レンカ・フォーマリティ

「ニオラ、どうしたのニオラ…!?」


その異変は、イニティウムタウンに暮らすメイトギア人間のレンカ・フォーマリティの家で起こった。メルシュ博士の手によって人工授精し産んだ娘のニオラが急に熱を出し、痙攣を起こしたのである。


我が子のただならぬ様子に、レンカ・フォーマリティの本体であるメイトギアのレンカCS30Tがニオラを抱き、すぐさま診療所まで走った。標準仕様のメイトギアでも、時速三十キロ程度では走れるので、少しでも早く治療を受けさせるためだ。


「これは…症状だけ見れば麻疹はしかのようですが……」


診療所では、医師の代わりにと医学的なデータを集中的にアップデートされたメイトギアのノーラAE86Jが診察するが、視診だけでは詳細が分からず、細菌及びウイルスの検査も行う。もちろんそれと同時に対処療法を行うものの、検査結果が出る前に、続いて駆け付けたレンカ・フォーマリティが見守る中、ニオラは僅か一歳七ヶ月の短い生を終えたのだった。


「ああ…ニオラ……」


レンカ・フォーマリティは娘の亡骸を抱き、涙をこぼした。その姿は、まぎれもない<母親>のそれであった。


しかしその時、ニオラの血液を調べていたノーラAE86Jが、検査結果を見て頭をひねっていた。


「これは、エーレントラウト・マーザン・ウイルス…? しかしエーレントラウト・マーザン・ウイルスではこれほどの劇症化はデータにはない。なぜこんなことに…?」


エーレントラウト・マーザン・ウイルス(Ehrentraud Masern Virus)=EMウイルスは、今から千年ほど前に開拓されて現在では五億人ほどの人間が住む植民惑星の一つである惑星エーレントラウトの風土病のエーレントラウト麻疹の原因となるウイルスだった。


惑星エーレントラウトは有名なリゾート地でもある為、常に多くの観光客で賑わっており、それによってEMウイルスに感染する人間も多かった。しかしエーレントラウト麻疹自体は地球人にとってはそれほど脅威となる疾患ではない。乳幼児が感染した場合は確かに命を落とすことは稀にあったが、それは合併症を併発したことによるものであって、エーレントラウト麻疹単体で命を落とした例は報告されていなかったのだ。


だが、事態はそれで終わらなかった。


ニオラが死亡した翌日にはレンカ・フォーマリティが預かっていたクローンのアデーレ・ヴァルゴまでが高熱を発し、治療の甲斐なく死亡してしまったのである。


この事態がレンカ・フォーマリティの本体であるレンカCS30Tのメインフレームに与えたストレスは相当なものだったらしく、正常なデータ処理が行えなくなってしまった。人間で言えば、鬱状態になってしまったようなものであった。


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