第83話 見えもしないくせに

 ルディがなにを考えているのか、未だによくわかっていない。

 この数日で、彼女の生い立ちに関する様々なことを知った。それでもなお、彼女の思考回路には未知の部分が多い。

 例の部屋からの帰り道。ようやく追いついた旭に向かって、彼女は不意にこう言った。

「ところで、ヴィルデザイアのことなんだが……」

 つい先程にあんな冗談で旭をからかったにも関わらず、彼女は至って真面目な話を切り出したのだ。切り替えが早すぎる。

 他人の考えが読めないことなど日常的な瑣末事だが、それにしたって限度があるだろう。

「なにかあったんですか?」

 とはいえ蒸し返されるのも恥ずかしい。旭は相手の話題に乗ることにした。

「追加武装の案がいくつかあってな」

「どういうのがあるんです?」

「中距離向けが中心でな――」

 出された案は全て魅力的なものだ。ああでもないこうでもないと、二人で知恵を絞り出す。

 結果、武器はいくつあっても困らないだろうという結論に至った。

 そろそろ夕飯の時間だ。

 食堂へ向かうと、旭に気づいた真彩が厨房から駆け寄ってくる。彼女は両手を合わせると、いたずらっぽくぺろりと舌を出してこう言った。

「ごめん、晩御飯まだなんだ」

「なにかあったんですか?」

 旭が訊ねると、彼女は額に手を当てる。

「いやね、このお城のメニュー、よく見たら栄養価とか全然無視しててさあ……流石に何日もこんな食生活続けてるとマズいから、メニュー練り直してたんだ」

 確かに、油ものが多かったり、青物が少ないとは思っていた。異世界の品なので、そういうものなのだろうと納得していたのだが……基本はどこも変わらないということか。

「だから、もうちょっと待っててね」

「手伝いますか?」

「それじゃあ配膳だけお願いしよっかな」

 そんなこんなでますます元の世界に近づいた食事を並べながら、ルディが呟く。

「……栄養なんて、気にする必要あるか?」

 それを聞いた旭は、彼女が極端にだらしない人間なのではないかと思った。その美貌から、てっきり健康には気を遣っているものだとばかり思っていたのだが。

「ちゃんとビタミンも摂らないと病気になっちゃいますよ」

 忠告のつもりで言ったのだが、彼女の反応は意外なものだった。

「ん?」

 意識の外から殴られたかのように、ポカンとした表情を浮かべる。

 それから、得心したらしくひとりでに頷いた。

「ああ、そうか……」

 なにを納得したのだろうか。疑問符を浮かべた旭に、彼女は言う。

「いやな、定命じょうみょうだとそこまで気にしないといけないんだな……」

 価値観の違いをまざまざと見せつけられた。国賓をもてなすご馳走の栄養も偏るはずだ。

 そうであるならば。

 旭は仮定を持ち出す。

 生きられる年月、生きてきた年月の違いが、価値観の相違を生み出すのなら。

 彼女の思考が微塵も理解できないのは、生きた年月にあまりにも膨大な差があるからなのではないか?

 二百年以上にも及ぶ、途方もないタイムラグ。それは埋めようのない、昏く深い海溝のような断絶。

 彼女との間に、埋めようのない溝を見つけてしまったような気がした。



 夕食後、旭は気分転換に格納庫へとやって来た。

 ヴィルデザイアの様子を見に来たのだ。立入禁止エリアを避けながら、ゲスト用のハンガーへ向かう。

 普段は誰も居ない時間なのだが、今日は先客の姿があった。

 手すりに体重を預けている、紺を基調としたドラクリアの軍服で身を包んだ青年。この国の王たる男、ガリアだ。

 彼は旭に気づくと、こっちへ来いとばかりに手招きしてみせた。

「ヴィルデザイアの調子はどうだ?」

 わざわざそんなことを訊きたかったのだろうか? とはいえ相手は国王陛下だ。腹の底ではなにを考えているのかわからない。疑問を抱えながらも、旭は当たり障りのない回答をチョイスした。

「はい。とても調子が良いです」

「そうか。それは良かった」

 彼もまた、当たり障りのない言葉を返す。狙いが読めない。

 このガリアという男のことを、旭は測りかねていた。

 一国一城の主という権威ある立場にありながら、その言動や立ち居振る舞いからあまり威厳を感じられない。ともすれば、ごくごく普通のフランクなお兄さんといった印象さえ受ける。

 娘の友人というごくちかしい相手だということを勘案しても、もう少し王様っぽく振る舞ってもいいと思うのだが。

 旭が頭を悩ませていると、彼は更にこんなことを言い出した。

「……堅苦しいのはやめにしよう。俺と君とは、本来対等な立場にあるべきなんだ」

「え?」

 口をついて飛び出した疑問符に、彼は言葉を選ぶように答える。

「対等ってのは違うな……その……なんだ。俺は君に感謝してる。あの子が……ラムルーデがあんなに楽しそうにしてるのは、本当に久しぶりなんだよ」

「……そうなんですか?」

 急にそんなことを言われるとは思わなかった。

 ガリアは視線を動かし、どこか遠くを眺めながら言う。

「あいつは気難しいところがあってな。俺の接し方が悪かったんかな……ここ数十年はロクに口も利いてくれなくてな」

 スケールがでかすぎる。

「だが君達のおかげで、また昔みたいに笑ってくれるようになった」

 そう言うと、彼は旭に向き直った。

「本当にありがとう」

 礼を言われるような立場ではない。

「いえ、僕は……そんなこと、全然。ルディさんがなにを考えてるかとか、全然わからないですし……」

 彼女がどんなことを考えて、どんな気持ちで生活しているのか、それすらわかっていないのに。

「それなのに、そんな、お礼なんて……。ルディさんのこと、僕は全然わかってないのに……」

 旭の告白に、しかしガリアはキョトンとしていた。

「あ? なんだ、そんなこと気にしてるのか?」

 それから体勢を変え、手すりに背中を預ける形になる。

「他人の頭の中なんてのは、基本的にはわからないもんなんだよ」

「え、でも……」

「まあ、確かに多少はあるよ。君がウチの娘を大切に思ってくれてるみたいだから、俺はこうしてもてなしてるわけだし」

 勢いをつけて立ち上がったガリアは、旭の肩に手を置いた。存外にしなやかで、それでいて力強い掌だ。

「あの子は口下手だし、母親に似てひねくれた……気難しいところもある。いろいろ秘密にしてたみたいだから、不安に感じることもあるだろう」

 ルディよりも年若く見えるその青年は、しかし確かに親の顔をしていた。

「だが……これまでのことを思い出してやってくれないか」

 明かされた真実ではなく、積み上げてきた信頼を見てくれ……と。

「あの子は、あの子なりに君のことを大事に想っていたはずだ」

 彼女のこれまでの言動は、多分、きっと。

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