第80話 ダイナミックレンジ

 彼我の戦力差は比べるべくもない。圧倒的に不利な状況に置かれ、旭は生唾を呑み下す。

 ――「これはディプラス。輸出向け帝国製量産機の最新モデルだ。君は指揮官用の上位モデルを使っていいから、私達三人を相手にしてみるといい」

 メライアは確かにそう言った。旭が乗っているのは、目の前の三機よりも基礎スペックが高い。

 数の差に関しても、彼女達は同時に攻撃を仕掛けてこないためにそこまで不利な要素ではないはずだ。

 だというのに。

 旭は圧倒されていた。

「この!!」

 大剣を下段に構え、旭は走る。それを防ぐように躍り出たのは――ギルエラ機だ。

 巨大な盾を構えたギルエラ機は、旭の斬撃を真正面から受け止める。

 ただ受け止めるだけではない。

 その大質量を活かし、斬撃を垂直に受け止めているのだ。一撃に込めた力の分だけ、旭に反動が返ってくる。

 一気に体勢を崩された旭機。その頭部を横薙ぎの衝撃が襲う。盾で殴られたのだ。本来の用途など関係ない、問答無用の大質量。

「相手の土俵に上がったままじゃあな。勝てるものも勝てないぞ」

 無様に土を舐めた旭機を見下ろし、彼女は淡々とそう言った。期待も失望もされていない。それがたまらなく歯がゆかった。

「もう一回……」

 せめて一太刀だけでも。旭は負けじと立ち上がる。

「気合と根性は十二分。鍛えるべきはやはり技能か……」

 諦めはしない。再び構えられた大盾を観察する。

 旭がどんな攻撃を仕掛けても、あの盾はそれを完璧に防いでしまう。生半可な攻撃は先程のように跳ね返されてしまうし、跳躍などを組み合わせて威力の底上げを図ろうものなら簡単に受け流されてしまうのだ。

 得物を構える旭とギルエラ。と、その間に割って入る影があった。

「達人は一日にしてならず。今日は技量の把握に努めるのがよいのではなくて?」

 マリエッタだ。徒手空拳の構えには、小細工ひとつ存在しない。

「先の乱戦であなたの観察力は把握しました。そちらは及第点でしょう。ですが――」

 消えた?

 いいや違う。一瞬で体勢を低くした無手の機体は、あっという間に懐へと潜り込む。この構えはアッパーカットだ。後退し回避を試みるが――ほんの少しだけ踏み込みが足りない。

 歩幅が違う。ヴィルデザイアなら避けられたはずなのに。

「アッターック!!」

 鼻先を抉りこむ鋭い拳。上向きになった視界から再び敵機が消える。広がるのは、ただただ青い空ばかり。

「吸血甲冑の源流は鎧。確かに起源は、肉体の拡張でした」

 初めてヴィルデザイアに乗った時、体が大きくなったような気がした。この巨体の全てが自分の肉体だと思えたのだ。

「しかし人体そのものではありません」

 視界の外から回し蹴りを叩き込まれる。水晶の瞳では、眼球のように目だけで下を見ることができない。

 斜め上から振り下ろされた一撃は、旭機を大地に縫い付けた。広場の土が跳ね上げられ、宙を舞ってから機体を汚す。

「まず、人間とは関節の位置や数、構造が異なります。更にこれは、吸血甲冑同士においても同じことが言えます」

 ほんのわずか数秒で、嫌というほど理解させられた。

「知るべきものは敵だけではない。むしろ、己を知ることこそがなによりも大事なことなのです」

「己を、知る……」

「あなた自身の未熟さについても、同じことが言えますね」

 それから、日が沈むまで何度も何度も叩きのめされることとなる。虎視眈々と、反撃の機を窺いながら。



 体中が痛い。

 生身では特になにもしていないはずなのだが、現に旭の筋肉はそこかしこで悲鳴を上げている。

 思えば、ここまで手酷くやられたことなど今の今まで一度もなかった。

 そんなぎこちない動きの旭とは裏腹に、姦しい三人は思い出話に花を咲かせる。

「この三人で組んだのは久々だな。百年ぶりぐらいじゃないか?」

「メライアはガリアとばかり組んでいましたからね」

「いや、でも五十年ぐらい前に一回なかったか? ほら、メライアが旅先で見つけてきたやつ」

「……あったなそう言えば。すぐに終わったから忘れてた」

「まさか二ヶ月で終わるとは思いませんでしたからね」

 不老不死の吸血鬼故か、思い出話のスケールが大きい。文字通りに桁違いな会話は、横で聞いているだけでも軽く混乱してくる。

 旭が体験した波乱万丈の一ヶ月も、彼女達からしたら一瞬の出来事なのだろう。

(……じゃあ、ルディさんは?)

 彼女もまた不老不死の吸血鬼だ。二百年以上の、旭の過ごした十余年とは比べ物にならないほどの長い生を謳歌している。

 そんな彼女は、この一ヶ月の出来事をどう思っているのだろうか。やはり彼女も、ほんの一瞬の出来事ぐらいにしか感じていないのだろうか。

 同じ時間を共有しているものだと、思っていたのだが。

 突然背中を叩かれる。

「いってえ!?」 

 背骨を中心に激痛が走った。じんじんと痛む背中をさすりながら、旭は恨めしげに犯人を見やる。

「メライアさん……痛いですよ……」

「はは、すまない」

 抗議の視線を受けてもなお、彼女はケラケラと笑うだけだ。大人……というよりかは、長命種の余裕だろうか。

 いつの間にやら二人だけになっていた。夕日の差し込む並木道を歩きながら、メライアは言う。

「なにか、悩みでもあるのかい?」

「まあ……大したことじゃ、ないですけど」

「どれ、話してみるといい。力になれるかは、わからないが」

「ええと……」

 旭は躊躇った。あまりにも女々しい悩みだからだ。

 だが、彼女は旭が口ごもった理由などお見通しらしい。思春期男子のナイーブな心の行方を、ただの一言で看破する。

「ルディのことかい?」

「うぇっ!?」

「どうやら図星のようだな」

 げに恐ろしきは大人の女。身構える旭に、しかし彼女はこう言った。

「案ずることはない。君と過ごす時間を、ルディはとても大切に思っているよ」

「……そうでしたか」

 安堵。

 その感情がどこから来たものなのか、旭にはまだよくわからなかった。

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