第15話

「脱がすぞ」


「ん。うん……」


 シャツがベッド脇に放られ、ジーンズと下着が床に落とされた。それから彰久が上体を起こし、着ていたシャツを豪快に脱ぎ捨てる。思えば彰久の裸を見るのはこれが初めてだ。その体は予想以上に引き締まっていて、男らしく、美しかった。


「やっぱ裸になると開放的で気持ちいいな」


「んっ、……う、俺も気持ちいい……」


 直接触れ合う俺と彰久の肌が少しずつ、だけど確実に熱くなって行く。喋る度に吐息が漏れ、視界が潤んで彰久の顔が見えなくなる。


 俺は彰久の頭を引き寄せてしっかりと胸に抱きしめ、手のひらで擦られるその部分が欲望のままに高まって行くのを感じていた。


「彰久っ……ぁ、そんな、されたら……すぐイきそ……なるっ」


「じゃ、どうすんだよ」


 俺は身体を捩って彰久の上に乗り、その広い胸元に唇を寄せた。温かな肌のすぐ下で彰久の鼓動が脈打っている。愛おしくて堪らない鼓動そのものにキスをするかのように、俺は何度も彰久の胸に口付けた。


「伊吹……?」


「い、いつも彰久にしてもらうばっかりだったから、……俺も、その……」


「マジか。そういうの凄げえ嬉しい」


 荒い息を吐き出して、彰久がベッドに大の字になる。その上に乗って少しずつ下へ体をずらしながら、俺は彰久の屹立したそれをそっと握りしめた。手のひらに直接、熱が伝わってくる。何度も俺の身体に刻まれ、焼き付き、刷り込まれた熱だ。


「……ん」


 口に含んだそれに舌を絡め、ゆっくりと表面を愛撫する。口の中で溢れた唾液が更に滑りを良くし、俺は一気に彰久のそれを奥まで咥え込んで行った。


「馬鹿、無理すんな」


「んっ、ん……う、……はぁっ」


 喉の奥を彰久の先端が突いている。思わず咳き込みそうになったのを堪えたせいで、涙が溢れてきた。


「んぅっ、う、ん……」


 だけど、彰久に悦んでもらいたい。あまり上手くできなくても、俺なりに精一杯の愛情表現をしたい。


 与えてもらうばかりじゃ嫌なんだ。俺も、彰久と対等な場所に立っていたい。


「ふ、う……」


「伊吹ありがと、もういいぞ」


「……き、気持ち良かった?」


 そこから顔を上げると、一瞬言葉を詰まらせて焦っている彰久と目が合った。


「……良くなかったんだ」


「違う、違う。良かったって。涙目になって息荒くさせてる伊吹の顔、かなりグっときたし」


「顔かよ」


「いいじゃねえか、どっちにしろ褒めてんだから」


 口を尖らせてそっぽを向いた俺に、彰久が苦笑して頭をかいた。


「これから俺がみっちり躾けてやるから。機嫌直せよ、伊吹」


「躾けるったって、そんなのどうやって……うわっ!」


 腕を引かれ、体ごとベッドの上に転がされる。更に両膝の裏を持ち上げられ、そのまま左右に思い切り開かされた。


「うわっ、わ……やめろ馬鹿、恥ずかしいだろっ」


「もう恥ずかしくねえって言ってたじゃねえか」


 くっくと笑って、彰久が片手で俺のそれを握る。「う……」根元に舌を這わされ、そのまま先端まで一直線に舐め上げられる。


「ふ、ああっ……」


 尖らせた舌先で先端を擦られ、くすぐったくて甘ったるい気分になってきた。


「どうよ伊吹、気持ちいい?」


「んっ……いい……。彰久……そこ、好き……」


 彰久が手のひらを蠢かせて、俺のそれを揉みしだく。いやらしい動きであるはずなのに全く嫌悪感がないのは、俺もそれと同じくらいのいやらしい気分になっているからだ。


「は、あっ……。もっと、彰久……やばい、これ、えっ……」


「伊吹、腰が浮いてるぞ。顔もドロドロで堪んねえ、エロい」


「あ、あ……」


 痺れて敏感になったそれを扱きながら、彰久が俺の入口に指をあてがった。頭の中がぼんやりして上手く物事を考えられないのに、その指先の感触だけで、瞬間的に身体中が期待に打ち震える。


「始めから二本でも平気か? それとも、少しずつ慣らしていった方がいいか」


「もう、い……彰久なら、何でもいいっ……」


 ──俺は、全面的に彰久を信じているから。


「………」


 俺の言いたいこと、彰久にちゃんと伝わっただろうか。


「伊吹、力抜いて深呼吸」


 言われた通り、寝たままの状態で大きく息を吸い、吐き出す。もう一度息を吸い込もうとした時、彰久の指が俺の中へゆっくりと侵入してきた。


「ん……」


 骨張った中指が奥まで入ってくる。唇を噛んでかぶりを振る俺の顔を覗き込みながら、彰久が満足げに目を細めた。


「あ、彰久……こっち、きて」


 伸ばした手で彰久の肩に触れ、引き寄せる。鼻先が触れ合うほどの至近距離で見つめ合いながら、俺は彰久の指を受け入れているその部分に緩やかな刺激が走るのを感じた。


「んっ、あ……ああっ」


「伊吹」


「あ、彰久っぁ……!」


 いつの間にかもう一本の指までが入ってきている。徐々に激しさを増してきたその動きに俺は身体をくねらせ、ビクつかせながらも彰久の瞳を見つめ続けた。


「泣きそうな顔マジで可愛い。ここまでだらしねえ顔晒したの、俺が初めてだろ」


「ふ、あ……あぁっ……。お、おれ……俺はぁっ、……可愛くなんか……」


 彰久が口元を弛め、俺の中から指を抜く。


「っあ……」


「俺が可愛いって言ってんの」


「……っ、……」


 身体中がぞくぞくする。だらしない顔が、もっともっとだらしなくなる。


 男なのに「可愛い」が嬉しいなんて変だ。……多分今の俺は、「愛玩犬」の気持ちになっているんだろう。


 彰久の傍にいたい。撫でられて、可愛がられたい。彰久に愛してもらいたい。


 俺の全てをあげるから。彰久なら、無条件で信じることができるから。


「んんっ、……あ、う……」


 俺の脚を持ち上げて、彰久が間へと腰を入れる。力強いその動きに、俺は頭の芯が痺れるほどの快感を覚えた。


「あ、彰久……」


 押し込まれ、背中が反り返る。指とは比べ物にならないほどの強烈な刺激だ。乾いた喉から息が漏れ、見開いた両目から一筋の涙が零れた。


「大丈夫か、伊吹」


「……は、ぁ……。だ、大丈夫……。ちょっと、久し振りだったから……」


「そんな前だったか? 俺は忘れてねえぜ。伊吹の弱点は、……ここだろ」


「──あっ!」


 擦られた瞬間、まるで身体中が痙攣を起こしたかのように脈打った。


「うあっ、あ! やめっ、……急に、ぃっ……」


 奥まで入った彰久のそれが、再び俺の「弱点」を激しく擦りながら引き抜かれる。間近にある彰久の顔にも苦悶の表情が浮かんでいて、何故だか無性に切なくなった。


「彰久っ……、あ、きひさ……」


「……どうした」


「うっ、……く、……あぁっ」


 続く言葉が出て来ない。だけど彰久は俺の頬を撫で、穏やかな笑みを浮かべてくれた。たったそれだけのことで酷く安心できるのは、俺が彰久を心から信頼しているからだ。


「はぁ、あっ……」


 彰久が身を倒し、両肘をベッドについた。まるで何かから俺を守るように。自分の中に閉じ込めるように。


 俺は彰久の背中に手を回し、その身体をきつく抱きしめた。


 俺達は一つになっているんだ。身体も、心も──全部。


「……っ、伊吹……」


「彰久……、気持ち、いっ……」


 初めての時よりも、車の中でした時よりも、それが痛いほどに伝わってくる。


 きっと、彰久も俺と同じ気持ちだ。


「ああっ、あ……。彰久、俺っ……」


「俺も好きだぜ、伊吹」


「ふ、あ……。あぁっ……」


 打ち付けられる腰の動きが、更にスピードを増して行く。俺の心臓の音、密着した胸に感じる彰久の鼓動も、ぐんぐん早まって行く。汗と涙で視界がぼやけ、触れられてもいない俺のそれは今にも達しそうなほど昂ぶっていた。


「あっ、あぁっ、……ん、うっ、あ……!」


 奥深くを突かれる度、俺の中が彰久で満たされるようだ。こんなに幸せな気持ちになれるなんて、こんなに温かい涙が溢れてくるなんて、俺は本当に……


「伊吹、っ……」


 彰久に会えて良かった。


「あ、あっ──俺、……もうっ……彰久っ」


「っく……」


 彰久の荒い息が俺の耳朶を濡らしている。


 俺は半開きになった両目を彰久の肩の向こうにある窓へ向けた。いつかの夜に見た月が、今夜も俺を見つめている。月は黙って俺の行く末を見守るだけだ。吹雪と一緒に駈け出したあの夜も、和真に泣かされて帰ったあの夜も、初めて彰久に抱かれたあの夜も──。


「……泣いてんのか、伊吹……」


 何だか、凄く幸せな気分だ。


「あき、ひさ……」


 まるで小さな子供に戻ってしまったかのようだった。守られていることの安心感、見つめていてもらえることの幸福感。全てが溶け合って混ざり合って、彰久への揺るぎない愛情となって押し寄せてくる。


「あ、彰久っ……!」


「っ、……」


 汗を飛ばしながら身を起こした彰久が、俺の片脚を持ち上げて大きく開かせた。そのままもう片方の手で、今にも溢れ弾けそうになっている俺のそれを握りしめる。


「んっ、く……! あ、あぁっ……」


「吐き出せよ伊吹、俺ももうイきそうだからさ」


「う、うん……。彰久、い、一緒に……。あっ、あ……!」


 彰久の大きな手に包まれ、激しく上下に擦られる。開いた両脚の間に、彰久の腰が何度も打ち付けられる。身体が痺れて腰が痙攣し、心臓が破裂しそうなほどの速度で高鳴り、目の前に白と黒の閃光が散る。


 いつもの前兆──もう、自分では抑えることができない。


「あぁっ、あ、……彰久、ぁっ……!」


「伊吹っ……」


 彰久の一瞬の震えが、俺の中の奥深いところまで広がって行く。熱くて切なくて堪らない、極上の快楽が俺と彰久の繋がった身体を包み込んで行く。俺はその熱の中、彰久の手に導かれるままありったけの愛情を放出させた。


「……はぁ、あ……」


 抱き合ったままで息を整えているうちに、さっきまでの熱が次第に冷めて行くのを感じた。それでも俺達は離れない。興奮に満ちた快楽の熱波は、今では言いようのない爽快感に変わっている。


「久し振りだったから、凄げえ良かった。……ちょっと乱暴になってたかも。ごめんな伊吹」


 彰久がそう言って体を起こし、俺の頭をそれこそ乱暴に撫で回した。その困ったように笑う顔とか、頭頂部の性感帯を柔らかく刺激する撫で方とか。まるでわざと俺を赤面させて楽しんでいるみたいだ。


「べ、別にそんな乱暴じゃなかったし、俺も……良かったし」


 案の定、彰久がにんまりと笑って更に俺の頭を撫で回してきた。


「……な、何で笑うんだよ。馬鹿にすんなよ」


「してねえって。その顔、毎日ずっと見てたいなって思ってさ」


 彰久がそっぽを向いた俺の顎に触れ、正面に向けさせた。


「一緒に暮らすか」


「………」


「この部屋も、あの車も、いつかお前とギンを迎えるつもりで買ったんだ」


 唇が押し付けられるのを待たず、俺は彰久の首にしがみついた。もう自分の気持ちに嘘はつかない。つかなくても、いいんだ。


「あ、彰久」


「うん?」


「………。……大好き」


「照れる」


 ちっとも照れていない彰久が、俺の背中を宥めるように優しく撫でる。それだけで心の底から嬉しくなって、俺は何度も彰久の濡れた髪に頬を押し付けた。

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