第41話 月華の戦い

 衝撃的な出来事ばかりだが、中でも目を引くのが雷光の提げてきたヒトヨロイだった。

 浅黒い刀を構えた、蒼い炎を纏う魔人。初めて見る機体だ。逆雷によく似ているが、細部の意匠が異なっている。

雲雷ウンライだ。驚いたか?」

「いちいち驚いていられるか!」

 刀を突き立て立ち上がり、旭は叫ぶ。この破天荒な男の一挙手一投足に驚いていたらキリがない。それより今はやることがある。

 足元の気配を感じながら、旭は啖呵を切った。

「今更一人増えたところでどうだってんだ! 僕が全部叩き切ってやる!!」

 とにかく強い言葉を使う。どんな感情でもいい。旭に注意を向けさせるのだ。

「ほう? 随分口が回るようになったじゃねえか」

「負けん気だけでは戦えぬぞ」

「やってみないとわからないだろ!!」

 旭は先手を取りに行った。ヴィルデザイアが大きく踏み込み、旭日を下段に構える。

「愚かな……」

「ガキが!!」

 巨大な斧と巨大な刀。それぞれが得物を構え、旭に突撃――しなかった。

「そんぐらい気づかないと思ったか!?」

 雲雷が振り返り、背後に回り込んでいた豪月華の一撃を受け止める。奇襲は失敗。旭にはミーノータウロスが襲いかかり、一対一の状況となる。

 ……ここまでが、の作戦の内であった。

「燃やし尽くせ!!」

 叫び声と共に立ち上る巨大な火柱。天高く舞い上がった炎の嵐は雲雷とミーノータウロスを巻き込み燃え上がる。

「クソガキが!!」

 打ち合わせナシ、ルディの仕立てた即興の連携。ルディはともかく、勝とも言葉を交わしていない。それでも案外上手くいくものだ。やはり馬が合うのだろうか。

「小癪な真似を!!」

 炎を振り払い、なんとか身を乗り出した巨牛。怒り狂い、振り上げられた斧が、しかしなにかに撃ち抜かれ、ヴィルデザイアを捉えることなく爆散した。

 射線の先には――トライスコーピオ。ロングバレルの狙撃銃を構えた光が、すかさず第二射を放つ。

 ようやく収まった炎から抜け出した雷光は、その光景を見てなにかを悟った。

「そうか……テメーらが、あの時の……!」

 なるほど、先日の援護射撃は掃儀屋によるものだったというわけだ。

 安心した。勢いのまま、旭は一気呵成に攻め立てた。

 鈍った動きで斧を構え、防戦一方になるミーノータウロス。旭は何度も何度も乱暴に刀を振るい、力任せに追い込んでいく。

 斧一丁でも防御は硬い。それでも旭はしつこく攻め続け、付け入る隙をもぎ取りに行く。

 三十回目の斬撃。ようやくミーノータウロスの太刀筋が鈍った。――今だ!

「リバース!!」

 先の一撃で吸収した雷光のライジング・インパクト。強力無比な一撃を今の今まで温存していたのはこのためだ。

「うおぉっ!?」

 斧を取り落し膝をつくミーノータウロス。トドメだ――

「ライジング・インパクト!!」

 雷光の邪魔が入った。全周三六○度、広範囲に渡る雷撃。範囲は驚異的だが、新近距離で直撃を受けた豪月華はすぐに雷光の相手に戻った。威力や範囲を調整できるのだろうか?

 しかしミーノータウロスが立ち直る隙を与えてしまったのは確かだ。もう一度崩し直す必要がある。

 ルディは先の一撃で消耗しているし、光の狙撃は狙いを定める猶予が要るだろう。

 斧と刀で切り結び、旭は相手の目を見据えた。

「メテオフラッシュ!!」

 目を狙った一撃――着弾!

「こけおどしを!!」

 間違いなく瞳を焼いたが、しかし致命傷には至っていない。なんて頑丈な相手なのだろうか。

 だが、ほんの一瞬でも視界を封じることさえできたら。

「メテオフラッシュ!!」

「くどい!!」

 戦斧が光線を薙ぎ払う。物理法則を無視した防御。しかし賭けには勝っていた。ミーノータウロスは、まぶたを下ろしていたのだ。

 機体をかがめる。重心を下に。デタラメに放たれた次の一撃を頭上をかすめる。旭は懐に潜り込んだ。

「この!!」

 ヴィルデザイアの全重量を乗せたタックル。時を同じくして、豪月華もまた雲雷にキックを食らわせた。バランスを崩し、背中合わせにぶつかる両者。

「まとめて真っ二つだ!!」

 水晶の瞳と一体化。相手の組成を確認。――見えた。故に、最適化された太刀筋は――

 旭が旭日を振り上げる。しかしその眼前で、予想だにしない事が起きた。

「邪魔だ猛牛!!」

 激高した雷光がミーノータウロスを切り捨てたのだ。

「貴様!?」

 驚きを顕にする巨牛。しかしヴィルデザイアの眼前に飛び出したそれは、振り下ろされた妖刀によってあっさりと切り裂かれる。

「な!? こ、この、我が……敗けるだと!?」

 身を裂かれ、崩れ落ちるミーノータウロス。更に――

「ライジング・インパクト!!」

 またも周囲に雷撃が広がる。ミーノータウロスの傷ついた肉体は完全に焼き払われ、同時に旭達の視界をも焦がす。しかし衝撃はない。これは――目眩ましだ。

 閃光が収まった時には、すでに雲雷の姿はなかった。つまり雷光はミーノータウロスを見捨てて一人逃げ出したのだ。

 予想外の出来事だが、しかし不思議と驚きはなかった。確かにこの男であれば、この程度の腹芸は平気でこなすだろう。

 だから信用しなかった。

「将軍がやられた!? て、撤退だ!!」

 大将を討たれ、逆十字軍の兵士達が恐れ慄く。それからあっという間に転進し、西の空へと消えていった。

 結界が薄れていく。

「終わったようだな」

 ルディの言葉に、旭はほっと一息ついた。目まぐるしく変わる戦況。気を抜く暇など毛ほどもない

「なんとか第一波は凌いだか……」

 機体を降りて呟く勝。聞き捨てならない台詞だった。

「え、第一波って、まだ来るんですか!?」

「そりゃあ来るだろ、多分。今のこの街は、奴らにとってとんでもなく美味しい状況だ」

 どうやら敵を倒してどうにかなるという話でもないようだ。雷光が封印したという神格を、どうにかして解放してやる必要があるのだろう。

 後片付けを終えたルディに、展望を訊ねてみる。

「これから先、なにか計画とかあるんですか?」

「なにもない」

 昨日聞いた通り、彼女は巻き込まれた側の人間なのだろう。故に有効な打開策を持っておらず、これから先の活動方針もない。

 つまり、彼女を頼っても解決には近づかないということだ。

 なのでターゲットを変える。聞き込み調査は基本中の基本だ。

「掃儀屋さんの方ではなにか知ってるんですか?」

 勝は首を横に振った。

「ケースバイケースだからな、調べてみないとなんもわからん。この辺りに詳しそうな人住んでないか?」

 聞き込み調査は基本中の基本だ。



 スマホが机の上に置きっぱなしだった。

 着信五件。この番号に電話をかけてくるのは、暁火ぐらいのものだ。

 折り返そうかと思ったが、それより先にメッセージの通知が目に入る。

『明日帰る お父さんには内緒』

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