ドラゴン使いの少女は、今日も相棒にデレデレです。
22世紀の精神異常者
プロローグ
プロローグ
雲一つない青い空。吹き抜ける風は穏やかで、まるで体を包み込むような心地よさがある。陽光は程よく暖かく、昼寝には丁度いい気候だった。
こんな日は、一日中寝転がっていたいものだ。そうして、友達とくだらない話をして、のんびり過ごすのだ。
……今日が、僕たちドラゴンにとっての人生の分かれ目でなければ。
「それでは、これより皆様にはこの山に入って、ドラゴンと契約をしていただきます」
そんな声が遠くから響いてくる。と同時に、大きな歓声が追随する。僕はそれを聞いて、ためいきを吐いた。
――そう、今日は人間が僕たちドラゴンを使役しに、この山に乗り込んでくる日。僕たちにとっては恐怖のイベントだ。
僕たちドラゴンの縄張りとなっているこのレッドオーグ山は、基本的に僕たち以外の種族は寄り付かない。標高が高いため背の低い草しか生えず、食糧や住処を見つけるのが難しいという事もあるし、僕たちドラゴンを恐れているという事もある。
そんなわけで、普段はとても過ごしやすい、心地よい空間なのだ。
だが、毎年この日は違う。人間たちがこの快適空間に踏み込んでくるからだ。
こうなった理由は、僕が生まれる前まで遡るから詳しくは分らない。親の話を聞くところ、当時人間に喧嘩を売っていた先祖が返り討ちにあったとかいう情けない理由らしいので、あまり詳しく知りたいとも思わないが。
そんなことが千と余年前にあって、その当時僕たちの先祖を破った一人の人間の雄が、グレイオル王国という国を興し、その際に僕たちドラゴンの当時の長が、彼と会談をして、結果毎年この日になるとドラゴンを使役しに来るという話になったらしい。
ちなみに当時の長が偶にその時の事を語るのだが、心底恐ろしそうに震えながら『あれは会談ではなく脅迫だった』と言うので、相当なものだったのだろう。
まあ、そんなこんなで僕たちは、毎年この日になると人間の子供に使役されることになる。
僕たちドラゴンの寿命は短くても数千年以上、大して人間の寿命は長くても百年程度なので、考えようによっては大した事でもないのかもしれない。
ただ考えてみてほしい。毎日毎日山の上の草原でのんびり暮らしていたのに、いきなり見知らぬ環境に連れ出されて散々こき使われるのだ。
ほとんどの場合は使役されて八十年や九十年もすれば戻ってくるのだが、稀に戻ってこない者もいる。つまりは人間に使い倒されて過労死するリスクがあるという事だ。嗚呼恐ろしや。
ちなみに、使役されていた時の事を話す者はだれもいない。
それに、こき使われることがなくとも毎日草原で日向ぼっこなど当然できない。皆そんなのは御免被ると思っているだろう、少なくとも僕は嫌だ。
人間に喧嘩を売っていたころは割と気性が荒かったらしい僕たちの先祖だが、今となっては借りてきたケットシーの様におとなしい者たちばかりだ。そんな僕たちをこの快適空間から引き離そうなど、無慈悲にもほどがある。
現に今も、殆どが草原に寝そべりながらこれから迎えるであろう日々に怯えている。
「――あ、いた!」
と、人間の声がした。其方を振り向けば、沢山の人間の子供が一斉にこちらに駆けよってくる。
嗚呼、僕はもうおしまいだな。
僕はひときわ大きなため息をついて、大人しく契約という名の束縛を食らう覚悟を決めた。
*
結論から言おう。
何故か全員僕の事をスルーした。本当にきれいに皆脇を走り抜けていった。
それはまあ、僕がまだ八百歳の若造で、体も皆に比べて少し小さい。まあ、一言でいえば威厳が全くないのだ。他の者を選びたくもなるだろう。だが、こんなにきれいにスルーしてくれなくてもいいじゃないか。
人間に使役されるのも嫌だが、言外に『お前には魅力がない』と主張されるのも中々に傷ついた。幼子とはこうも残酷になれるものなのか。
……それに、僕の友達も皆使役されて連れていかれた。その目に、僕への妬みを含みながら。
僕が使役されないのは僕のせいじゃないのに。僕が何をしたというのだ。ひどい。
「――あ、いた!」
――ふと、人間の声がまた耳に入る。おかしいな、人間は皆もう帰ったはずだ。
そちらを見れば、人間の子供――恐らく雌だろう――と、その周囲に金属で体を覆った人間たちが複数人。
人間たちの目は、寸分たがわず僕の姿を捕らえている。……嗚呼、使役されなかったと思ったのは早計だったか。
「全く……君が最後なんだからさっさとしなさい」
「仕方ないでしょ、私が一緒に居たい子がいなかったんだから!」
「……何が仕方ないんだかねぇ……」
そんな事を離しながら此方に向かってくる。
……この心地よい草原とも、暫くお別れか。寂しいものだな。
地獄からの使者の様に、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる人間たちを、僕は待った。
そして、少女が僕の目の前に立つ。
「……」
「……」
目が合った。中々に澄んだ、美しい青の瞳だった。
その雌の表情は何とも言えない、不思議なものだ。一体何を考えているのだろう。
――暫くの間、静寂が支配した。
「……」
「……ぉ」
ややあって、少女が口を開く。
「おおおぉぉ……この子……エロいッ! 濡れるッ!」
「「「……は?」」」
僕と、この小さな人間の雌に付き添っていた人間の声が、綺麗に重なった。
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