第50話 男の子の好きなものよくばりセット
雑貨屋からの帰り際、暁火は言う。
「ほんとは今日帰るつもりだったけど、疲れちゃったから明日にする……だから今晩も泊めて?」
「ああ、うん……いいよ」
そんなことをしたら、またあんな夢を見てしまうのではないか。旭は恐れ慄いたが、しかし杞憂だったらしい。
部屋に戻ると、ルディと真彩が換気をしていた。何事かと訊ねると、ルディにそっと耳打ちされる。
「やられた。あのお香はマジックアイテムだった」
曰く、使用者の意識を繋げて淫猥な夢を見せるお香だったらしい。であれば、カップルをターゲットにしていた理由も頷ける。
となると、当然浮かぶ疑問があった。なぜそんなものを旭達に渡したのか……だ。だが、それは考えないようにした。ロクなことにならないので。
「でも、こんな夢見せてどうしようっていうんですかね」
換気ついでに掃除もしてしまおうと掃除用具を取りに行った先で、旭は訊ねた。
その疑問に、彼女もまた腕を組む。
「具体的な理由は不明だ。だが……好き好んでこんなものをバラまくはた迷惑な連中は限られてくる」
恨めしげに、その名を口にする。
「吸精鬼……
「そいつらも、
「それはなんとも言えん。あいつらの思考回路は理解できないからな」
「理解したくもないが」と、彼女は付け足した。
備品庫から掃除機と雑巾、それとバケツを持ち出す。近くに寄ると、昨晩と同じ彼女の匂いが漂ってくる。
意識が繋がっていただけあって、極めてリアルな夢だった。匂いだけではない。顔も、体も、思考回路も……。
ならば、だとするならば、夢であれば、彼女は――
「なにをボサッとしてる。さっさと戻るぞ」
「あ、ああ、はい、スミマセン……」
ぎこちない旭を見て、彼女は言う。
「……妙な気を起こすなよ」
邪な考えを見透かされた気がして、居心地の悪さを覚える。自分で言っておいて似たような状態に陥ったのか、彼女はこう続けた。
「だいたい、あの時はマトモな状態じゃなかった。多分アイテムの効果で思考回路にも補正がかかってたんだ。そうじゃなければ、あんな、あんなに……」
あの時のキスを思い出したのだろうか。ルディはその細い手首で再び口元を拭う。具体的な言及は避けるが、夢の中の彼女は……凄かった。
「……とにかく、忘れろ」
多分一生忘れられないし、しばらくネタには困らないと思う。
※
その晩のことである。はた迷惑なサッキュバスは、再び姿を現した。
よりによって、旭の部屋の中に。
「おはようございま~す。昨日は楽しんでいただけましたか?」
露出度の高い服……というか布切れを身に纏った、グラマラスな女。コウモリのような翼と、山羊のような角が目を引く。顔と髪色以外に昨晩の面影がない、正真正銘の淫魔だ。
そのルディに勝るとも劣らないダイナマイトボディをたゆんたゆんと揺らし、旭に迫る。
「あなた達、素質ありますよ。こんなに力が集まったのは初めてのことです」
それは褒めているのかけなしているのか。先の尖った長い尻尾をゆらゆらと漂わせ、楽しそうに淫魔は言う。
「ね、ねえ、旭、これは一体……」
暁火は旭の背中に隠れ、恐る恐る訊ねる。危惧していたことが現実になってしまった。それもこんな最低の形で。
誤魔化すべきか、そもそもこの状況から煙に巻けるものなのか。ルディに視線を向けると、彼女は代わりに口を開く。
「こいつはこの街を狙う悪魔だ」
言いながら、彼女は指先に魔法陣を発現させた。
「そして私は……それを狩りに来た」
説明が早い!
「少し野蛮ですね……!」
サッキュバスが翼を広げる。するとどうだ。一瞬にして景色が変わってしまったではないか。
「ここどこ!?」
周囲を見渡し真彩が叫ぶ。その悲鳴は、あっという間に夜の闇に吸い込まれてしまった。
「狭いところではやりにくいでしょう。行為に及ぶなら開放感も欲しいですよね?」
確かここは近くの森だ。旭達四人は、一瞬にして転移させられてしまったのだ。
「あなた方が沢山パワーをくれたので、今の私は無敵です」
「下賤の輩め……」
そう吐き捨てたルディに、サッキュバスは嘲笑混じりにこう返す。
「あなたに限って言えば似たようなものでしょう」
それがなにを意味していたのか、今の旭には理解できなかった。
「おっと、申し遅れましたね」
存在しないスカートをつまむ真似をしながら、サッキュバスは深々と頭を垂れる。
「わたくし東欧サキュバス連合会の武力広報を務めております、リリス・山吹と申します。この国へは、父方の血筋のご縁で派遣させていただきました」
サッキュバスと言えば自由奔放なイメージがあるが、彼女はこれまでに会った魔物の中で一番マトモな自己紹介をしていた。
武力広報……という肩書が気になるところではあるが。
「それで、なんの用件だ? 昨日の謝罪は受け付けないぞ」
「謝罪だなんて、そんな……あれだけお楽しみになられていたのに」
ルディは舌打ちした。それを見たリリスは、心底おかしそうに笑ってみせる。
「今日はこのあなた方から頂いた力で、邪魔者を排除しに来ただけですよ」
言いながら、彼女はパチンと指を鳴らした。その傍らで、森の景色がぐにゃりと歪む。ほんの一瞬の間に、なにもなかったはずの空間から、徐々にその輪郭線は姿を現すのだ。
「男の子って、こういうのが好きなんでしょう?」
鋭角的な機体であった。
あえて似ているものを挙げるとするならば、西洋の板金鎧だろうか。先の尖ったマスクに、鶏冠のような大きな突起物。大きく張り出した肩からはひらひらとした布が垂れ、夜風にはためいている。
細くくびれた腰回りと、股を包み込む大振りなスカートアーマー。そこからスラリと伸びた足が、やりすぎたハイヒールのように長い踵と鋭く尖ったポインテッドトゥで大地を踏みしめていた。
女性の手を思わせるほどにしなやかな指先が、長大なランスと分厚いシールドを構える。
「我々の擁するヒトヨロイがひとつ……
原色の赤で彩られた白磁の機体は、妖しく月明かりを照り返していた。
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