第59話 ナギの日記③
☆月◯日
以前、休みの夜に花見をした時に、ちらりと視界に入った日記帳を見て、何となくまた日記を書こうと思い立つ。
前回も結局三日坊主だったので、今回もあまり自分に期待せず、緩くやっていこうと思う。
とは書くものの、今日は特に書くことがない。明日から頑張ろう。
☆月☆日
カウンター内でコップを磨いていたりすると、聞き耳を立てるつもりはなくとも、お客様の会話が聞こえてくることだってある。
今日聞こえてきたのは、少し姦しいおば様方三人組の会話だった。
簡単に言ってしまうと、それぞれの配偶者の悪口にも満たない愚痴のようなもの。一つ一つを切り取れば、大したものではなさそうに聞こえるのだが、確かにそれが何十年と積み重なると文句も言えてくるのだろう。
自分の悪癖を考えていると、店にやってきたのはラルフさんだった。最愛の人と結婚し、最近最愛の娘も生まれた幸せの絶頂にいる人だ。
やはり、仕事に子育てもとなると忙しいのだろうか。最近、店への足が遠のいていた気がしたので、お久しぶりですと声をかけた。
すると、なんだか表情が暗い。訳を聞いてみると、子育てのことで奥さんに怒られたのだという。
手伝いが足りなかっただとか、嫁に任せすぎて結婚生活にヒビが、とかそんなことを考えた僕の目を点にするように、ラルフさんはこう言った。
「あなたが子供の世話をしすぎて、私の出番がないから、久しぶりにちょっと家から出て息抜きしてきなさいって言われたんだ...」
四人がけテーブルのおば様方からの拍手が鳴り響くまであと三秒。
☆月◇日
ティアラの友人にして、クルトの想い人であるシオンちゃんがお店に来てくれた。ちょくちょく、足を運んでくれてはいたのだが、いつもティアラやアルマちゃん、最近ではクリスなんかと一緒だったから、一人というのはとても珍しかった。
今日はティアラは専攻のレッスンが長引くからと店には来ない日だし、アルマちゃんは用事があったらしい。
ロイヤルミルクティーを飲みながら、シオンちゃんは、学院で起こったことなどをポツポツと話してくれた。
ティアラやクリスが楽しそうに生活をしているようで安心していると、シオンちゃんは折り入って相談があると言う。
よくよく話を聞いてみると、最近ティアラの様子がおかしいのだそうだ。
僕はティアラの先生だし、さすがに心配で眉をひそめて詳細を聞いてみると、次はひそめた眉が見えなくなるほどに顔を覆う羽目になった。
曰く、ティアラがとある数日間イヤリングをつけて学校に来たのだそうだ。すごく身に覚えがある。
それをつけたティアラはとても嬉しそうで、きっと誰かからの贈り物だと推察したと。合ってる。
だけど、誰からの贈り物か聞くと、それははぐらかされてしまうらしい。それで、言えないような相手なのかと心配になっていると。ふむ。
クリスに相談しても、しらけた顔をして放っておけと言われたと。多分僕からだって気づいてるんだろう。
「ナギさんはどう思います?」
そんなことを言われても、僕は全部知ってるし、心配ないよとしか言えない。
「私の心配しすぎなのでしょうか...」
うん、そうだよとも言えずに曖昧な返事をすると、シオンちゃんはまた考え込む。
結局、用事を終えたアルマちゃんが回収に来るまで、シオンちゃんは悩んでいた。非常にいい友達をティアラは持ったと思うけれど、明らかに心配性なのでティアラは早めに真実を教えてあげて欲しいと思う。
☆月△日
日記を思い出す契機になった花見を、皆ですることになった。場所はハイドアウトの裏庭。世界樹が近くて、よく見えるらしい。
参加者は、僕、ティアラ、ドロシーさん、コーエンさん、フリーダさん、ヘーゼルさん、ララ、リリ、ルルの三姉妹である。
ヘーゼルさんがこういう集まりにいるのは、なんだか違和感があったけれど、なにかのインスピレーションにもなるからと、フリーダさんが引っ張ってきたらしい。
ハイドアウトの裏庭は確かに花見には絶好の場所で、青々とした芝生の庭にシートを敷いて座ると、一気に風情が出た。
僕はお弁当を作ってきたので、それをせっせと広げている。ティアラと、ルルの目が輝いている。
軽い乾杯を交わすと、花より団子組が弁当を平らげ始め、大人たちはお酒を嗜んで花を愛でている。僕は、なんだか芝生が心地よくてぼーっとしていた。
ララとリリが走り回る。あ、転けた。
ドロシーさんとコーエンさんが、店から追加のお酒を運んできた。
フリーダさんとヘーゼルさんが真剣に服飾の話をしていたかと思うと、酔っ払ってふにゃふにゃになったフリーダさんの介抱を、ヘーゼルさんが諦めた顔で慣れた手つきでこなしている。きっと、弟子入りしていた時代によくあったのだろう。
ルルが唐揚げを気に入ったらしく、すごい勢いで食べ尽くしている。ティアラも、見た目は上品に食べているけれど、箸は長時間止まっていない。
そんな景色を見て、また明日からも頑張ろうと思った日だった。
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