第24話 アンノウン・モンスター

「ネッシー!? ネッシーってあのネッシーなの!?」

 敵の正体に、真彩は激しく狼狽えた。

「馬鹿言え。ネス湖に居なけりゃただのトカゲだ」

 さしずめノメッシーと言ったところだろうか。ルディの暴論に、真彩は口を尖らせた。

「わかってないなあ。UMAはネームバリューなんだよ」

「知るか」

 吐き捨てながら、ルディはヴィルデザイアを召喚する。

「そう来なくっちゃ。雑魚を叩いても気分が悪いしね」

 そう言って、コウガは旭を一瞥した。旭は見逃さない。冷たい視線に込められているのは、明確な侮蔑の意思。

(さてはこいつ、僕のこと舐めてるな?)

 あっさりと騙され、あまつさえ擁護までしてやったからだろうか。彼は、旭の実力……というよりかは、存在そのものを軽んじているようだった。

 何も言わず、旭は機体に乗り込む。年下相手にがなりたてるほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 とはいえ、それ相応の対応というものがあるだろう。

「よくわかんない妖怪より、恐竜の方が斬りやすいんじゃないの?」

 背中に差した刀を抜く。

「そう思うなら試してみたら?」

 挑発的な態度は依然として変わらない。ならば目にもの見せてやろう。石畳を踏みしめ、旭は獲物へ襲いかかった。

「一撃必殺!!」

 勢いよく振り下ろされた白刃は――虚しく空を切る。避けられたのではなく、すり抜けたのだ。狙いは正確だった……幻術の類だろうか。咄嗟に返した刀もすり抜けて、機体は大きくバランスを崩す。

 転回したネッシーが長い首を叩きつける。機体が大きくよろめき、背後の廃墟を押し潰す。

「やっぱ大したことないじゃんか」

 嗤うコウガ。立ち上がる旭。

「見てろよ!」

 相手の質量攻撃は、間違いなくこちらに当たった。この重い感触はまやかしなどではない。必ず実体はあるはずだ。

 刀が効かないのなら。

 瓦礫を掻き分け三段銃を構える。狙いはざっくり。それでもこの距離なら十分に当たる。

「喰らえ!!」

 轟音、炸裂――しかし、弾丸が貫いたのは闇夜だ。銃弾もすり抜けている。

「なんだそれ、インチキじゃないか!!」

 旭は吠えた。向こうの攻撃は当たるのに、こちらの攻撃はさっぱり通用しない。これがインチキでなくてなんだと言うのか。

 負け惜しみじみた旭の言説を、コウガは冷たく嘲笑った。

「怪異を相手にインチキもなにもないだろ。まあ、教えてあげるよ。ネッシーは世界一有名なUMAだ。つまり……みんな知ってるんだよ。ってね」

 存在しない相手に攻撃が当たるわけがない。屁理屈だが一理ある。だが矛盾していた。

「じゃあなんでそっちの攻撃は当たるんだ!」

「そりゃどう見たって当たってるからさ!」

 そんな不条理がまかり通ってたまるものか。

「そういうことか」

 ルディは納得したようだ。対する旭はあまり腑に落ちていなかったが……正直なところ、理屈はどうでもいい。

「わかったなら教えてくださいよ。どうやったら倒せるんですか?」

 長い首が何度も機体を叩く。鈍い音が頭に響いて不愉快だ。揺さぶるような衝撃も、何度も旭に襲いかかった。やぶれかぶれに反撃しても、全てが空振りに終わる。

「どうしたらいいんですか!?」

「簡単に言うな……!」

 ルディは額を押さえて唸るばかり。答えは得られそうにない。

 ポツリと、旭の口から言葉が溢れた。

「役立たず……」

 酷い物言いだ。ルディは怒るかもしれない。だが今こうして戦っているのは旭だ。文句のひとつぐらい、出ても仕方がないだろう。

 ……そんな身勝手な理屈を咎めたのは、ルディではなく真彩だ。

「あ、旭くん!? 流石にそれは酷いんじゃない……!?」

 旭は言い返さなかった。この戦いに足を踏み入れたのは旭自身だ。ルディに当たり散らしていい理屈はない。

 しかし、ならばどうしろと言うのか。こんな理不尽を前にして、どう振る舞えばいいと言うのか。

 旭は結論を急いだ。

 後退して敵のリーチを抜ける。脚部の装甲を展開。短刀を抜き放った。逢魔榧鼠――怪異の存在を消し去る刀。ヴィルデザイアの、いわば必殺武器だ。

 とはいえ決して万能ではない。相手の芯を捉えなければ、落ち武者の時と同様に不発に終わる可能性もある。そもそも、この刀ですら空振りの可能性も大いにあった。

 とにかくだ。

 今は少しでも前に進まないと気が済まない。

「無駄だ!」

 叫ぶコウガ。旭も負けじと吠えた。

「やってみなきゃわかんないでしょうが!!」

 まるまる太ったネッシーの巨体に短刀を突き立てる。刹那――眩い閃光が辺りを包んだ。

 この光は。

 真彩が捲し立てる。

「そっか。榧鼠は全てを齧り取る。その身に余る相手でも、対象の存在ごと、その旺盛な食欲で全てを……喰らい尽くすんだ」

 怪異とは認識によって定義づけられるもの。ならばそれらを挫くための武具もまた、類似のまじないを掛けられているのが道理だ。

「まさか、そんな……」

 呆気にとられるコウガ。ネッシーの腹部は大きくえぐれている。

「そんな、そんな話があるか! こっちは存在してないんだぞ!」

「だから?」

 相手と同じ土俵に登らなければ勝負にならない。討つべき相手が屁理屈で塗り固められた不条理な存在であるが故に、誂えた得物もまた――不条理。

「インチキだ! おかしいだろ、そんなの! こっちは無敵のUMAを連れてきたっていうのに!」

 地団駄を踏むコウガに、旭は告げた。

「インチキ同士仲良くしようや」

 コウガの顔がみるみる赤く染まっていく。その様はまるで瞬間湯沸かし器。意趣返しに成功した旭は、次いでネッシーに視線を向ける。

 痛みに悶えるその視線は、鋭く旭を睨めつけていた。縦長の瞳孔を睨み返し、旭もまた新たな短刀を抜き放つ。二刀流だ。

 幾多もの貴重品を躊躇せず構える旭に、ルディは眉をひそめる。

「おい、あまり無駄遣いは……」

「いいでしょ別に」

 間髪入れずに言い返す。

「これしかないんだ」

 巨体が動いた。突進――いや、この軌道は上空からののしかかりだ。あんな巨大な物体が落ちてきたら、周囲に被害が出かねない。右の短刀を投げつけて相手の動きを阻害。この辺りで使われていない区域は――

「こっちだ!」

 閃光が収まるのと同時に跳躍。ネッシーの意識をこちらに向け、廃墟地帯へひとっ飛び。あの巨体を相手にして被害を減らすならここしかない。

 ゆっくりと宙を泳ぐネッシーに、旭は短刀を構える。

 第二ラウンドだ。

 月明かりの中で、二つの影が交錯した。

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