第19話 皿屋敷お菊

 無事故無違反。クリーンドライブで現地に辿り着いた。

「他人の車で無茶はしないよ」

 そう言いながら、真彩は瀬織のロゴが入った軽自動車を撫でる。二世代ほど前のデザインはどこか可愛気があり、彼女の雰囲気に合っていた。

 眼前に連なる山々を眺め、ルディ言う。

「大きいな……」

 特に目を引く三連山は、県外でもそこそこ名の通る観光スポットである。崖、滝、紅葉、山の全てを堪能できると評判だ。

 今のところ、特に変わったことはない。この山が四つに増えていたのだから驚きだ。

 ルディが手を伸ばす。ちょうど四つ目の山があった辺りを狙っているのだろう。掌から魔方陣が展開する。

「……居ないな」

 なんらかの手段で身を隠している可能性を廃したのだろう。多分。よくわからないけど。

「どこか行っちゃったんですかね」

「だろうが、歩いて移動したとも思えん。なんらかの力が働いたと見るべきだ」

 怪異の特性はよくわからない。だが、あの巨体がそう簡単に姿を眩ませることなど出来るわけがないという理屈は、なんとなくわかる。

 なんらかの干渉があったと考えるなら、心当たりはそう多くない。旭はその名を口に出す。

「およずりぇ」

 噛んだ。

「……うっうん。妖人同盟の仕業なんでしょうか」

 ルディは腕を組む。彼女が考え込む時の癖なのだろう。

「断定はできないが、可能性は高い。他にあのような組織があるとも考え難いしな」

 再び山に視線を戻す。あの巨大な存在が彼らのモノであったとして、何を目的としているのだろうか。戦力としてのものであるなら、今すぐこちらに差し向けてもいいはずだ。それができないなんらかの事情があるのだろうか?

 そもそも、そもそもだ。彼らの目的が、何一つとしてわかっていない。

「わかんないことばっかりだね」

 ポツリと漏らしたのは真彩だ。

「もしかして、よくないものが集まってるのもあの人達のせいなのかな」

「連中の狙いはさっぱりだが……因果関係は否定できない。だが、だからと言って肯定もできない。状況証拠すら見当たらないからな」

 彼らが怪異を集めているのか、怪異が集まっているから彼らも現れたのか、卵が先か鶏が先か、真実は未だ闇の中。

「とにかく、今はあのデカブツだ。流石に規模が大きすぎる」

 言いながら、ルディは振り返り――何かを踏み潰した。鈍い音と共に割れたのは、豪奢な絵皿だ。

「お皿? なんでこんなところに?」

 首を傾げる真彩。だが、ルディは一足先に結論に辿り着いていたらしい。太い木に向けて皿を蹴飛ばす。

「返すぞ。これは貴様の物なのだろう?」

 呼応するように何者かが木の陰から姿を現す。地面に届きそうなほどに伸びた黒髪、蒼白い肌、気崩されたつむぎ。幽霊だ。経験から、旭は直感した。

「また、一枚減った」

 猫背ぎみの立ち姿からは精神的な疲弊を感じさせる。かと思えば、もううんざりだとばかりに絵皿の破片を踏み潰した。

 その姿から何かを感じ取ったらしい。ルディはほうと目を細める。

「なるほど、皿屋敷……お菊か。かなり古いはなしだったと思うが、未だに成仏できていないとはな。よほど未練がましいと見た」

 ルディの言葉に、お菊は露骨に眉をひそめた。

「お生憎様、未練なんてもうありゃしない。でもね、あんたらみたいなのがいつまで経っても面白おかしく語り継いでくれるもんだから、今や私は妖怪の身だよ」

 畏れが妖怪を強くする。その力は、時に霊ですら妖怪の域に引き上げてしまうのだろう。一人歩きを続けた出来事が、いつしか物語となってしまうように。

 しかして重要なことではない。そう言いたげにルディは訊ねる。

「それで、元幽霊がなんの用だ? ただ恨み節を吐き出しに来たわけでもあるまい」

 お菊もまた挑発に応えた。

「ここなら死体も見つかりにくいと思ってね」

 背後の地面が盛り上がる。現れたのは巨大な女。老婆と妖女――山姥と山姫だ。

「雷光くんの指示であんたがたを殺しに来たのさ」

 薄々感じていたことだが、彼女もまた妖人同盟の構成員だったらしい。

 ルディが指を鳴らし、旭はヴィルデザイアに乗り込んだ。二対一、数の上ではこちらが不利だが――

「早い!?」

 最速で短刀を抜く。反応の遅れた山姥に刀身を突き立て即離脱。断末魔と共に輝く閃光。これで一対一だ。

 山姫はこちらの動きを見切っていた。老婆相手と同じようには行かない。背中の刀を抜き、相手の出方を窺う。

「ウフフ……」

 不気味な笑みと共に巨女がふわりと浮き上がる。刹那、轟音と光がヴィルデザイアに襲い掛かった。コックピットに火花が散る。これは雷――放電攻撃だ。

 機体の動きが鈍っていく。眩しさで視界が焼けそうだ。耐える旭に、ルディが叫ぶ。

「刀を投げろ!」

 そうだ。雷は金属に吸い寄せられる。旭は刀をに放り投げた。

「こうですか!?」

「手前だバカモノ!!」

 そう、ヴィルデザイアの装甲も金属であることには変わりないのだ。となれば、当然距離の近い方へ引き寄せられる。

「まったく世話の焼ける――」

 ルディはまるで指揮者のように腕を振った。するとどうだ。刀がそれに従うかのように宙を舞い、山姫の胴体を貫いたではないか。

 放電をやめ落下する巨女。息を切らしてルディが叫ぶ。

「トドメだ、やれ!」

「はい!」

 短刀を抜いて一閃。それを見たお菊が舌を打つ。

「チッ、これだから年増とマイナー妖怪は!」

 それだけ言い残して姿を消してしまった。

「あ、そろそろ帰って仕込みしなきゃ」

 腕時計を見て真彩が言う。これ以上調べても何もわかりそうになかったので、さっさと帰ろうという運びになった。

 車に乗り込み走り出す。グネグネとした山道を進むこと、数分後。

「かかったな! 愚か者どもめ!」

 お菊の声が背後で響く。巨大な足音と共に。

「追われる恐怖を味わって死ね!」

 特徴的な赤ら顔は日本猿。まるまる太った体は狸。不相応に細い尾は蛇。

 それは虎の足を持ち、猛スピードで大地を駆ける。

「鵺じゃん!?」

 旭は叫んだ。同時に強い加速に襲われ、舌を噛みそうになる。真彩がアクセルを踏み込んだのだ。

「シートベルトはしたね!?」

「ちょっ!? 制限速度!?」

 メーターの針はぐんぐんと右へ向かう。けたたましいエンジンの音が山に響く。ごうごうと唸る車の鼓動に負けないぐらいの大声で、真彩は叫んだ。

「この国の道交法はね! 結構な数の条文に『危険防止のためやむをえない場合を除き』って書いてあるんだよ!」

 そうでもないが。

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