第二章「食えない姫とナイト様」-その5

 検索結果が出る。組織の名前は『ノーブルベアー』。

「シンボリズムの塊だな」

「どういう意味なの?」

「『高貴な熊』。熊のシンボルの意味合いを頭につけてやがる。相当な自信家だ」

「まあ、そんなイメージあるよね。あれ」

「金さえ貰えりゃ、盗みでも人攫いでも、殺しもか。自分らの危なさに酔って自信満々ってタイプの輩だな」

「そんなのが何処の政党と組んでるの?」

「つい先月に出来た政党だな。『新改革社会党』か。元民権党議員の楠本? だっけか、そんな名前の奴が追い出されて立てた政党だよな。政党名が恐怖と面白さを引き立ててるな」

 楠本浩太郎、魔法の政治への関与が深くなってきたことに、主に軍事的な側面における権力の拡大、それによる戦争への発展に反対の声を上げる政治家である。ここ八十年前後、日本の政界において、何度か別の政党が政権を握ったりもしたが、基本的に自由民権党が国会の半数を担っていることが基本であった。野党第一党が民主立権党であることも基本的には変わらず、楠本は民権党にいたが、過激すぎる思想から組織を糾弾された。楠本は、超魔核を徹底的に管理し、常に監視を置くことが必要だと主張した。その上で、自衛官やその他の軍事的な側面を全ての超魔核のみが行なうことで埋め合わせるとも主張した。それが出来ないものは施設において魔法を用いた発電をすることを強制する。実質的な刑務所と変わらない。楠本の中で、超魔核は軍役か懲役か。その二択しか与えないというのだ。

 民権党としては、軍事が促進されることは基本的に否定したい立ち位置に存在する。しかしながら、超魔核の存在により大きな脅威が目の前に現れたこともあり、実際には対策と言うものが必要であると感じている。今まで散々逆の立場に立っていたがそうもいかないという現実に徐々に気づかされたそうだ。今では軍縮をメインに掲げるようになった。

楠本の主張に関して、自由党は人権の尊重の点から、民権党は主に反発の防止の側面からこの主張には圧倒的に反対を受け、民権党からも見限られてしまった。

「まあ、アレはアレで過激な信者様がつきそうだよな。先週党員の一人が熊さん達と接触したのか」

禊はデータを読み進めながら続ける。

「なるほど、でもなんで私を狙うんだろう?」

 葵は単純な疑問を投げかけた。

「ここからは可能性の話だ。お前は多分、ここ最近今まで以上に慎重に扱われているだろう。違うか?」

「そうだね。私が超化したことが原因だと思う」

「……あまり詳しく聞くつもりがないが、お前のそれは本当にただの超化か?」

「……」

 保食葵は、片喰禊に投げかけられた質問に、回答を出すことが出来なかった。

 そこで、禊は話の詰め方を変えた。

「綺麗だよな。その髪」

「なっ……いきなり!?」

 あまりの突拍子のなさに、葵はただ驚く。ここが未だテロリストに占拠されている危険地帯の中であることを思い出し、彼女は声が大きくなっていたことに気づきあたりを見回す。

「とても数ヶ月やそこらで変色したようには思えない。もちろん染めたようにもな」

「うん。鬱陶しいから一色にしちゃった」

 禊は目の前の少女がさも平然と、まるでご飯を食べたから歯を磨くみたいな気持ちでその言葉を発したのを見て、少し鋭い顔で返す。

「それが出来るのは普通の超魔核じゃないのさ」

「そう……なの?」

「ああ」

 少し慌てた葵に対して、禊は一言答えるとすぐに続けた。

「今は能力がどうのとかは聞かない。お前は特例があって、その特例が大臣様の娘ときた。あの連中からすれば超魔核による戦争の活発化とかいう話になるんだろうな。それはそれはとっ捕まえて管理の対象! 圧制!! その見せしめにして革命でも起こすつもりなんじゃねえか? へたするりゃ見せしめで殺すかもな」

 平然と過激な表現を使ってしまい禊は少し自分がミスをしたと感じたが、葵は慣れているのか意外と平気な顔をして質問を続けた。

「でも、どうしてこのタイミング?」

「完璧な理由はわからん。一番警戒の薄いタイミングがここだった、と見るべきだな。始業式前までは自衛隊様の精鋭、トップのガードマン達が一人のお姫様を徹底的に保護。普通の学校の日じゃ、超魔核が大量にいて襲撃しても返り討ちに遭いかねない。その点、今日なら学生はほとんどいないし、教員でも早く帰ってる人だっている。一番狙いやすかったのかもな」

 保食葵の顔が歪む。

「でも、それっておかしくない?」

「どうして?」

「だって、それって今私が学校にいることを知ってたってことでしょ? 私はさっき、好宮先生から禊くんに案内してもらうように言われてここにいるけど、本当なら私はもう既に帰宅を果たしているタイミングのはずなんだよ? いくらなんでもそんな、普通ならいないタイミングで私を狙ったりするかな?」

 保食葵の推理は的確であった。片喰禊も今になって重要な判断材料のひとつを見逃していた事実に気がつき冷静になる。

「そうだ。完全に見逃していた。どういうことだ? お嬢様は副産物だとでもいうのか?『ターゲット』なんて堂々と怒鳴り散らしておいて、それが第一目標じゃないなんてことは考えにくい」

「ターゲットが私達生徒全員とか? 捕まえて、それこそ見せしめにとか」

 禊は少し顎に手を当てて考える。

「だったらもっと生徒のいるタイミングで大量に部隊を送りつけてくるはずだ」

 片喰禊は思考を走らせる。自分の推測が外れていたという事実を認め、新たな検証をする。現在情報を欲している状況で考察の当てが外れた事実から、彼は再度冷静になって整理しようとする。

「……わからん。目的が分かればもう少し何か出来ると思ったが」

 禊は考察を放棄する。これ以上悩むのは時間が無駄であると考えたのだ。

「目標が倒すことじゃなく脱出なら大丈夫なんじゃないかな? 私達はこれからしばらく全てを敵と見て、逃げる。それが一番だと思うな」

「案外肝が据わってるな、保食。お嬢様は今まで相手してきた数が違う、ってヤツか?」

 禊は葵の意見に関心していた。とても素人のそれではないからだ。

「ここまでの窮地は初めてだよ。それでも出来ることをするしかない。怖いけど、考えないと、足掻く努力をしないと怖さに負けちゃうから」

 葵は胸の内を少しだけ明かした。禊は更に関心した。

「逞しいな。ボディガードが貧弱で申し訳ないくらいだ」

「……禊くんは私のことブランドモノみたいに扱ってない?」

「芸術品だと思ってる」

 二人は冗談に冗談を重ね少し見つめあった後、音を殺して笑いあう。非日常の中で、小さな狂気の隣に彼らはいた。戦地の中央で身を潜めていながらに拙いジョークを騙り、味方は二人以外一切存在せず気づかれればすぐに敵に殺されかねない現状で、自分が「笑っている」という現状に禊は自身で違和感を感じ取り、少し恐怖していた。

(忘れちゃいかんよなぁ。ここは学校だが、戦場だ。美少女の横で浮かれている場合じゃないぞ片喰禊。まだ骨と肉の塊にはなれないぞ)

 ひとしきり笑い終えてから、片喰禊は溜め息を吐き、その後鼻で笑い、ひとりでに呟いた。

「……とんだ貧乏クジだな」

「禊くん大丈夫?」

 禊の様子を見つめていた葵は、慰めるつもりで彼の頭を撫でた。

「……ッ!!」

 自分が撫でられているという事実に気づいた禊は顔を一気に赤くする。その様を見て、葵は水を得た魚のように頬を吊り上げる。

「ふーん。禊くんって案外こういうのによわいんだぁ。ほーらよしよーし」

 保食葵は片喰禊の体を自分の方へと寄せた。禊が自分の置かれた現状に気づいた頃には顔が彼女の胸に押し当てられ、彼女の手が禊の頭をなぞっていた。やわらかい感触に頭部の全てを包み込まれた彼は、自らの置かれている状態が理解できず遂に混乱してしまった。

「な、な、な、ななななななななななななな」

(なんだこれはあああああ!? 母のぬくもりってのはこんなにも心地いいモノなのか!? いや、今はそんなことしている場合じゃないぞ。なんだ? バストはDか……ってそうじゃない!! くっそチクショウ! 何がなんだかわからねえ。ただ、今の俺は最ッッッ高に役得な気がする。この場を譲って逃げ出した舜月め、後で聞かせて後悔させてやる! 死にたくはないと言ったが最早天寿を全うしたと神に言われればこの世とおさらばしても本望って奴だなクソッタレ!!)

「ざまあないぜ舜月の野郎め」

「禊くん?」

 自分が独り言を呟いていたのを葵に指摘されて、禊は初めて自我を取り戻す。

「ああいや、ってかこれはなんの冗談でしょうか?」

「ちょっとね。自分で制御出来てないぼやきがあったから」

「んで、お姉さんは男が頼りないといつもこうやって、その豊満なCカップで抱き寄せて鼓舞した上で、自らの為に命散らすまで守り抜くことを誓わせる。そうやって立派な騎士に仕上げるってわけか」

 禊は調子を取り戻してきた。

「私はDよ。あと、こんなことキミが初めてだよ」

 葵は頬を膨らませながら小さく嘆いた。

「やっぱりDか」

「もう!! 確認したのね! ってかなんでわかるの!!」

 葵の膨らんだ頬が赤く染まる。

「まあそう言うなって」

 禊が反省の色も見せずそう言うと、葵は溜め息をついた。

「……やっぱりキミは食べられないな」

「なんだそれ」

 禊は自分の辞書に入っていない言葉の意味を問う。

「食えない男ってことだよ」

 葵は造語の意味を禊に教えた。禊は得た知識をその場でひけらかす様に返した。

「なら保食も食べられそうにないな」

「それはそうよ。……もしかして、わたしに惚れちゃった?」

 葵がにやける。

「そうだな。80年くらい前に流行った『バブみ』ってジャンルを思い出した。本物のお母さんがここにいるって感じだ」

「お母さんって年じゃないんだけどな、失礼しちゃう」

 葵は不貞腐れた素振りを見せる。

「同世代の女の子に母性があるのが醍醐味なんだよ」

 禊は淡々と自分の性癖を暴露する。

「そういうものなの? よくわからないな」

 少しの沈黙の後、禊が口を開く。

「まあ、その……なんだ……ごめんな」

 抱きしめられたままの姿勢で葵からは彼の顔は見えなかったが、それでも分かるくらい片喰禊の声色は真に迫ったものだった。

「いいのよ。その代わり!」

「?」

 彼を放し眩しいばかりの笑顔を見せた保食葵は、答えを求め少し困惑している少年に向けてこう続けた。

「きっちり私を守ってね、ナ・イ・ト・さ・ま!」

 片喰禊の目には、彼女の笑顔は眩しすぎた。それを見た禊は鼻の頭を摘み、目を瞑って視線を落としながら呟いた。

「……困ったお嬢様だ」

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