第3話 過去
「それで、これは一体どういうことかな?」
現在、俺達がいるのは凰城川 涼が乗ってきたリムジンの中である。無理矢理腕を組んできた妹が勝手に秀才様と話を纏めた結果、何故かリムジンに乗り込まされた。
「だってお兄ちゃん、私が腕を離せばすぐに逃げるし、涼が話あるって言うからこうするしかないでしょ?」
何故か機嫌のいい乙葉は、右腕を組ませながら体を寄せてくる。仕方なく秀才様を見て話す様に促す。
「その…失礼ですが、貴方が乙葉さんのお兄様という事でよろしいのでしょうか?」
「そうだね、初めまして兄の優人です」
軽く自己紹介をすると真っ直ぐこちらを見て、懐から徐にスマホを取り出した彼女は縦画面のまま、何かしらの操作をした後、すっと俺にスマホを差し出して来たので、受け取って見ると画面に写っていたのは、紛れもなくムゼルガルドで着用していた装備をしているこの俺、剣渕優人の姿だった。
「初めまして剣渕優人さん。私は貴方と同学年の凰城川 涼です。今回お話をさせて頂こうと思い、多少強引な手段を取らせて頂きました。まずはその事についての謝罪を」
「それはどうもご丁寧に」
流石は理事長の孫娘。上品な態度、気品溢れる姿勢それは紛れもない、お嬢様の姿であった。
「さて、早速本題に入らせて頂きますが先程ご覧頂いたあの画像は優人さんでお間違いありませんか?」
「違うと言えば信じてくれますか?」
「勿論と言いたい所ですがそれは無理なお話ですね、実際にお会いさせて頂きまして、より確信致しました。優人さんはいえ貴方様は『破滅王シャドウ』様なのでしょう?」
「呆れて物も言えませんね、そんな如何にも中学生が喜びそうな名前を名乗った事は今まで一度としてありませんよ。俺は乙葉の兄、優人です」
確かにムゼルガルドにいた時は悪名高い死神と呼ばれたことはあったが、破滅王シャドウなどと言う名前で呼ばれたことは一度たりとも無い。
「とぼけても無駄ですよ」
そう言うと、次に見せられたのは昨日の炎上写真だった。確かにこの格好は、向こうで着ていた服の一つではあるが、決定的なことが一つだけある。
「それは好きで撮られた訳でもないし、偶々格好が似ていたんじゃないですか?」
「あらあら優人さんったら遂にボロを出しましたね?偶々格好が似ていたと仰いましたが、私が調べた所、一致する物はこの世界の何処にも無いのですがその辺はどう説明してくださるのでしょうか?」
リムジンの中で特別に設置されているテーブルにその資料を広げ説明を始める。
「いや、分からないぞ?あの服はオーダーメイドで作らせた特注品の可能性もある」
「ははっ、冗談は口だけにしてくださいね?私の情報網を舐めていらっしゃるようですが調べ上げた所、海外への渡航は無し。通販ショップ利用は国内のみ、オーダーメイドの発注も無し。けれど物はある。加えて一年もの間行方不明。これだけの証拠が揃っているにも関わらず、まだ違うと恍けるつもりでしょうか?」
どうやらこのお嬢様は、口だけでは無く行動力もお持ちのようだ。ただ幾ら孫娘の為とはいえ、ここまで情報入手に協力している家も珍しいと思う。軽く溜息を吐き、真っ直ぐ凰城川 涼を見つめる。
「そうだね、生憎と俺も面倒事は嫌いなんだ。一つ昔話をしてやろう。…昔ある所に一般的な暮らしをこよなく愛する1人の若者がいました。ある日その若者は異世界に飛ばされ、有無も言わさず、その世界で生きていくことを余儀なくされました。生きる為、強くなる為に戦い続けた結果、彼が手に入れたのは人外の力と人々からの畏怖の念でした」
「それは…あなたの話なのですか?」
「さてね、昔話だと言っただろ?」
内部事情まで語っていない上で、ある程度の情報は吐いた。これをどう使うのかは知らんがお嬢様が知りたそうな事は喋ったのだ。さぁ、もういいだろ、解放してくれ。
「事情は分かりましたが、私が知りたい事は一つだけです。あなたはシャドウ様なのですか?」
「ハァ…。だからその名前は知らないと言っただろう?シャドウという名前で呼ばれたことは一度も無いし、仮に呼ばれているとすればそれは俺の知らない所だ」
再びお嬢様はスマホを弄り始める。すると、驚いた表情をしてポツリと何かを呟く。
「そう言えば二つ名は『死神』でしたね」
「そうだな、そっちの異名では言われたことはある」
「ではやはり、あなたは…」
「そういう事なんじゃねぇか?そろそろ学校に着くし、話はこの辺でいいだろ?」
リムジンが学園の前に止まると同時に会話を切り上げるようにリムジンから下りる。
「っと忘れてた、お嬢様。面倒だからぶっちゃけるが、あなたが作らせたそのゲームは…その世界は存在するぞ?」
訳が分からないと言った表情の彼女を一人残し、俺は乙葉と共に学園内部へと向かった。一応俺は復学という形になるので、職員室にて一度担任と面談をする必要があるらしく、乙葉とは職員室前で別れた。
「失礼します、本日より復学させて頂く二年の剣渕優人です。面談の件で担当者様とお話をさせて頂きたく参りました」
職員室に入って要件を伝えると、近場にいた教員の方が事情を聞いていたのか応接室の方へと案内してくれた。ここで待っているように言われた為、部屋を一通り見ていることにした。
「(作りはあまり派手ではないのに、何だろうこの無駄に広い空間は)」
この学園に入学してからずっと思っていた事がひとつある。兎に角、何処にしても広いデカいの一点張りで校庭にしても正門にしても作りが明らかに普通の高校ではない。
「(ムゼルガルドだと王宮に匹敵する広さか…)」
そんな事を考えている内に時間は経っていたようで、入口の扉からノック音が聞こえた。
「失礼するよ、君が剣渕優人君だね?私は、君が復学するクラスの担任
「(ん?綴技?いやまさかな…)」
入室してきたのは、ポニーテールの黒髪美人教師だった。誰が見ても美しいと感じるほどの美貌に、引き締まった体、加えて不自然な右太ももの膨らみにスーツジャケットの内側に何かを隠している。
「初めまして剣渕優人です、本日から先生の元で学ばさせて頂きますのでよろしくお願いします」
差し出された右手を左手で握り返しながら自己紹介を済ませる。
「こちらこそよろしく」
日本だと所持している時点で、銃刀法違反で捕まるのだが、この先生どうやら只者ではないみたいだな。細かな表情の変化や仕草から俺の考えていることを読み取ろうとしている上に、普通に座っているように見えて常に右手の掌は太もも付近に置いている。
「今日からの日程と、復学における補習授業の時間割についてはこちらの資料に目を通しておいて欲しい。━━━━それから…何故妹を殺した?」
瞬間猛烈な殺気を綴技 響子から感じる。やはりそうか、彼女は…。
「そうですか、やはり先生は有栖のお姉さんだったのですね…」
「そうだ、良ければ聞かせてくれないか?異世界転移の事を…。彼女らに聞いてみたのだが思い出したくないの一点張りでね」
彼女らと言うのは恐らく、彩乃を含めた勇者5人の事だろう。出会った当初に彼女らの事を聞いた時、全員が同じ部活、同じ中学に所属している仲間だと言っていたな。そこから絞り出せる答えは異世界から帰還した彼女らの噂を聞き付け、妹のことを聞きに行き、死んだと言う事実だけを伝えられただけだろう。
「実際彼女達は、有栖の死んだ原因は深く知らないからそういう反応をされても仕方ないですよ…、ですが妹を持つ兄としてお気持ちは分かりますので、やはりその事についてはお話致しましょう」
それから、俺は話した。彼女達との出会いから彼女達が体験してきた異世界での出来事を。
☆
あれは、気持ち悪い神を信仰する国『聖国ゼマティス』との正面戦争時の事だった。
「おい!バカ勇者共死にたくねぇなら、あの死神様の周辺に近づくんじゃねぇぞ!」
一人の冒険者が勇者達に向かって叫ぶ。
「ですが、今の彼は!」
「見りゃ、分かんだろうが!あの野郎魔術で意識的に体を破壊して『死滅の呪い』を打ち消してやがる。しかも光魔法ですぐ様再生していやがるせいで、魔術の代償が身体中に刻まれていってる」
一人の冒険者が叫ぶ先には、死神と呼ばれる剣渕優人の姿があった。上半身は露出されているため、使用した代償である魔術刻印が上半身に刻まれていくが、当の本人は冷静に目の前にいる聖国の兵士を皆殺しにしていく。
『死滅の呪い』とは、聖国ゼマティスが信仰する神とされている、ゼマティス神が聖国に仇なす愚か者共を皆殺しにするために生み出された神法呪術である。この呪術は、一度喰らえば神をも殺せる程の毒が全身を周り一瞬の内に死に至らされるが、一重に勇者達が戦えているのはその全ての呪術を全て剣渕優人が肩代わりしているからである。
「何サボってんだ、お前ら。君らペナルティ食らってないんだから限界超えるなり、なんなりして早く向こうの王様抑えてくんね?魔王とか倒す以前にこれくらいもこなせない様じゃ、どちらにしても近い将来死ぬよ?死にたくないでしょ?」
「それをしようにもアンタの間合いに入ったら確実に俺らにも魔術の『代償』が降り掛かるだろうが!」
「仕方ねぇ、俺が右側の一番クソ強い勢力を抑えるから後はお前らで何とかしろや。おら!散った散った」
面倒くさそうな顔をした死神は、時空間魔法に収納しておいた武器を次々に敵兵に向けて射出する。有象無象は死体となって地面に並んでいるが立っている者たちが12人ほどいた。
一方で言われた通り、聖国の王を抑える為に中央基地へ向かう勇者達だったが、流石に敵兵の中隊長レベルとは、まだ苦戦気味だ。元より殺し合いに慣れていないのだから当然と言えば当然だが、ここは戦場。どこか危なっかしい勇者たちを助けたのは冒険者達だった。背中は預けろと言わんばかりに彼等は敵兵士を制圧していった。
「お前達が聖国の守護者『神の神兵』だな?やれやれ折角来たんだ、相手してくれや」
そこから先の事は、少し省略するが12対1と言う圧倒的な人数の差があるにも関わらず死神は勝ってしまった。確かに敵もそれなりに強かったのだがそれでも、死神の足下にも及ばなかった。辺りは騒然としているが、未だに戦いは続いている。
「殺してしまったが、コイツら神の神兵は使いようがある…回収しておくか。さてあっちはどうなっているかな」
未だに王の元にすら辿り着けていない、勇者達を観察しながらも戦場を見渡すと不自然な事が起きている。敵国の王自らが戦場に出ているのだ、しかも弓を構えて。
「莫大な魔力の放出不味い!」
「汚らわしい女神の息が掛かっている者共など塵芥以下のゴミだ。世界に浄化を施さねば」
放たれた一撃は異常に早く、鋭い攻撃であの場の戦場でいち早く気づいたのは、綴技 有栖だった。魔力感知能力に優れ、防御魔法に一際強い適性を持っていた彼女は、敵からの攻撃意図もいつしか分かるようになっていた。
「ごめん、皆…」
背を向けた状態で有栖は仲間達にそう言うと、何重にも防御障壁を張り巡らせるが次々と砕かれていく。次第に衝撃によるものから腕や足等に切傷が入っていく。
「ふっ…禁術解放…『神の障壁』」
金色の如き透明な盾を複雑な魔法式と共に発動させると割れるギリギリの所で弾かれた。何とか防ぐ事に成功するも使用者の有栖の体は既に限界を迎えていた。
「ちっ…あの野郎容赦なく第2射を構えてやがる!どうにかしろや死神!」
「それならもう終わっている」
焦ること無く空間転移魔法により王の背後に空間を繋げ、心臓ごと剣を突き刺した。王を倒したことで敗残兵は逃亡。やがて戦場には流れた血を洗い流すかの如く雨が降ってきた。
「有栖の容態は?」
「調べた所、ただの魔力切れみたいです!」
笑う勇者達を横目にどこか様子がおかしい有栖。
「ごめ〜ん!皆私ちょっと先生と話しあるから先に戻ってて」
「なになに〜?なら私も着いていくよー」
「バカっ!この状況で話すって言ったら決まってるじゃない」
「きゃー!有栖にも遂に春が来たのね!皆行きましょ」
茶化す有栖以外の勇者達はニヤニヤしながら先に街まで帰っていった。
「有栖…」
「先生、多分気づいているとは思いますが私も…大分抑えるのが難しそうです…」
虚ろな有栖は話し始める。今回の禁術の代償というのは単なる魔力切れではなく…魔力切れは意識の覚醒を予兆するものだと言うこと。
「お前の中に、あの王が使用した弓の力と同等の力を持つ何者かの気配を感じるがもしかしてそいつは、ゼマティス神…なのか?」
「仰る通りです…、先程の攻撃は恐らく私に禁術を使わせる為の陽動だったのでしょうね…そして願わくば先生、私を殺しては…くれませんか」
左眼が緋色に変わり始め、右肩からは翼が生え始めている。
「それがお前の願いか…有栖」
「はい…他の皆に頼んだら…絶対殺せないでしょ?それに…責任感じちゃうから…」
優人は自分の両手を血が出るほど握りしめ、殺す決心をすると、有栖は抱きついてきた。
「先生…いえ、優人さん…ごめんなさい。私はズルい女で…こんな時にしか素直になれない…これからも…ずっと…愛しています… 」
弱々しい声音で震えながら言う有栖を優人は無言で抱きしめた後、胸に剣を突き立て貫く。『ありがとう』と呟いた有栖を看取りながら、優人は有栖を助けられなかった自分への怒りをその身に感じながら呟いた。
「こんな俺を愛してくれたお前のためにも、絶対にゼマティスは殺す…この俺の全てをかけてな。だからその時までどうか…安らかに…。安らかになんて言えるかよ!クソが!何が死神だ、女一人も守れずに何が…」
ただ一人の英雄の怒りと悲しみが混じった叫びを打ち消すかの如く、雨は降り続けるのであった。
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