厭世主義者の悦生
神崎 綾人
夏の祭りと片手のラムネ
知人に近所で小さな祭りがあるらしいということを聞かされた。ここ
公園に着いた。綿あめやら、りんご飴やらの露店と、むせ返るような人々の熱気。中央の一際大きい櫓から、端々にある木々にかけられた紐に気だるそうにぶら下がっている提灯――背丈の小さい頃駆けまわっていた公園も、こうして歳をとってみると、こうして姿を変えたものを見てみると、当時とはまた違った感を抱いてみたり、フクザツな思考を巡らせることもできるのだが、根底にあるこのわくわくとするのは、どうやら変わらないらしい。
私はふらふらと会場内を
その後も私は存分に非日常的な雰囲気を楽しんだ。花火の一つも上がらないような小さな町内会の祭りだが、安上がりな
ふと、足を止めた。気が付けば私は公園から足を踏み外して、公園の外周を囲うようにして通っている道路の脇の、こぢんまりとした駐車場にたどり着いていた。此処には会場にあるような熱気も、人だかりも、また明るさもない。あるのはただ、真夏の夜の生ぬるい風と街燈の灯、そして小さな喧騒と虫の声であった。戻ろうとは思ったものの、何の気なしに
戻ろうと思っていたが、存外私はこの場所を気に入った。
どれくらいぼうっとしていただろうか。そろそろ寒くなってきたと思い、私は公園へと足を運ぼうとした。刹那、いかにも使い込まれていそうな、音の割れたスピーカーから、終了の知らせが飛び出してきた。
それを皮切りに人々は散る。それを皮切りに、忘れかけていた静寂が背後から波を成して迫ってきた。
私は暫時此処に佇んでいた。一夏の思い出の追憶、そして楽しさを与えてくれる場所である――祭りは、私にとってそう
やがて、熱気を放っていた人々はまばらになり、いるのは関係者と
くしゃみを一つした。気が付けば夜のとばりはすっかり下りきっており、夏を満たす空気も冷たくなっていた。私はポケットに手を突っ込んで、いつも通り背中を丸めて、如何にも陰気臭く帰った。
あれ以来、私は一度として祭りに行っていない。ラムネもあの一晩で満足したし、なによりあの一夜限りの明かりの中に混じろうという気が起きなくなった。思い出は思い出のままでいいと思った。やはり私には、一人安アパートの窓を開けて、欄干に腕をやりながら、独り星を眺めているほうが性に合っている。ただそれだけである。
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