第3話 悪夢は現実に

 枝分かれしたかのような三つ葉の島――離れ島。

 南東、南西、北とみっつの区画に分けられ、住民は暮らしている。


 南東は山に覆われた未開の地。

 魔獣・珍獣と、天敵たちが暮らしている場所で、地元の住民でもめったに近寄ることはない危険な場所である。


 かつて、ミッドという少年が犠牲になった場所である。


 南西には岩場に囲まれた岩石地帯と深い渓谷が続く未知の場所。

 昔、島民たちはここで暮らしていたと思われる廃墟群がそびえたっていて、かつての生活の名残が残されている。


 危険な魔物たちがおり、外からやってくる人以外は立ち寄ることは少ない。


 北には港があり、町が栄えている。

 人口は五千ほど。子供は少なく、町の中でも子供同士が遊んでいる風景は少ない。


 この町に唯一学校があり、ティノもこの学校に通っていた。


「おはようございます!」

「いつも元気ね」

「だって、先生の顔が見れるからです」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」


 ティノの頭をなでなでする美人。

 この島で唯一学校の先生をしている人物だ。


 先生は今年で22歳。14歳に町の外で学校を通い、教員になってから戻ってきた。海のように青い髪が特徴で、貝殻の髪留めをしている。体はスラリとした細身でありながらも重いものでも運ぶほど体系に見合わない力持ちである。


 この学校には先生ただ一人しかいない。

 物を教えるのは親で十分という考え方がまだ古臭く残っているからであり、先生を心ゆく思う人はあまりいなかった。


「先生はひとりでいつも大変そう」


 ティノの親友で、唯一同い年の少年だ。

 先生と同じく外からやってきた。一か月前に来たばかりでまだ、この島のことをよくわかっていない。


「そうね。でも、みんなと会えると思うと先生、がんばっちゃうなあ」


 ガッツポーズを決め、やる気が出ると力強く言った。

 そんな先生に惚れてか、島民でも少なからず若い人は先生に恋している人もいたほどだ。それを断然面白くもないと睨みつける者も遥かに上回っているのも事実。


 チャイムが教室内に響き渡った。

 授業の開始の合図だ。


「では、みんな座って。今日はこの島の歴史から――」


 隣の教室で何やら不振の音が聞こえた。

 窓ガラスが割れるような音だ。

 幸いにも隣には誰もいない。空き教室だ。

 先生は生徒たちを落ち着かせながら、隣で何があったのかと様子を伺っていた。


 隣の教室は誰もいない。

 …はずだった。

 残念なことに一人の少女が先生が来るのを待ちわびていた。


 少女はこの教室で授業をするのだと思い、一人待っていたのだ。チャイムが鳴っても先生がこないことに不信を思いながらも遅れていると思い、待っていたのだ。


 窓側にいた少女の机の上に何かが投げられていた。

 ガチャンとガラスが粉々に割れている。幸いにも少女は無事だった。


「な、なに…?」


 少女は恐る恐る自分の机を見た。真っ赤な血塗りで濡れたものが置かれている。そっと手に触れるとヌメヌメとしたものが糸を引いた。


 少女の顔が徐々に血の気が引いていく。

 その物体が分かることには、少女は大きな悲鳴をあげていた。


「きゃああああ!!」


 何事かと隣の教室にいた少女の下へ駆け出した。

 隣に生徒がまだ残っていたことに驚いていた。


「まさか…?!」


 嫌な予感がすると、生徒たちに待てと伝え、先生一人が隣の教室に駆け込んだ。教室の中で泣きながら顔を塞いでいる少女がいた。

 机の上には何やら赤い玉が置かれていた。鉄のような酸っぱい臭いが鼻に刺激した。


「う…なにこれ」


 袖で自身の鼻に当て、臭い吸収を抑えた。

 少女は泣いてばかりにいる。臭いはずの臭いを少女はシクシクと鳴くだけで塞ごうともしていなかった。


 おかしい…先生は不審に思いつつも、少女に近寄り、優しく話しかけた。


「大丈夫? なにがあった―――」


 ピシャっと赤いしぶきが教室を塗った。

 先生が床に倒れると同時に、なにかが立ち上がる音がした。


 緑色の植物に覆われた怪物が二足歩行で仁王立ちしていた。


「ああ… ああ……」


 思い出すかのようにあの日の記憶が蘇った。

 4年前、ミッドとティノがいた場所に突然現れた怪物キメラ。圧倒間に道を封鎖し、逃げ場を失くした。


 ミッドがティノを逃がすために自ら囮となって逃がしてくれたが、戻ってきたときにはミッドの姿はなく、バラバラにされた遺体が転がっていた。


 あの日の記憶は今でも心の底に深い傷となって残っていた。

 偉大なる魔法使いガンドルフの治療もあってか、長らく封印されていたが、あの時の恐怖とあの時の嫌な記憶が怪物を見た瞬間、事切れるかのように思い出したのだった。


 尻餅をついた。足がガクガクと震えている。身体中の穴から嫌な汗が染み出ていく。この扉という一枚の壁の奥で、憎き怪物がいるのだと思うと、ティノは震えて動けなくなってしまった。


「なにがあったティノ!」


 騒ぎを聞きつけ、親友が教室から出て来た。

 血相を変え、ティノが尻餅をし、失禁しているのを見た瞬間、異常なことが起きていることすぐに理解した。


「いま、誰かを読んで――」


 その瞬間、出て来たはずの教室の中から多数の悲鳴が聞こえてきた。


「うわあああ!」

「キャーー!」

「だれか、助けてー」


 と次から次へと何かが暴れている音が教室の中で聞こえてきた。バキ、ゴキ、グシャと鈍い音をたてる度に教室から声が一人ずつ消えていく。


「ま…さか」

「嘘だろ。こんなことって…あるのか…」


 二人はしばらく沈黙した。

 音が静まった廊下の中で、賑やかな声がしていた教室の中からは誰からの声も聞こえなくなっていた。唯一窓の外からは鳥たちのささやきが聞こえてくるだけ。


 もう、この学校にはあの怪物とティノと親友しかいなくなってしまったのだろうか? 足がまだガクガクいっている。力が出ない。


『このまま静かに出るぞ』


 小さい声で親友はティノに言った。

 足音立てずに、外へ出ようと窓をゆっくりと開けた。


 崖近く立っていた校舎は廊下から外に出るには梯子を使わないと降りられない高さにあった。魔物たちが襲撃しないように想定して作られたため、逃げるまでは考えられていなかった。


「だ、ダメだ。この高さでは降りられない」


 足がすくみ、うまく動かせないティノと親友の力だけではこの下へ降りることは難しいと悟った。なぜなら、侵入者避けように作られた罠が設置されていたからだ。


 一週間前に、学校の近くで魔物が出たという噂を耳にした先生が考案し、学校の裏だけでもと罠を設置したのだ。

 まさか、これが逃げ場を失わせるなど考えもしなかった。


「クソ、どうすればいいんだ…」


 親友の苦虫をつぶしたような顔を浮かべている。逃げ場がない。

 後ろには怪物、前には罠。


「逃げ場なんてどこにも…ない」

「逃げ場なんて作ればいい」

「え…」


 ティノは親友の肩を借り、事前に持っていた小石を遠くへ投げた。

 空を切ってその石は学校から少し離れた道端に落下した。


「な、なにをするの?」

「つかまれ。人を運ぶのは初めてだから」


 親友の肩を強く握り、石が落ちた場所に検討しながら深呼吸をする。石が落ちたおよその位置を把握し、体を飛ばすイメージを浮かべた。


 パッと消えた。

 親友の瞬きの瞬間、景色が一変した。


 景色が見渡す限りの罠だらけの道が、開けた森の中にいた。

 ティノが離れたのを見届けてから、驚いた表情でティノに尋ねた。


「な、なにをしたんだ!?」


 ひどく困惑している親友をなだめながら、ティノは冷静に答えた。


「魔法を使った」

「魔法!? オトギ話じゃあ」

「転移術だ。石を投げた場所に一瞬でワープした。石が投げられた正確な場所を知っていないと発動できないから、成功してよかったよ。それに」


 チラッと親友を見つめ、「人を運ぶのは初めてだった。何度も失敗していたから、心配だったんだ」と安堵していた。


 失敗していた…? つまり、ティノだけが飛び、親友だけ置いてけぼりにされていた可能性もあったということ? それってつまり――


 親友はカッとなって、ティノの頬を叩いた。


「バカ!」


 勢いで転がる。


「魔法を使うんなら、せめて一声かけろよ! ビックリするじゃないか」


 助けておいて、叩き飛ばすなんて、おかしいじゃないかと声を出そうとしたが、親友が元気になってよかったと安堵しつつ少し笑って見せた。


「まあ、成功したならいい。それよりもあの怪物どうするつもりだ?」


 校舎に指を向けながらあの怪物とどう対処すると訊いてきていた。


「倒すさ」

「倒す? あの怪物を!?」

「ああ、ぼくはアイツを倒すためにこの術を身に着けた」

「……だったら、なぜなんだ」


 親友の表情が変わった。

 怒りと憎さにただらぬ顔つきへと変わっていく。


「そんなにすごい術があったんだったら先生や友達が死ぬことはなかった! どうして、みんながやられてから使った! ”倒す”? ふざけるなっ!! 逃げているだけじゃないか!!」


 親友がここまで怒るなんて珍しかった。

 その剣幕にティノはビクっと震えた。


「すみません」


 横目で謝った。


「俺に謝っても仕方がないだろ! それよりもどうするんだ!?」

「どうするって…」

「倒すにも手段があるだろ。怪物は今も俺達のことを探しているのかもしれない。それに、なぜ怪物は俺達を狙ったのか不思議だ。学校へ押しかける前に町に行ったほうが断然に食料にありつけるはずだ…なにか理由があった。そうだろ?」


 名推理だ。意外なところで冷静になり、真実にこじつける。

 親友というよりも相棒だ。

 外から来た人は嫌われる傾向にあるこの島で、唯一親友と呼んでいるのはティノだけだ。なぜなら、親友はちょっとしたことでも明確に区別する術を持っていた。


 こんな状況の中で、逃げ出したり助けを呼んだりするという思考よりも、どうやって倒すのかを導いてきてくれている。


 かつてのミッドと似ていた。

 似ていたのかもしれない。頼れる人を心の底から欲しがっていたのかもしれない。


「ああ…知っている」

「教えてくれ」


 ティノは答えた。


「怪物はぼくを探している。4年前、仕留め損ねたぼくを狙って、現れたんだ――」

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