不穏な動き

メルシュ博士としては、リヴィアターネ人による急速な発展は想定していなかった。その為、近親婚による形質異常の可能性が十分に低くなる数百人レベルにまで新しいCLS患者のクローンにより人口を増やすことができれば、後は成り行きに任せるつもりだった。


博士に、権力志向はない。他人を自分に従えて悦に入る趣味もない。ただ自身が興味を抱いたことに正直なだけだ。それ故、他人を従えることに興味を持ってしまえばそれを行ったりはするだろうが、恐らくそれは一時のことだろう。関心を持てばその間はすさまじく執着するが、実は飽きっぽい性格でもあった。


博士自身、この町が基本的な形を確立させて、サーシャ達が成長し自ら町を機能させ始めれば、あとはもう経過観察するだけになるだろうと予測していた。何が起こるのかを見たいだけで、そこに干渉する気はあまり起きないだろうと予測していたのである。


まあ、前提条件を変更した別の町を作ってみたりすることはあるかも知れないが。


だがこの頃、実はイニティウムタウンの外で、不穏な動きが生じていたのだった。メルシュ博士が作ったこの町とは別に、メイトギア達が独自に築き始めていたコミュニティーが次々と何者かの襲撃を受けて全滅するということが起きていたのである。


メイトギア達はCLS患者を安楽死させる為にリヴィアターネに投棄されたのだが、肝心のCLS患者に遭遇できなかったりすると任務を後回しにして人間のように日常生活を送り始めたりするのだ。それらは、ここに投棄される際に初期化を行わずに簡単な<指示>という形でCLS患者の処置を命じられた者達が殆どだった。初期化されていない為に以前の主人と暮らしていた頃の記憶がそのまま残っており、過去の日常を再現しようとしてしまうのだ。


しかもそういうメイトギア達のコミュニティーには、多くの場合、幼いCLS患者もいたりするのだった。


CLSを発症した者は心臓の機能が停止し、代わりに全身の筋肉を細かく動かすことで体液を循環させて肉体の機能を維持するようになるのだが、体が十分に小さいと部分的な壊死が起こらないことが往々にしてあり、外見上は血色が悪そうに見えるだけで生きた人間のようにも見える事例があるのだった。それが原因で、メイトギア達の中にはそういう幼いCLS患者について<死んでいる>と認識できずに生きた人間として保護してしまう場合があったのだった。


とは言え、外見上はそう見えなくてもCLSを発症した者は間違いなく人間としては死んでいる。何しろ、その頭の中には<脳>がなく、また記憶なども引き継いでいないのだから、それはもう決して人間ではないのだ。


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