今日という日
あの墓参りから一週間ほど経っただろうか。その後、私達は特に何事も無く生活をしていた。
「うわああ、宿題が……終わらないよう……」
「だから早くしなさいって言ったのに。お父さんとお母さんは仕事だから手伝えないし、監視できないけど遊びに出たらダメよ? それから知らない人が来ても玄関を開けないこと」
「もう10歳になったんだ、大丈夫だろ? じゃ、先に行くよ」
「あ、うん。いってらっしゃい! って、私も行かないと……それじゃ涼太、大人しく留守番してるのよ!」
「はーい、行ってらっしゃいー」
と、今日もいつもの朝の光景だったのだがその日は少し様子が違った――
◆ ◇ ◆
「漢字の書き取り面倒くせぇ……」
ぐぅ~
何度も何度も同じ漢字を書いていくことに飽きていた私は、鉛筆を放り出し畳に寝転がると、お腹が空いていることに気付いた。お昼は母が用意してくれており、火を使わないでいいようなものが台所にあるのを私は知っていた。
麦茶を冷蔵庫から出し、乾いた喉を潤していると不意にチャイムが鳴る。
ピンポーン
「(友達は旅行だって言ってたから夏休みが終わるまで来ないんだよな……誰だろ? まあ何かセールスだろうけど)」
足音と物音を立てないようにゆっくりと玄関へ赴き、のぞき穴を見る私。
「(あれ……?)」
だが、そこには誰も居なかった。チャイムが鳴ってからほとんど間は無かったはずなのに、もう諦めたのかと台所に戻ろうと離れた瞬間――
ピンポーン
「(またー? 諦めたんじゃなかったのか、よっと!)」
今度は振り返ってすぐだったので、顔を拝んでやろうと覗き穴を再度見るが――
「(いない! あれか、ピンポンダッシュってやつか!)」
丁度、その時代はそういった聊か度の過ぎたいたずらが流行っていたので、私は間違いないと思い、玄関を開けて怒鳴りつけた。
「誰だ! ピンポンピンポン鳴らすんじゃない! うるさいだろ!」
分かってはいたが、その言葉に対し何の反応もなかった。その事実にいらだちを覚えて、玄関を乱暴に閉めた後すぐ鍵をかけ、次に鳴っても無視することを心に決めて私はお昼を食べるため台所へと戻る。
「卵焼きに魚肉ソーセージを焼いたやつにおにぎり……あーあ、またハンバーグが食べたいなぁ」
豪勢ではないお昼に不満を漏らしつつリビングに運ぶ私。ふと、気配を感じてベランダのある方を見ると――
サッ
「!?」
人影が見えた、ような気がした。
当時、私の家はアパートの一階で、ベランダ越しに、人が通る気配があってもおかしくはない。
……のだが、今しがた、窓の外に男の頭が見えたような気がした。ただ、ベランダに続く窓の下はすりガラスなので全身は見えなかった。
先程ベランダ越しとは言ったが、実際は道路とベランダの間に高い植木があり、目隠しとなっていて、ベランダと植木の間には人が入れるスペースは無い。となると、見えた人影はベランダに侵入してきた、ということが考えられ、私の体から冷や汗が噴きだす。
「(鍵かけてたっけ!?)」
今思えば無謀だが、バタバタとベランダ付近まで走り、ロックがかかっていることを確認しホッとする。クーラーが無ければ開けていたであろうから強盗や空き巣ならすぐに押し入られていたかもしれないとドキドキしながら昼食を終えた。
――そして
「涼太、起きなさい涼太!」
「んあ……あれ、お母さん……お帰りー」
「お帰り―じゃないわよ。あんたどこかに遊びに行ったでしょう? 洗濯ものを入れようと思ってベランダに出たら泥だらけだったわよ!」
ベランダ、と聞いて私は昼間のことを思い出し冷や汗が出る。まさか本当に誰か侵入していた……? 夕食の時、私は両親に昼間のことを話していた。
「――そんなことがあったのか。チャイムを鳴らして留守だと判断する空き巣もいるから、涼太が出なかったから入ろうとしたのかもね」
「やっぱりそうなのかなあ……鍵をかけてて良かったよ……」
「はあ……怖いわね。ま、明日はお母さんも休みだし大丈夫よ。賑やかにしていたら空き巣もこれないでしょ」
「あ、そうなんだ! ならお昼はハンバーグがいいな」
「……宿題、ちゃんと終わらせるのよ?」
「うわ、言わなきゃよかった……」
ははは、と、母と私のやり取りを見ていた父が笑い、お昼の恐怖はかなり薄れていた。そんな中、私は珍しい光景を目にする。
「あれ? お母さん二杯目? 珍しいね」
「あ、そうね。何かお腹すいちゃってね。保険の営業は体力使うし、今日はトホホなお客さんだったからかも」
肩を竦めて笑う母を見て私と父が笑い、夕食が終わる。
そして翌日――
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