第82話 本当にあった怖い話
珍しく冷え込んだある日のことでした。
ルディさんがプンスカしてて空気が重くなっちゃったので、真彩さんやお姉ちゃんとも会話が弾まなかったんですよね。
だから僕は気まずくて、ついつい何度もおかわりしちゃったんですよ。
それが良くなかった。
どうもなんかの具材が体質に合わなかったみたいでしてね、下痢が止まらなくなっちゃったんですよ。
それで、トイレの落し紙を使い切っちゃいまして。
仕方がないんで別のトイレに用を足しに行ったんですけどね。その途中で、見ちゃったんですよ。
あの凄まじい光景を……。
※
ドラクリア城には立入禁止の空間があった。
そのうちのひとつが、この分厚い扉で閉ざされた空間である。
なぜ扉の厚さがわかるのかと言えば、先程ガリアが入っていくのを見たからだ。メライアと、ギルエラを引き連れて。
立入禁止だと言うからには、なにか国家運営に関わる重大な機密が隠されているものだと思っていた。だが、三人の格好はやけにラフなものだった。
委細が気になったが、しかし今は旭の下半身事情(便的な意味で)の方が重要だ。旭はトイレへと向かう。
待ち受けていたのは、辛く激しい戦いだった。
後から後から押し寄せてくる苦痛の波が、旭の離脱を許さない。何度も息を潜めて旭を欺き、解放された喜びを束の間の内に打ち壊す。
てっきり体質の問題だと思っていたのだが、ようやく解放されてからのトイレが乳臭かったので乳製品の摂りすぎである。アイス六杯はまずかった。
迷子にならないように、ゆっくりと来た道を歩く。
あちこちグルグル回り回ってようやくさっきの部屋の前に辿り着くと、ちょうど誰かが出てくるところだった。
案の定迷子になっていたので道を訪ねようと思ったのだが、どうにも様子がおかしい。二人はお互いに肩を貸しながら、ぐったりと歩いていたのだ。いつも二人からは想像もできない、精根尽き果てた姿。
あの部屋でなにが行われていたのだろうか? 旭が恐れおののいていると、入れ替わりでマリエッタとソフィアがやってきた。
旭に気づいた二人は、それぞれに柔和な笑みとニヤケ面を浮かべる。
「もう大人の時間です。明日に備えてもう寝なさいな」
「すいません、トイレの紙がなくなっちゃって……」
「あら、それは大変ですね。後で届けさせましょう」
対するソフィアは、ニヤニヤしながら旭にこう言った。
「エロいことに使いすぎたんじゃないの?」
図星である。例の夢が使いやすいのが悪い。
「べ、べべべ別にそんなことないですよ!?」
「こら。男の子には譲れないものがあるんですよ」
「はいはい。まあ、エロスは程々にね。……あたし達が言えた義理じゃないけど」
それから二人は分厚い扉を開け、中の空間へと消えていった。中からの音は一切聞こえない、隔絶された世界だ。
予想外の出来事に、激しく脈打つ心の臓。深呼吸して落ち着いてから、道を聞いていなかったことに気づく。
二人が出てくるまで待っていてもいいのだが、それはそれで時間がかかりそうだ。
そこで旭は気づく。
(……二人?)
ここから出てきたのは二人。最初に入ったのは三人だ。途中で出ていたのでなければ、ガリアはずっとこの部屋に居ることになる。
外界から切り離されたこの部屋の中で、一体なにが行われているのだろうか。
考えながら歩いていると、また迷ってあの部屋の前に来た。いい加減に眠いのでさっさと戻りたいのだが。
と、分厚い扉が再び開かれる。しかし、今回出てきたのはソフィアだけだった。疲労に苛まれながらも、どこか充足感に包まれていた彼女は、旭を見るなりニンマリと笑う。
「あれ、もしかして覗こうとしてた?」
「いえ……迷っちゃってずっとグルグル回ってたんですよ……」
「ああ、迷子か……確かにこの城複雑だもんね」
彼女から大雑把な道案内を受ける。どうにもこちら側からは目立たない扉があるらしく、そこが宿舎の廊下に繋がっているらしい。
「ありがとうございます。……そういえば、マリエッタさんはどうしたんですか?」
「あの子はちょっとね。気絶しちゃってまだ休んでる」
一体、この部屋の中ではどんな過酷な事が行われているのだろうか。旭は戦慄し、背筋を伸ばす。
「それじゃあ、あたしはこれで」
「また今度」
ソフィアと別れて歩き出すと、今度は三人の女性がやってきた。マジータと、ルディの伯母と、知らない女性だ。
「あれ、旭くんどうしたの?」
「ちょっと迷っちゃって。でもソフィアさんに教えてもらったんで今から帰るところです」
「そうなんだ」
「ところで、皆さんはなにを?」
旭が訊ねると、三人はそれぞれ顔を見合わせた。困り顔で目配せを交わすその様は、まるで視線だけで話し合っているかのようだった。
結論はこうだ。
「ラムルーデに聞いてみて」
意地の悪い笑みを浮かべて愛娘に説明を丸投げしたマジータは、二人を引き連れ扉を開ける。その隙間から、熱気が溢れ出したような気がした。
※
翌日。
朝食の間も、ルディとの間には気まずい空気が流れていた。それがどうにも居心地悪く、なんとか話題を探っていく。
「昨日は寒かったですね」
「そうだな」
「今日のご飯も美味しいですね」
「そうか」
態度が冷え切っている。暁火と真彩は苦笑いだ。
なんとか活路を見出すべく、脳をフル回転させる。浮き上がりそうなほどに回していると、ふと昨晩のことを思い出した。
「ところで、西館にある分厚い扉の部屋って、一体なんなんですか?」
トーストを喉につまらせたらしい。彼女は激しく咳き込んでから、旭に白い目を向ける。
「……本当に知りたいのか?」
「はい。昨日いろんな人が入っていくのを見かけて、気になってるんですよ」
「……そうか」
ゴートミルクで喉を整えてから、彼女はこう言った。
「教えてやるから、訓練が終わったらお前だけで部屋に来い」
「えー、なにそれあたしも気になるんだけど」
「私も気になります」
野次馬根性剥き出しの二人を、ルディはキッと睨みつける。
「お前ら来たら殺すからな」
そんなわけで、訓練が終わった旭は再びあの部屋の前にやってきた。
先に来ていたらしいルディは、妙にソワソワとしながら周囲を確認している。旭にもすぐに気づいたようで、不満を露わに口を尖らせた。
「……遅いぞ」
「すいません。長引いちゃって」
「そうか」
言うなり彼女は分厚い扉に手をかける。勢いよく開け放って、ツカツカと踏み込んでいった。
「ついてこい」
恐る恐る足を踏み入れる。中にあったのは……広いが、それ以外はごくごく普通のベッドルームだった。
首を傾げる旭に、彼女は言う。
「特になにかあるわけじゃない。ここはただのヤリ部屋だ」
「や、ヤリ!?」
ヤリ部屋ってあの!?
仰天する旭をよそに、彼女は後ろ手で鍵を締める。ゴトリと、重々しい音が響いた。
「あ、あの……なんでしょう」
戸惑う旭に、彼女はこう言うのだ。
「……知りたいんだろ、この部屋がなんのためにあるのか」
それは、つまり。
彼女が入念な人払いをしていた理由が、ようやくわかった。
「え、あ、その……あの……」
心臓が高鳴り、ドクドクと血が巡る。旭の血圧は、過去最高値を記録していた。
「そ、その……僕、初めてなんで……」
背の高い彼女を、上目遣いで見やる。すると彼女は、母親そっくりの笑みを浮かべてこう言った。
「冗談だ」
「え?」
あっさりと鍵を開けて、そそくさと部屋を出る。
「馬鹿め。やましいことばかり考えているから騙されるんだ」
楽しげにそう言った彼女は、さっさとこの場を立ち去ってしまう。
釈然としないまま、旭はひとり取り残されていた。
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