第一章「忘れ去られた防災の日」-その1
教室の喧騒がやけに騒がしく聞こえる。高校の友人など夏休みでも何でも大抵よく会っているはずだろうに。特に女子は、
「めっちゃ久しぶり~~!!ちょっと痩せた!?」
「そんなことないよ~~!!会いたかった~~!!」
などと、お互い大して仲良くもないことを把握しつつも表面上はカーストによる優劣をつけないように立ち回ることで、相互に侵攻することなく安定の位置を保とうとする姿勢が見て取れる。それが悪いとは全くもって思わないが、朝から変なところに気力を使っている様子を見せられると、授業中指された時の「分かりません」という一言の、何十倍も五月蝿い声に重なって、頭痛が少し重くなった気がする。
三階の教室、最後列の窓側の席。南側に向けられた窓から射す日光が鬱陶しく、睡眠を妨げるには十二分に明るい場所に設けられている机と椅子。それでも俺は、あきらめずに睡眠に入ろうとする。
「よう禊! 相変わらず死んだ魚みたいな目してんな」
「お前は元気そうで何よりだ勝浩。ファストフード店のフライドチキンじゃないだけマシかもな」
「なーに言ってんだよ。お前なんか食ったってマズそうなんだよ。出汁にするのだって吐き気がする」
高校生特有の罵倒をメインにして雑に広げた冗談を振りまいてくるコイツは、同じクラスの谷敷勝浩(やしきかつひろ)。数少ない友人の一人である。コイツとは夏に良く集まってゲーム大会やら宿題殲滅作戦やらをやっていた。学業に関して言えば、俺より成績は悪い。しかし実戦はかなり得意で学年内でも目を見張るものがある、いわば「優等生」である。
……バカだが。
そして、よくつるんでいる面子があと一人。
「おはよう。ホルスが騒がs……暑いね」
彼が末洲舜月(すえずみつき)。勉学も魔法も高水準にまとまっており、特待生の枠にいる。既にいくつかの大学から推薦状をもらっているほど優れている。二年生が始まるまで中二病を引きずってさえいなければ、今頃学校内のプリンスの座は彼であったといわざるを得ない。今でも発作が出ているようだが、大分普通の好青年になったと思う。
「また第二人格が目覚めそうになってるな!」
勝浩がからかうと、舜月は顔を赤くしながら、
「……やめてくれ勝浩。こう、自分のやっていたことが恥ずかしいことだというのはわかっているんだ。それでも細胞レベルに染み込んだ何かが出そうになるのはしょうがないと思うんだ」
と、羞恥と諦めを同時に表したような顔をしながら言った。
「まぁ、俺らにはわかってることだし、他の人間との会話で出さないようにすれば良いんじゃねえかな。……お前の言う『ホルス』とやらは頭上に浮かぶ鬱陶しい球体と、ふたつの球体を抱えて鬱陶しく教室内で喚いている生き物たちのことをかけたダブルミーニングか?」
舜月は出し抜かれたような顔をした。
「禊は考えすぎだよ。前者の意味しかないし、後者は禊の怨念と欲望だろ? ひどいなぁ。……っとまあそれはそれとして。今日さ。転校生が来るらしいよ」
耳なじみの薄い単語が現れて、俺は思わず口を開く。
「転校生? この学校に転校なんてシステム存在したのか」
「ああ。さっき職員室前に、なんかここじゃ見たこと無い顔の二年生を見たぜ。女だったな。ありゃ相当な『ワケあり』だぜ」
ワンテンポ食い気味に勝浩が喋りだす。
「なんだい勝浩、見たのかい? 僕は噂を聞いただけだから詳しいことは分かってなかったんだけど。その『ワケあり』ってなんなんだい?」
「見りゃ分かるよ。気になるなら確認してみるんだな。さて、もうすぐホームルームだぜ」
勝浩は自信満々といわんばかりの表情で、我々二人にかなり興味を持たせる発言をして、自分の席へと座る。
「……果たして何処のクラスに編入されるのかな? まあ僕達には関係の無いことかな」
……そういえば、隣に席がひとつ増えている気がする。隣の席に何が来ても構いはしないが、やかましいのだけは勘弁だ。
「さあな。でも今の時代、唐突なアルファ化も珍しくはないはずだ。特例って程じゃないだろ。事情はどうだか知らんが、今の段階じゃなんともな。俺としては、さっきの自由時間限定拡声器みてぇな生き物じゃないことだけ祈っているよ」
俺はそう言いながら隣の机を指差す。
それを見た舜月は肩を竦め、俺の席の前の自分の席に戻る。
そして寝ることはかなわなかったようだ。ホームルーム開始の鐘が少し懐かしく、その騒々しく大きい音はやけに俺の頭に響いた。
教室のドアが開けられる。担任の好宮紫(よしみやゆかり)先生が教室に入ってくる。
「さあ静かにしたまえ。ホームルームだ。ちゃっちゃと終わらせるぞ」
少しやる気の無い声が教室に響く。席について皆は教師の次の言葉を待つ。
「さて、いろいろと話す前に転校生の紹介だ。入りたまえ」
まあ雑な招き入れ方だこと。おかげでその転校生が入ってくる前に、その辺にいる素晴らしき人々たちが騒ぎ立てることも無く、私としては喜ばしい限りである。
そうして現れる。「相当なワケあり」の女。俺の隣には、一体どんな魔物が座るのか。女性という生き物と深い縁を築いたことの無い俺は、隣に来る存在に期待しつつもあり、俺にとって悪夢とも言うべき騒音という名の脅威に震えていた。その正体が今、明かされる……。
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