第51話 亡者を剞む蜃気楼

 デッドミラージュの戦闘力は驚異的なものであった。

「ぐぅ……つ、強い……」

 ただの張り手の一撃で押し込まれ、旭はうめき声を上げる。ヴィルデザイアの出力では、全く相手になっていない。

「この機体のパワーソースは昨晩にあなた方から集めた精気なのですよ」

 言いながら、リリスは乱暴な蹴りを放つ。形もなにもない素人丸出しな蹴りだが、しかし威力はダイナマイト。ひといきに防御を崩され、ヴィルデザイアは土をなめる。

 なんて強さだ。

 だが、その強さに一番驚いているのは機体を操るリリス自身だった。

「えっ、今日のミラージュ、強すぎない……? あなた方、一体どれだけヤりまくったんですか……?」

「やかましい!!」

 ルディが雷撃を叩き込むが、しかしデッドミラージュの装甲には焦げ跡ひとつついていない。理不尽なまでに強靭な装甲に、旭は恐れ慄いた。

「倒せるのか、こんなの……」

 数時間にも渡る常軌を逸した昨夜の情事。その際に生まれた性のエネルギーがすべてあの機体に注ぎ込まれている。それがどれだけのものなのか、旭は身を持って味わっていた。

「まあこちらには都合のいい話ですが……いやこんなの初めてですよ。腐りきったセックス教団から採取したときもこんなに強くはなりませんでした」

「なんてものと比べて……! 旭! 一気にやっちゃってよ!!」

「そんな無茶な!」

 煽り倒されて憤る暁火。戦うことを咎められるよりは遥かにマシな結果だが、この展開には受け入れ難いものがある。

「爛れ過ぎですよあなた達……一体どんな関係なんですか」

 気の抜けたパンチで吹き飛ばされるヴィルデザイア。想像を絶する異様なパワーに手も足も出ない。

 諦めかけた所で、遠い空からプロペラの音がやってきた。

「待たせたな!」

 勝と豪月華だ。木々を薙ぎ倒し着地した機体は、右手に抱えたロケットランチャーを素早く構える。

「一撃で決めるぜ!!」

 射出。火薬を満載しているのだろう、まるまる太ったロケット弾がデッドミラージュに飛来した。

 ――だが。

「無駄です!」

 火炎をを噴き出し超スピードで突き進むロケット弾。しかし白磁の機体は、なんとそれを片手で握りつぶしてしまったではないか。拳の中で爆発を抑え込み、指の隙間から爆炎を漏らす。

「この機体は、彼らが昨晩に夢の中で行った性行為からパワーを得ています。この程度で打ち破れるとは思わないでください」

「バラさないでよ!?」

 真彩が悲鳴を上げる。

「え、あ、え?」

 勝は仰天した。

「お、お前ら……ヤッたのか?」

「……」

 沈黙。

 訊いた本人も恥ずかしくなったのだろう。咳払いをして敵機に向き直る。

「なんだか知らんがブチ抜いてやればいいんだろ!!」

 ビシッと指差した右腕が、金色のドリルへ姿を変えた。高速回転するそれを携え、大地を蹴って接近戦を挑む。

「やぁんダイタン♡」

 脚力と質量を加えられた渾身の一撃。しかし、それでもデッドミラージュの装甲を貫くことは叶わなかった。

 甲高い金属音と共に弾かれるドリル。それを見た勝はギョッとして叫んだ。

「お前らどんだけヤりまくったんだ!?」

「……ゴメンナサイ」

 気の抜けた謝罪をする旭。そんな情けない姿を見て、リリスは満足気に高笑いする。

「あっはっはっはっは! 私は今、最っ高に気分がいいですよ! これもあなた方がヤりまくってくれたおかげですね!!」

「一緒にするんじゃねえ!!」

 今度はウォーハンマーを構えて叫ぶ勝。しかし装甲には傷ひとつつかず、むしろ豪月華が反動を受けてしまう。尻もちをついた機体を鼻で笑い、リリスは吐き捨てた。

「あなたはお相手が居ないようですからね。選考からは外しました」

「んだとこの野郎!!」

 勝はキレた。

「ボウズ!! この失礼なクソ女を黙らせるぞ!!」

「は、はい……」

(この人彼女いないの気にしてるのか……)

 烈火のごとく怒るものだから、ついつい失礼なことを考えてしまう。

 閑話休題。

 先に駆け出した豪月華に合わせ、旭も一歩を踏み出した。

 単機で敵わないなら二機のパワーをぶつけるまで。素早い動きで相手を翻弄し、連携プレーで攻める二人。

「ちょこまかと……うるさいですね!」

 乱暴に振り下ろされた拳が大地を割る。機体のスペックこそ雲の上だが、それを操る技量が追いついていない。そこに付け入る隙があるはずだ。

 軽快な動きで大地を駆け、機体の全質量を相手に叩きつける。体勢を低くしたタックルで、デッドミラージュの体幹がわずかに揺らいだ。傷はつかなくとも、体勢を崩すことはできる。

「せい!!」

 続く豪月華のモーニングスター。回転を加えた一撃が揺らいだ上体に叩き込まれる。デッドミラージュが、一歩、退いた。

 そうだ、この調子で――

 足払いだ。一歩退いたせいで大きく開いた足を、旭は力任せに蹴り飛ばす。予想に違わず、接地面の狭い細身の足は驚くほど簡単に大地から浮き上がった。軸足を切られたデッドミラージュは、更なる豪月華の追撃に耐えきれず尻餅をつく。

 だが、しかし。

「ナマイキです!!」

 倒れたデッドミラージュがジタバタと暴れる。不規則に振り回される手足に、たまらず二機は吹き飛ばされた。

 景色が星空に移り変わり、天地が一瞬でひっくり返る。ほんの一撃で天高く打ち上げられたのだ。暴力的な出力に、旭は歯噛みする。

 姿勢を制御しなんとか着地。刹那、すぐ隣で土煙が上がった。

「加減しろバカ!!」

 頭から地面に突き刺さり、豪月華が無様にもがく。見かねた旭がそれを引き抜き、再び二機が並び立つ。立ち上がるデッドミラージュを見据え、旭はぼやいた。

「決定打が足りません……なにをやっても歯が立たない」

「こりゃ気合でどうこうできる次元じゃないな……」

 あいも変わらずデッドミラージュは健在。機体のコンディションを確認しているのか、肩をグルグルと高速回転させている。

「化け物じみた強さですね……」

 呟くリリス。そもそもサッキュバスは普通に化け物である。

 この雑な強さ、鉄壁の防御と乱暴な出力をどう攻略するか。旭は必死に考える。正攻法では破れない。さりとて搦手を用いた所で強引に突破されてしまう。

 手詰まり。旭の脳裏に降伏の二文字が浮かび上がる。

(……待てよ)

 相手はサッキュバス。快楽主義の吸精鬼だ。そこを利用できないものか。

「……よし」

 ほんの小さな声で、旭は独りごちる。ひとつ、妙案が思い浮かんだ。倫理的には憚られるが、しかし他に有用な手段も思いつかない。

 そのためには、相手を更に調子づかせてやる必要があった。

「もう一回行きます!!」

「なんか策があるのか!?」

「はい!!」

 旭が駆け出すと、勝もそれについてくる。なぜか彼とは相談せずとも息が合う。まるで、多くの戦いを共に切り抜けてきたかのように。

 ――今回はそれを利用させてもらう。

 意図的に作戦を語らず、旭は飛び上がった。動きの意図、戦術まではツーカーですら必要ない。だが、旭の思惑やはかりごと、戦略までもは伝わらない。

 故に、この作戦は成立するのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る