第25話 人の親?

 草木も眠る丑三つ時。夜の静寂に咆哮が轟く。遥か昔、この星を席巻していた咆哮だ。

 勝鬨のつもりなのだろうが、そうは行かない。左に短刀を構え、旭は相手を誘い込む。

 ネッシーが動いた。巨体を活かした突進攻撃だ。存外に機敏な挙動でコースを変え、旭の目を欺く。怒涛の転回。左の刀を避ける、右前からの一撃。

 読み通り。爬虫類なりに知恵を絞ったのだろうが、狙いはバレバレだ。

 来るのが分かっていれば耐えられないものでもない。石畳を踏みしめ、質量攻撃を受け止める。

 それでもなお重い一撃。コックピットにまで衝撃が伝わってくるほどだ。機体がじりじりと後退し――ギリギリで踏み止まった。すかさず反撃。左の刀を土手っ腹に叩き込む。

 閃光に紛れて退避。再び二刀流の構えに移行。これを合わせて残りは十二本だ。少しずつ、しかし確実に減っていく必殺武器に、旭は息を呑む。

 そう簡単に作ることができない、必殺の妖刀。それを旭は惜しげもなく注ぎ込んでいる。

 本当にこのまま戦い続けていいのだろうか? 違う手を打つべきなのではないだろうか?

 旭の迷いを写し取るかのように、ヴィルデザイアは硬直した。ほんの、ほんのわずか一瞬のことだ。しかし、その隙を見逃してくれるほど敵は甘くない。ネッシーの長い首に足元を掬われ、大きく尻もちをついた。

 廃墟群を圧し崩し、視界を瓦礫と埃が埋める。

 前が見えない。水晶の瞳にこびりついた汚れを拭い取る。目に映るのは、欠けた月を背にしたネッシーの姿。このままのしかかる気だ。身構えた旭の耳に、ドスの利いた声が届く。

「やれ旭、躊躇うな!!」

 ルディだ。彼女がこれほど声を荒げるのは珍しい。

 それだけ、旭に伝えたかったのだろう。

 迫る巨体に刀を突き出す。大きくえぐれた腹部にダメ押しの一閃。

 甲高い雄叫び。ネッシーの悲鳴だ。

 コウガは頭を抱えた。ボロボロのネッシーに忌々しげな視線を向け、ひとしきり地団駄を踏んでから叫ぶ。

「こうなったら奥の手だ!」

 彼の背後で影が像を結ぶ。全身を毛皮に包まれたゴリラのような人形と、グレイ系の宇宙人を彷彿とさせる緑色の獣。

 その珍妙な姿を見た真彩は、興奮が抑えきれなかったのか大声で叫んだ。

「ビッグフットにチュパカブラじゃん!?」

 話の流れからして、どちらもUMAなのだろう。きっと、そこそこ有名な。しかし、旭は名前を聞いてもいまいちピンとこなかった。

「え、なんですかそれ」

 旭が疑問を口にすると、真彩は露骨に盛り下がる。

「あ、知らないの。そう……」

 ルディはそんな彼女を尻目に言う。

「恐れることはない。類人猿と吸血鬼もどきだ。ガツンと一発ぶつけてやれ」

 言われるまでもない。ヴィルデザイアを包囲した三体に向けて、旭は啖呵を切った。言葉が通じるのかもわからないが――

「いくつ出してきても無駄だ! 僕は逃げも隠れもしないぞ!」

 ビッグフットの巨大な足が旭に迫る。正確にコックピットを狙った一撃だ。後退しながら回避。しかし背後にはネッシーが居た。

 長い首に機体を絞め上げられてしまう。

「こなくそ!」

 腕を封じられた。足は動くが、ただのキックなど通用しない。身動きもままならない中、拘束された機体にチュパカブラの鋭利な爪が迫る。

 一か八かだ。旭は刀を手放した。落下したそれを――蹴り飛ばす。

 命中だ。チュパカブラの左腕を肩口から斬り飛ばした。

 次だ。脚部を展開。刀を真上に射出し、ネッシーの長い首を抉る。悲鳴と共に緩んだ拘束を突破して跳躍。迫りくるビッグフットの背後に回り込んだ。

 残り九本。

 逆手に構えた二本の刀を、力いっぱい毛皮に突き立てる。

 次の刀を右手に構え、トドメを刺すべく頭部を狙う。しかしそれは不発に終わった。チュパカブラの妨害が入ったのだ。

 背後から組み付かれて機体のバランスを崩す。そのまま転倒。かつての民家を圧し潰す。

 ビッグフットの巨大な足が、ヴィルデザイアの端正な頭部を踏みつけた。手に持った刀をそのまま突き刺して反撃。閃光に紛れて起き上がり、ネッシーの体当たりを受け止める。

 残り六本。

 ネッシーの巨体を投げ飛ばす。こちらから触れることはできなくても、向かってきたものを迎え撃つことはできるのだ。

 廃墟に埋もれた脳天に刀を突き立てる。その悲鳴は――断末魔。無敵と思われた巨体は、遂に光となって霧散する。

 あれだけしつこかったネッシーが、あっけなく、だ。

 狙うべくは急所。旭は確信した。

「ああ、ネッシーが!」

 コウガは膝から崩れ落ちる。次の弾を出してくる様子はない。これまでの行動から鑑みるに、追い詰められたら出し惜しみはしないだろう。小手先のリアクションで油断を誘ったりはしない。すぐに感情が表に出る。

 こいつは戦の勘所を心得ていないのだ。

 左右から迫る二体の怪物を引きつけ、跳躍。勢い余って激突した二体の脳天に刀を投擲。――ギリギリで避けられた。残り三本。

 腹部をえぐられたたらを踏んだビッグフットに頭上からトドメの一撃。着地しながら脳天を抉り、消滅を確認して振り返る。

 残り二本。

 迫りくるチュパカブラ。旭は次の刀を抜いた。空いた片腕で獣じみた突進を受け止める。

「喰らえ!!」

 逆手に構えた短刀を、脳天めがけて振り下ろす。

 だが――

「なんだと!?」

 防がれた。残った右腕で刺突を凌がれたのだ。逸れた一撃はチュパカブラの腹部を貫く。

 残る逢魔榧鼠は一本。

 チュパカブラは大きく口を開き、ヴィルデザイアの右腕に鋭い牙を突き立てた。

 獣の皮膚ならいざしらず、ヴィルデザイアは鋼鉄の巨人だ。

「惜しかったなあ!」

 左の腕に刀を構える。ラスト一本、絶対に外せない。

「いけ、旭!!」

「旭くんファイト!!」

 隻腕のチュパカブラも必死の抵抗を見せる。残った右腕はヴィルデザイアの腕を掴み、軌道を逸らすべく必死にもがく。

「くたばれ!」

 最後の一撃。

 脳天めがけて、正確に――白刃を突き立てた。

「オーラス!」

 ジ・エンドだ。

 一帯が閃光に包まれる。ひときわ強いその輝きが収まると、コウガは膝をついて項垂れていた。

「そんな……俺の切り札が……」

 旭は機体を降り、コウガの肩を掴んだ。ずいと腰を下ろし、目線を合わせる。

「君には聞きたいことがある」

 妖人同盟の関係者、それも首魁の息子と来た。重要参考人として、これ以上の適任は居ないだろう。

 返事はない。元より頷いてもらえるとも思っていなかったので、旭は構わず立ち上がった。ルディと真彩に目配せし、コウガの手を引く。

 その時だった。

「ライジング・インパクト!!」

 迸る電撃。ルディが咄嗟に障壁を張る。何者かによる襲撃。瓦礫を蹴立てて姿を表した男の姿は、紛れもなくヤツのものだ。

「お父様!!」

源雷光みなもとのらいこう!?」

 息子を助けに来たのだろうか。彼は旭を突き飛ばし、コウガの元へ歩み寄る。

「お父様!」

 笑みを浮かべた息子を、彼は――


「なにやらかしてんだこのドアホウが!!」


 無造作に蹴り倒した。

 コウガの小さな体が、ゴロゴロと石畳を転がり落ちる。追い打ちをかけるようにズカズカと大股で近づき、体液でぐちゃぐちゃになった顔面を鷲掴みにした。

「テメーが先走ったせいで俺の計画がメチャクチャだ。責任取れんのか? あ?」

「ご、ごめんなさい……」

「責任取れねえだろ!? だったら勝手なことしてんじゃねえ!! なんべん言ったらわかんだよ!! なあ!?」

 見ているだけなのに、旭の背筋に冷たいものが走る。

 それは、親が子供に行う叱責とはかけ離れたものだった。少なくとも、旭が知るようなものではない。旭が過ちを犯した時、父――雄飛は、確かに旭を咎めた。しかしそれは、今目の前で起きている何かとは、決定的に違うものであったはずだ。

 まだ幼い旭は、それを言語化できなかったが……それでも確かに、心で理解していた。

 黙り込んだコウガを抱え上げ、雷光は天頂を指し示す。旭に目をやり、彼は言った。

「次の新月、時計の針が頂点に達した時……覚えておけよ」

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