第6話

 つつがなくガイドを終え、優子や他の信徒が見学者にパンフレットやお菓子を配っていた。私はそれを遠巻きに見ていた。

 いまにも降りだしそうな雨雲が空を覆い、冷たい風が私の足を撫でる。

 名前を褒めてくれた老夫婦と目が合った。人の輪から外れた所にいる私を不思議に思ったのか、二人で何か話をしている。そして、互いに頷き合い私の方へと来た。

 お爺さんは目尻に皺を寄せ「今日はありがとう」と握手を求めて来る。私はおずおずと手を伸ばし、差し出された手を握った。その手は、日にちが経ち乾燥した蜜柑のように皮が厚く乾燥していた。この人は入信しないだろうな、と思った。使い古された手のひらが、苦難と戦い抜いた人生を語っていたからだ。

 宗教に孤独や苦痛からの救いを求める人は多い。私はそういう人達を沢山見て来た。だからこそ、このお爺さんのような人を見抜くことが出来る。絶望に苛まれても、自分の人生と思想の手綱を決して離さない人を。

 見学者を乗せたバスが山を下って行く。優子と私はバスが見えなくなるまで手を振りながら見送った。

 頬に雨が当たった。

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