第七章「無謀の騎士」-その8
その時、大量で学校から出て行く車の中で、一台だけ中に入ってくる車があった。いかにもな公用車だ。その車は我々の前に止まり、運転手が出てきて後部座席を開けた。
「……お父さん」
出てきたのは保食葵の父親、保食圭造だった。眉毛が少し太く、筋肉がしっかりついているのがスーツの上からでもわかる。既に五十代と推定されるが、年相応より少しだけ若く見える。好印象といったイメージを受けるが、今後深く関わりを持つ必要がある可能性が高い試験学校の生徒達からすれば、大きな威圧感を受ける。
「楽にしてください。皆様は今回のテロから守ってくださった方たちなのですから」
仮に真実で言っているのだとしても、禊達には世辞に聞こえて背筋がこわばる。
「片喰禊君は」
名前を呼ばれた禊は咄嗟に答えた。
「自分です」
「そうか、君が。良く脅威を退いてくれた。ありがとう」
防衛大臣のほうから右手を差し出される。握手を求めたのだ。
「……いえ。光栄です」
禊は右手を受け取り、硬く握る。
(はぁ……防衛大臣か……)
禊は左手を持ち上げた。
そして、
保食圭造の頬を殴った。握手していた右手が離れ、保食圭造が床に倒れる。
「何をしている貴様!!」
禊は、今度は自衛隊兵士に銃を向けられた。
「その右手は、俺に握手をする為じゃなく、てめえの娘を抱きしめる為に伸ばすべきだったんだよ!!」
この場にいた全員が驚愕した。
「政治家としての尊厳も重要だろうが、父親としての心配が優先されなきゃ、お前のおかげで死ぬことを覚悟していた彼女が、これから命のよりどころ無く過ごさなきゃいけなくなるんだよ!!」
あまりのしょうがないお説教に数人が銃を下ろし紫が言葉を漏らす。
「嘘だろ片喰……」
「銃を下ろしなさい」
圭造は周りの兵士に指示する。
「君は正しい。私は、葵のもとへ向かわなければならなかった。私が間違っていた……」
「もう遅ぇんだよ。お前んとこのクソッタレ執事のおかげで、ただでさえあいつには信用できる人間がいなくなった。だからこそ、お前がそうあってやるべきだった」
「……すまない」
「それもてめえの娘に投げるべき言葉だ。俺のことなんぞ見てんじゃねえ」
禊の止血した左腕の傷が開いて、包帯に血が滲む。
「……私も好き勝手言われたものだな」
(やっべぇ……勢いで言い過ぎたか……)
結局何も考えてない片喰禊はぼろが出やすい。生涯において、きっと良く転ぼうが悪く転ぼうが、彼は一連の流れに後悔することであろう。
「遅いならば仕方ない。治療の手配をしろ」
保食圭造は近くの人間に声をかける。
「救急車ならそこにいるので、そちらに乗ります。これ以上はいつ倒れるか分かりませんし」
「いや、君には自衛隊の病棟に入ってもらう」
「え」
禊の思考が止まる。
「唐突に語尾を丁寧にしたりポツンとした顔をしたり、君は忙しいな」
圭造は今まで講釈を垂れていた人間の腑抜けた様を見せ付けられる。
「まあ良いか、君は触れたのだろう? 葵の魔法に。葵の魔法は特例だ。君には検査を受けてもらう」
「……いくつか伺ってもよろしいでしょうか?」
再び禊が必死になって丁寧な言葉を作る。
「構わない。君は疲れているのだから言葉も少し砕けてくれ」
「じゃあ。まず、……無事生きて帰れます?」
「当然だ」
圭造の少し呆れた答えに禊は大きく息を吐く。
「良かったぜ、次、というかさっきの続きだ。途中で話が途切れちまったからな」
「片喰くん……」
今まで口出ししてこなかった葵が声を出した。
「彼女はどうする。アンタの信用たる人間じゃない。彼女が信頼できる人物はいるのか?」
圭造が微笑む。
「此処まで葵のことを考えてくれる人がいるとはな」
「片喰くん。私なら大丈夫だから。お父さんも悪いこと考えてる顔しないで!」
今まで黙っていた葵が、見兼ねたのか此処に来て感情を言葉にした。
「何も悪いことなんか考えてない。人聞きが悪いぞ葵」
「じゃあ何考えてるの!!」
「そうだな、片喰くん」
親子特有の表情の読み取りみたいなものを見せ付けられた直後に、国において大きな役割を担っているその人に声をかけられた禊は、次に投げられる一言が思いつかず、彼の中に嫌な時間が流れていた。返事にも、禊の不安が乗る。
「はい」
「君が娘を守ってくれ」
聞こえた言葉の意味を、禊は理解できなかった。
「……はい?」
「だから、君が葵を守ってくれ」
「あの、自慢ではないが俺はボディーガードが出来るほど優れてるわけじゃないn」
「そこは気にしなくて良い。そのための学習と鍛錬の枠は私が用意しよう」
禊は葵の顔を見る。葵もまた、禊の顔を見ていた。そして二人は、圭造の顔を見た。
「「ええええええええ!!」」
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