第1話 降臨

母に付き合わされた結果、帰り時刻は既に18時を回ってしまった。家に帰ると玄関で乙葉が待ち構えていた。


「やぁ、お兄ちゃん?コレどういう事かな?」


乙葉は笑顔だった。笑顔なのに何かがやばいと言うことがわかる、差し出されたスマホを見るとどうやらsnsアプリ『ツブヤイター』の閲覧画面のようだが、写しだされていた内容がヤバかった。『駅前でイケメン執事と可憐なお嬢様がいた!』と言う文と共に掲載されている画像には、俺と母さんのツーショットが写しだされていた。掲載された時刻は1時間も経っていないにも関わらず既に拡散数は、1万件を越えようとしていた。


「最悪だ…先に行っておくけど、コレ母さんのせいでもあるからね」


「何言ってるのユウ君!今こそ私達の関係を世間様にぶちまけるのよ!そして親子結婚するの!」


「ぶちまけても分かるのは親子という変わらない事実だけだよ、それにその言葉は叩かれるだけだから辞めようね」


「言い切りやがったこの母は…。お兄ちゃんどうする気?」


妹に事態の収拾をつけるように促されるが、生憎と検討がつかない。今更投稿者のアカウントがBANされた所で意味はなさないだろう。既にネットの海を泳いだ情報は、どこからでも放出される爆弾なのだ。


「いっその事自体が治まるまで、野放しにしておけばいいのではと思うがどうだろう?と言うかこちらが許可して写真を撮られたのなら理解できるが、許可無しで撮られてビクビクする方がおかしい。風景写真なら兎も角、一個人を指して一目で理解できるような文と画像を載せた時点で今頃向こうはヤバいんじゃないか?普通に炎上案件だと思うが…」


そう言い返して乙葉がツブヤイターの画面を見返し、リプライを更新し直してみると確かに炎上し始めている。


『これ許可とってんの?』

『取ってねぇだろ』

『はい、炎上乙〜』

『8chに晒しとくわ』

『この人達に何かあったら責任とれんの?』

『まだ居たんだな…。こういう奴…』

『今北、無許可掲載は普通にヤバい』


他にも続々と炎上コメが目立ち始め、遂には投稿者本人がツイートを消す始末。


「なっ?時間の問題だっただろう?」


「まぁ、無事に済んだのならそれでいいのよ」


リビングに移動して椅子に座ると母さんがキッチンへと向かった。ネクタイを少し緩め時計を見ると、いい時間帯だし晩御飯の支度を始めたのだろう。


「ユウ君夜は何食べたい?」


「久し振りに母さんのハンバーグ食べたいな」


「キュン///任せて!」


「…チョロ可愛いかよ」


効果音を会話に混ぜないで欲しいと思いつつも外見が可愛いから何とも言えない気持ちになる。先程の事も気になったのでネットサーフィンを始める。検索結果にヒットすると8chの掲示板が異様に盛り上がっているのを見つける。








【執事とお嬢様の炎上案件その50】


231.名無しの炎上案件

祝、投稿者が凍結された模様


232.名無しの炎上案件

アレだけやらかしとけば萌えるわな


233.名無しの炎上案件

萌えるってなんだよ…


234.名無しの炎上案件

にしてもマジでイケメンじゃねぇか…妬みとかじゃなくて普通にイケメンだろ?


235.名無しの炎上案件

まぁ、俺の方がイケメンだけどな!


236.名無しの炎上案件

それは無い…。


237.名無しの炎上案件

少し調べたけど、事務所には所属してないっぽいぞ


238.名無しの炎上案件

え?無所属なの?アレだけ顔立ちとスタイルが良くて?


239.名無しの炎上案件

今頃モデル事務所とか探り入れてそうだけどな、探り入れないまでも今後画像から読み取れる場所にスカウトが蔓延る可能性は微レ存。


240.名無しの炎上案件

俺は男の方よりも、隣の子の方が気になるゾ


241.名無しの炎上案件

辞めとけ、通報されて終わるぞ…


242.名無しの炎上案件

調べたけど何も出てこなかったぞ?


243.名無しの炎上案件

そうなのか…、話変わるけどこの画像の広まり方エグイな。


244.名無しの炎上案件

どこの掲示板でも新規スレ立ってたしな。


245.名無しの炎上案件

無断で写真を掲載された二人は、この事知ってんのかね?


246.名無しの炎上案件

流石にコレだけ話題に上がれば知ってるだろ。


247.名無しの炎上案件

ネットニュースに上がってんぞ…。


248.名無しの炎上案件

うっわ…ホントだ。







一通り見終わった頃に、二階から乙葉が降りてきた。私服姿の乙葉は、久し振りに見たのでなんと言うか、流石我が自慢の妹と言った様子で何を着ても似合うなと思った。


「お兄ちゃん、お願いがあるだけど…」


「ん?どうした、乙葉」


乙葉から急に話しかけられて、少し驚きながら乙葉を見ていると、真っ直ぐ俺の隣に座った。


「あのさ…、お兄ちゃん。一緒に写真撮らない?友達にお兄ちゃんの事を話したら見てみたいって言われたんだ」


「いいぞ、それで俺はどうすればいい?」


乙葉は一気に距離を詰めてくると短く『ありがとう』と言った。そして特別指示は無かったが、動かないでと言われたので動かなかった。


「お兄ちゃん、カメラ目線でお願い!」


「カメラ部分を見ておけばいいんだな、お安い御用だよ」


数枚写真を撮ると乙葉は、満足行った様子でスマホを眺めている。そんな乙葉の横顔を見ながら母の様子を見るとご機嫌な様子で鼻歌交じりに料理をしている。幸せそうな二人の様子を見れて良かったと思いつつ、帰ってこれたんだなって言う実感を確かに感じた。


「二人とも〜、ご飯出来たわよ〜!」


テーブルに配膳されている料理を見ると、リクエストしたハンバーグの他にも麻婆豆腐や肉じゃが焼き魚等おかずが盛りだくさんだった。


「お兄ちゃん、行こっ!」


「え?あぁ、うん」


何故か乙葉は俺の手を引き、テーブルの座椅子へと座らせる。乙葉も母さんも笑顔の中一人

、困惑していると頭の中に声が響いた。


『ユウトよ、先にお主の部屋へ入らせてもらうぞ?』


その声は聞き覚えのある声だった。異世界ムゼルガルドでは、屈強な魔族たちを率いて勇者と戦い死んだハズの魔王の声だ。


『気のせいだと思いたいが…、既に感じるこの禍々しいまでの魔力は確実に…無駄飯ぐらいの愚王様だろうな…』


「いただきます」


家族で飯を食べている最中、頭の中でずっと話しかけてくる愚王。『誰が愚王じゃ!妾にはきちんと"クラシェリア・ブラド"という名があるじゃろうが!大体お主は…』と言ったことを子どもが宿題をしていない時にガミガミ言う親レベルで言ってくるのだ。五月蝿いたらありゃしない。


「母さんの手料理、久しぶりに食べたけど美味しいよ」


「あら、そう?頑張って作った甲斐があったわ♡」


照れる母を横目に隣に座っていた乙葉を見ると、幸せそうにハンバーグを口に運んでいた。仕草にも気品が出ているのに顔は緩んでいる。


「ごめん母さん。そろそろお腹いっぱいなんだ…。お詫びと言っては何だけどアイス買ってくるよ、二人はちゃんとご飯食べてね」


「え?ちょ…ユウ君!!もう、行っちゃった…」


急いで家の敷地を出ると上空に、黒い亀裂が走る。瞬間周りの時間が止まる、風に揺れていた木の葉は空中で静止し、通行中の自動車も人も何もかもが動きを止める。


「最悪だ、こんな事が出来るのは一人しかいねぇ」


亀裂は徐々に拡大していくと、黒い羽が落ちてくる。亀裂から光が漏れ出すと出てきたのは、神々しくも異端な漆黒の羽根、銀色の髪、しなやかなボディにこの世のものとは思えない程美しい顔の造形。光の粒子とともに亀裂が閉じられると俺の目の前にソレは降り立つ。


「ユウト、何故私に黙っていなくなった!」


身振り手振りで怒っている素振りを見せる女神。この女神こそムゼルガルドにて、俺を過剰につき回すストーカーこと『邪神 メルド』。目の前で死にかけているやつを毎回助けたりする内に、いつの間にか付きまとわれるようになった。


「開口一番それか…、俺はムゼルガルドでの役目を果たした訳だし向こうにいる必要も無いだろ?それより、何でこっちに来たんだ?ブラドと言い、お前と言いどうするつもりなんだよ…。しかもちゃっかりブラドの奴、時空間魔法覚えてやがるぞ」


「何!?ブラドも来ているだと?それは由々しき事態だ、私を差し置いてあの女ユウトに如何わしい事をしていないだろうな」


後半はブツブツ言っていて何を言っているのか聞こえていないふりをしておく。俺の冒険にはLoveなんて無かったのだから正直今更持ってこられても困る。


「いきなり、神力の気配がしたかと思えばメルド様じゃったか。てっきりあの忌々しい糞神かと思うたわ」


「誰が糞神よ!いくら私でもあそこまで堕ちてないわよ!大体ブラド、私が生き返らせて上げたのに今更ユウトになんの用なの?」


「そんなの決まっているのじゃ、本当の意味で救ってくれたユウトに求婚しに来たのじゃ」


俺を無視して話し続ける二人を他所に、面倒だなと思いつつも仲介に入る。


「まぁまぁその辺でいいだろう?それで、お前らはこれからどうするつもりなんだ?言っておくが求婚されても想いに答えるつもりは無いぞ」


「今はそれでもいいのじゃ、でも妾は諦めるつもりはない。妾はお主以外に考えられぬし、異性で一緒にいたいと思えたのもお主だけじゃ。なればこそ、妾は必ず選ばれてみせるのじゃ」


「ブラドだけには負けないわよ」


「百歩譲ってそれはどうでもいいんだが、お前ら日本で暮らす気なら住まいとか金とかどうする気なんだよ…。国籍だってねぇだろうに…」


別段、ブラドやメルドが求婚してきても問題は無いのだが、彼女らが現代日本で生きる為に必要な物を揃えられるかどうかというのは別の話だ。


「その辺は抜かりないのじゃ、ユウトの家に転移する前に全て済ませておる。何故かは分からぬがメルド様も済ませておるようじゃしな」


「当たり前よ、その程度造作もないわ。私達の住まいはココだしね?」


「は?ちょっと待て、住むって家にか!?母さん達が許すとは思えないんだが」


俺は良くても、母さんや乙葉が許すはずが無い。そもそも彼女らについて話すという事はつまり、異世界ムゼルガルドについても洗いざらい話さなければいけないことになる。


「大丈夫、説得するから」


「そういう問題じゃなくてだな、お前たちの境遇や立場のことを話すならムゼルガルドの説明無しには出来んだろ?」


「もしかして恐れておるのか?ムゼルガルドの事を話して、死ぬ気で生き抜き地球に帰るまでに至った全ての事を話して、変わってしまった自分が拒絶される事を」


異端の力を身に付け、常人には出来ないような事が出来、殺すことにためらいを持たず、感情を殺し続けた事で失われた価値観は、前の俺とはかけ離れすぎている。そんな自分が、家族と笑って食事をしている事には、違和感を感じていた。化け物の自分が本当に家族と一緒にいるべきなのかと、包み隠さず言ったとして拒絶されないわけが無い。


「あぁ…普通の人間にとって化け物としか思えない俺を拒絶しないわけが無い。だがこのまま話をしないまま、前に進んでもいずれ何かが解れて関係性にヒビは入る。頃合なのかもしれんな…今日この後話をしよう、無論二人にも頃合を見て来てもらいたい。実証をしなければ信じて貰えない可能性も高いしな」


二人は何故か、涙を流しそうな表情をしながら俺を見つめていた。そんな顔をされたら何も言えなくなるじゃねぇか。同時に再び風景が動き出した。


「じゃ、俺はコンビニ行くから。お前らは戻って来るまでにその顔何とかしとけよ」


今にも泣きそうな二人をその場に残し、コンビニへと向かう。手早くアイスを選び、購入した後家に戻る。リビングへ向かうと既に二人とも食事が終わって片付けた後だった。


「ただいま、母さん、乙葉。はいコレアイス」


机にどサリと、レジ袋を置くと二人ともレジ袋に群がる。俺は覚悟を決め、話を始める。


「母さん…乙葉、話がある」


二人はアイスを食べながら、俺は立ちながら、俺の空白の一年について話を始める。にわかには信じ難い、異世界転移という物が実際にあること。俺と同じ境遇の転移者が六人いて、その中の一人を俺が殺したという事。国同士の戦争に巻き込まれたり、特定の勢力に狙われ逆にひねり潰した事。正義とは言えないような行為をしてきた事も全て話した。


「沢山の屍を昇ってきた。見方によっては善良な行為だと思うかもしれないが、殆どは俺の意思で個人的感情で動いた結果だ。後悔なんて、数え切れないほどしてきたし、救えなかった命なんていくらでもある。最終的に帰っては来れたが、変わりに失ったものも多い。この話を聞いて母さん達が化け物だと思ったのなら、俺は…」


それを言い切る前に母さんが机を叩いて立ち上がる。大きな音と共に俺の前まで来ると抱きついてきた。


「母さん…?」


「…ユウ君、何でそんなに自分の事を二の次に考えるの!誰かの為に戦って誰かの為に傷ついて、そうやって…ずっと自分を傷つけて痛くないはずないのに、何でそんなに平気な顔して話をしているの!お母さんはね、ユウ君のそういうところも好きだけど逆に欠点だと思うのよ。目の前で起きている全てに否応無しに、首突っ込んで結果、自分が傷ついても誰かが救われていればそれでいいなんてそんな考え方…間違ってる…そんなの辛すぎるわ…」


抱きつきながら、号泣している母に対して頭を撫でることしか出来なかった。かけてあげる言葉は特に思いつかず乙葉を見ると、何故か乙葉は覚悟を決めた顔をしていた。タイミングを完全に逃したが、二人にも入ってくる様に合図を送る。転移を使ってあっという間に俺の隣に来た二人を母さんに抱きつかれながら紹介する。


「ごめん、二人を紹介してからの方が良かったかもしれないね。紹介するよ、銀髪の方はメルド。金髪の方はブラドだ」


「初めましてお母様方、ユウト君の婚約者兼邪神のメルドです。以後お見知りおきを」


「妾は、ユウトの婚約者兼魔王のクラシェリア・ブラドじゃ、よろしくお願いするのじゃ!」


二人を紹介すると先程まで覚悟を決めていた顔をしていた乙葉が不機嫌化していた。母に至っても同じだった。


「ユウ君?婚約者なんていたの?」


母さんは、途端に泣き止むと氷の様な凍てついた声で聞いてくる。


「違うよ母さん。勝手に言ってるだけで俺が認めた訳じゃない、けど出来れば二人ともこの家に住まわせてあげて欲しいんだ。部屋は結構余ってるし、どうかな?」


「う〜ん、ユウ君次第かな〜?」


読心術で母さんの心は読めてる。母さんは期待しているのだ、この状況だからこそ母さんが欲しがっていること。それは…


「分かったよ」


しゃがんで、母さんのおでこにキスをすると母さんは目に見えるほどに赤面している。


「いいでしゅ、許可しましゅ///」


こうして、ブラドとメルドは家に住まうことが許されたのであった。

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