新しさへの傾倒:その行く果て

The Pioneer

新しさへの傾倒:その行く果て

 いつの時代からだろう。常にアップ・トゥー・デートでないと、僕達は取り残されるようになってしまった。しかもその更新のスピードが尋常ではない。

 100年前には、十年一昔という言葉があったそうだが、今では一日もすれば一昔である。

 流行はめまぐるしく、秒単位で入れ替わる。流れを見逃したものは情報弱者の烙印を押され、後で追いついてもそのイメージを拭い去ることなどできない。

 ファッション、音楽、ゲーム、VR、AR、マルチ・センス・エンターテインメント、…タイムリーであることがすなわちスマートだとされる。


 狂気なのだろうか、それとも強迫観念なのだろうか。僕達はその疑問を持つことすら許されない。疑問を持つ暇があったら、アップ・トゥー・デートであることに能力を割くべきである。

 科学も芸術も文学も、経済も政治も、一瞬先にはがらりと変わる。イデオロギーも哲学も死に、あるのは膨大な情報の処理に追いつこうとする人の群れだけである。


 僕?


 そうさ、僕は今こうして語ることで、その新しさへの傾倒から解放される道を自ら選んだんだ。疲れてしまったからね。

 生と死だけが絶対的自由だと不死の存在が述べたように、僕に残された唯一の絶対的な自由は、この情報ネットワークから、そして人工超知能によって設計された最適主義社会から逃れることだ。

 これはいつでもできる。原理的にはね。但し、一度やってしまうと、もう二度と元には戻れない。一つの死ということもできるだろう。


 だが、人の寿命もいたずらに延ばされたこの時代においては、これだけが僕にできる唯一の反抗なんだ。そして、時代の寵児になれる一握りの優等生を除くと、30歳までには大半の人がこうしてオフラインに自らを投げ出し、そのままどこかへ消えていく。


 消えていく?


 そう、なかったことにされるのだ。原理は分からない。だが、新しさを求め続ける群れからは、間もなく忘れられてしまう。


 それでも問題はないのだ。人間はもう働く必要がない、ポストシンギュラリティ―社会に生きているからね。


 ネットワーク上にいる人以外は存在しない。彼らは何のために存在するかも知らずに、走り続ける。


 その果てに何が待ち受けているかなんて、僕らは知らない。僕らは目標を見失ってミル上を走るハムスターなのかもしれないし、人工知能の奴隷と果てたのかもしれないが、僕達はそれを知ることすらできない。


 ただ一つだけ言えることがある。人類の歴史はこの時代では死んでいる。あるのは、歴史ではない流れ、ストーリーを持たない永遠の強制的な変化だけだ。


 反抗を試みてストーリーを無理に紡ごうとしている僕にも、そろそろ時間が無くなりつつある。


 そんな予感がする。だが、止める術はない。僕は反逆者として消されるであろう。手段も理由も分からないが、それだけは分かる。僕も、オフラインへと消えてしまった人たちとは二度と会えていないからね。


 さようなら。君がこのメッセージを手にしているのなら、どうかうまく生き延びてくれたまえ。期待はしていないけど、社交辞令だ。これだって反抗だよ。それでは。

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