第4話

 ガイドの途中、参加者の老夫婦が「お嬢さん、お名前は?」と私に話しかけて来た。お爺さんが着ている仕立てのいい緑色のスーツが印象的で、ずっとこの夫婦が気になっていた。まさか向こうから話しかけて来るとは思わなかったため驚いた。

 私は隣にいる優子の顔を見上げる。しかし、彼女は私を無視して何もない窓を見つめていた。彼女はいつも口下手な私を助けてくれる。今回も、返事をかわりにしてくれるかと期待したが叶わなかった。

 私は観念し口を開いた。

「佐藤成未です」

 老夫婦は二人揃って頷きながら「良い名前だ」と言った。私へ向けているというよりも、自分自身に言い聞かせているかのような話し方だった。身なりのよさと落ち着いた振舞いに安心感を覚えた。この老夫婦が好きになった。

 滞りなくガイドは進み、貴重品を飾っている展示室に入った。部屋を灯す明かりは頼りなく、薄暗い妖しい雰囲気を演出している。祖父が自ら製本した表紙の端が日に焼けている原典、祈りを捧げる時に使用した小太刀。硝子の箱に仕舞った品々は、覗き込む人々が作る影の波に揺られ明滅している。

 私は優子と水牛の角で出来た円柱状の小箱を眺めていた。親指程度の大きさで、飴でコーティングされたような艶があった。中には祖父の遺灰が入っている。私は箱の中にある灰色の砂を想像した。触れてみると指の間をサラサラと流れた。無意識の内に顔が硝子の箱に近づいて、白く曇った。

 この硝子の箱は、まだ沢山空きがある。やがて、この中にたくさんの水牛の角が並ぶのだろう。

 きっと、その中に私も入る。

 私は初めて自分の運命を考えた。

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