第18話 多事故で無違反?

 中参通りの中程に、寂れた小振りの資料館がある。いわゆる郷土資料館であり、一応看板にも載っているような観光スポットだ。

 とはいえ、能売川温泉街に訪れる旅人はそのほとんどが風呂目当て。賑わうのは温泉施設と、ひと風呂浴びてからの居酒屋ばかりだ。他に挙げるなら、土産物需要か。

 決して賑わうことも、かといって経営不振に陥ることもなく、ほどほどの客入りで運営されているのがこの能売川郷土資料館なのである。

 なぜこんな場所に来たかと言えば、デイダラボッチの伝承を調べるためだ。本当は図書館に行くのが一番いいのだが、山越えが面倒なのでやめた。

「お、旭じゃん。こんなトコ来てどーすんだ?」

 エントランス前で掃除に勤しんでいる男性は、中松千秋なかまちあきだ。館長の孫であり、都会の大学に通っていた出戻り勢である。

「ちょっと調べもの」

 頷いた千秋は、次いでルディ達に視線を向けた。

「なるほどな……それで、後ろの二人は?」

 近所のクソガキがタイプの違う美女二人を引き連れてやって来たものだから、面食らっているのだろう。旭は勝ち誇ったように言う。

「ウチにお手伝いに来てるんだよ」

 しかし千秋の反応は意外なものだった。

「はー……、雄飛さんとこの人材難も深刻なんだな」

 予想外の反応に調子が狂う。まあいい、本題は資料館だ。受付で人数分のチケットを買い、中に入った。

 飾り気のない、簡素な空間だ。展示資料にも特に華があるわけではなく、よくわからない民芸品が並んでいた。

 ここには、家族で何度か来たことがある。懐かしいが、代わり映えもしないので退屈だ。優秀なのは空調ぐらい。真彩も似たようなものなのか、軽く眺めるだけでスタスタと歩いていく。

 だが、意外なことにルディは興味を示していた。足早に進む二人とは対照的に、展示のひとつひとつをじっくりと眺めている。

「その辺も関係あるんですか?」

 訪ねると、彼女は首を横に振った。

「いいや、かすりもしていない」

 だが、と彼女は続ける。

「民芸品というものは、それに連なる逸話や信仰などがある。その背景に思いを馳せるのも悪くない」

 プロの視点というヤツだろうか。思ったよりも真剣に資料館を楽しんでいた。

 そんなこんなでグルリと一周。結局めぼしい資料は見当たらなかった。遥か昔の小学生が作ったらしい版画が五枚と、額縁一枚分の解説のみ。その解説というのも、真彩が知っていた情報に毛が生えた程度。到底参考にできるものではなかった。

「収穫はなかったな」

 この黒魔女、口ではこんなことを言っているが、過去最高に語気が柔らかい。気に入ってくれたのなら幸いだ。

「あー、思い出した」

 真彩が肩を落としながら言う。

「あたしさ、実は昔こっちの方に住んでたんだよ。それで小学生の時、授業で地元の民話を調べたんだよね。その時に聞いたのが、デイダラボッチってわけ」

「どんな話だったんだ」

「さっき見たのと変わらないよ。山に腰かけて川で足を洗ったとか、転んでため池ができたとか、それだけ」

 ルディは露骨に顔をしかめた。

「使えんな」

「ちょっと!? 態度が違くない!? 資料館と大差ないでしょ!?」

 てっきり二人は打ち解けたものだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。依然として、ルディは真彩が嫌いなようだ。

 大人の女性とはかくも複雑な生き物である。

 真彩を無視してルディは腕を組む。

「しかしな、これだけマイナーな存在だと、アレの正体だと決めてかかるには無理があるかもしれん」

「そうなんですか?」

「前にも言ったように、妖魔は人々に畏れられるほど強くなる。強くなるというのは、単純な力の強さだけじゃなく、存在の強度、確かさにも密接に関わって来るんだ」

「この知名度だとアレだけの巨体を支えきれないってワケ?」

 真彩は不貞腐れつつも口を挟む。ルディは横目で彼女を睨み付けつつ、続けた。

「つまりはそういうことだな。お前の程度でも知っているぐらいだから、もう少し有名な存在だと思っていたのだが……」

「ここのはそうでも、ダイダラボッチそのものは有名な方じゃないの?」

 食って掛かる真彩。しかしルディは涼しい顔で言う。

「ダイダラボッチは山や湖沼と結びつけられていることが多い。どちらも動かないからな、それらに由来するダイダラボッチもまた、地元から遠く離れようとしない」

 彼女の解説で概ね納得した旭だが、そこでとある可能性に辿り着く。

「じゃあ、およ……なんとか同盟に連れてこられたって可能性はないんですか?」

 旭の疑念に、ルディは小さく頷いた。

「なるほど……確かに連中の存在はイレギュラーだ。通常では起こり得ない出来事もあるかもしれない。しかし、そうなると……あまりにも候補が多すぎる」

 専門家であるが故に、彼女の知識は膨大だ。だからこそ、少しでも条件が変われば多くの候補がまろび出る。

「駄目だな。判断材料が少なすぎる。実地調査に切り替えるか」

 そんな彼女がしばらく考えた後にそう言うのだから、他にどうしようもないのだろう。

「実地調査って、何をするんですか?」

 旭が訪ねると、彼女は得意気にこう言った。

「あの山に行くぞ」



 グネグネ曲がる山道を、軽自動車がかっ飛ばす。旭は思わず叫ぶ。

「飛ばしすぎじゃないですか!?」

「いや全然。看板見てみな」

 運転手である真彩は涼しい顔でハンドルを切った。視界に入った看板には五○の文字。速度表示のメーターが指しているのも、大体そのぐらいだ。

 法に背いていないことはわかった。次の問題は彼女のテクニックだ。今のところ問題ないように思えるが……。

「真彩さんは慣れてるんですか、運転」

「六年も乗ってればね」

 彼女は語り出す。

「懐かしいなあ。最初の頃はおっかなびっくりで、バックしたらポール巻き込んでリヤバンパーがめくれ上がっちゃったこともあるよ。自分で直すの大変だったなあ。わざわざペンチ買ってきて、曲がった留め具を伸ばしたんだ」

 運転中に事故の話をするな!

「駐車場で他の車にぶつけちゃった時は焦ったなあ。傷もほとんどなくて助かったけど」

 あっけらかんとしている彼女に、旭は恐る恐る訊ねた。

「因みに、免許の色は」

「もちろんゴールドだけど」

 どういう理屈だ。この国の法律はおかしい。※二○二○年十二月現在、物損では加点されません。

「ルディさんもなんとか言ってくださいよ」

 後部座席から景色を眺めていたルディは、無表情のままこう言った。

「問題ない。最悪の場合、私とお前は逃げられる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る