未来強奪 -ghost rule-

亜峰ヒロ

Valrhona

神の子供

「I am a child of God」

 少女は言った。薄汚れた褐色の肌と灰色の髪、紅瞳の少女はヤハタを真正面から見据えながら唇を震わせる。怜悧な顔立ちをしているが、年齢は十かそこら。小学校プライマリースクールを終えてはいないだろう。少女は擦り切れた衣服を着込み、靴は履いておらず、素足をもじもじと絡ませている。煤にまみれた浮浪児同然の姿は、少女のみすぼらしさを強調していた。

 ヤハタは不躾なほどに幼体に視線を巡らせ、困り果てて頭を掻いた。

「お嬢ちゃん、名前は?」

 迷子の届出はされていただろうかとリストを捲る。

「Valrhona」

「ヴァローナ、と」

 名前はない。自分から迷子センターに赴いたのだとすれば聡い子だが。

「ママとはぐれたのか? どの売り場にいたのか憶えてるか?」

 くるりとヴァローナの瞳が泳ぐ。少女は服の裾を握り締めると首を振った。

「探し物をしてるの」

「迷子じゃなくて遺失物か。何を失くした? お気に入りのクマテディベアでも落としたか?」

「神様の翼」

「……大人をからかうもんじゃない」

「ほんとう。神様の子供は嘘を吐かない」

 悪びれもせずに少女は嘘を繰り返す。困り果てるというよりは呆れ果て、ヤハタは椅子の背もたれに体を預ける。唇を尖らせながら、奥の部屋にいる同僚へと呼びかける。

「ジェームス、ちょっと来てくれ!」

「はあい」

 間延びした返事があり、肥満気味メタボリックな腹を窮屈そうに制服に詰め込んだジェームスが姿を現す。右手に握られた砂糖菓子キャンディーを手放すつもりはないらしい。

「ジェームス、そこのお嬢ちゃんに大人への礼儀ってものを教えてやってくれ」

 ジェームスはヤハタを一瞥し、指差された方へと目を向け、緩慢な動作で砂糖菓子を咥えた。そして続ける。そこには誰もいないよ、と。

〈神の子供〉、〈神様の翼の探し人〉ヴァローナは、ヤハタの他には見えていなかった。

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