頼みたいのさ。貴重なデータが得られそうだからね」


『データ…? 実験ということですか…? 今の私を実験に使うということなのですか…!?』


博士がそういう人物であることは承知しているつもりだった。だが、それにしたってこれはないのではないか? レンカCS30T、いや、レンカ・フォーマリティはそう思った。無意識に拳を握り締め、体が小刻みに震える。それでも博士は気付いているのかいないのか、取りあう様子さえない


「は…い……分かりました……」


何を言っても無駄だと感じ、彼女は俯いたままそう応えたのだった。


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