2章 体育祭編

16話 懐かしの作文

 

 何故だろうか。なんで人間は夜に向かってテンションがおかしくなってしまうのだろうか。俺は、もし目の前にタイムマシンがあったら、きっと昨日の自分を殺しに行くだろう。


 しかし今、昨日の自分を殺したら今の俺の存在も無くなるわけで、タイムパラドックスが起きてしまう。だが、たとえタイムパラドックスが起きようとも殺しに行きたいぐらい、今の俺は、昨日の俺を嫌悪していた。


 人間は誰かに認めて欲しいと思っているなんて言うが、今の俺は逆に誰かに罵られたい気分だ。出来れば、美人黒タイツのお姉さんに。


 待て、これだと今の自分の方がキモい。このままだと、明日の俺が今の俺をタイムマシンを使って殺しに来るかも知れない。そう考えると怖い。過去の自分には優しく接しよう。


 と、俺がアインシュタインもビックリな結論を出していると、「お兄ちゃん?」という声と共に部屋にノックの音が響いた。


「入っていいぞー」


 入ってきたのは、俺より三つ下の妹である加藤千景かとうちかげだった。

「ノックして入ってくるなんて珍しいな」


「いやーだってもし、入ってお兄ちゃんがエキサイティング中だったら見たくないもの見ちゃうでしょ」


「朝から随分な下ネタだな」


「ごめんごめん。にしてもお兄ちゃん今日起きるの早いね。三連休で休みなんだから昼まで寝てるかと思った」


 普段は綺麗に黒髪ロングが決まっているのだが、朝ということもあって寝癖でボサボサの髪をぐしゃぐしゃしながらまだ眠たそうな目でそう言ってくる。


「あーなんか急に目が覚めちゃってな」


「あそ」


 自分で聞いといて返事が雑。まぁ、これはいつものことだから特に気にすることは無い。この妹、家から一歩出るとThe風紀委員といった感じの清楚キャラなのだが家だと別人の様に堕落している。


 だけど、俺の父曰くラブコメものでは風紀委員は、風紀(を乱す)委員会らしい。だから、ある意味あるべき姿なのかもしれない。いやそれより子どもに何教えてんだよ。


 ちなみに、家での千景のことを家族以外にバラすと、きっと俺の身体がバラされる。なので外で話す場合は、細心の注意が必要。


「で、なんの用だ」


 なんの用も無く来ることは無いだろう。


「えーっと、なんか中学生の時に書いた作文とか無い?」


「なんで?」


 作文といったら夏休みの読書感想文ぐらいしか書かないと思うが。


「書くことが自由の作文が宿題なんだぁ」


「夏休みでもないのに作文の宿題があるんだな」


「うん。あのハゲ山ウゼェ」


 ハゲ山というのは、国語教師だろうか。きっと、みんなにそう呼ばれているのだろう。それにしても可哀想すぎる。だって、千景は学校だと真面目だし、そんな真面目な子にも裏で「ハゲ山ウゼェ」とか言われてるとか、知ったらきっとハゲ山先生死んじゃうよ。


 自分が中学生の時は、先生のことよく思ってなかったけど、こうやって後から考えると先生の方が文句言いたいだろうし、みんなから嫌われても生徒に向き合うなんて金を貰っている仕事だとしても、やっぱり大人なんだなと思う。


「お前だけは、先生の味方でいてあげろよ」


 俺は、千景の肩に手を置いてそう伝える。


「キモ」


 キモ!? ……キモだと?


 ちょっとハゲ山先生と組んでコイツぼこしていいですかね。本当に親心子知らずというか、先生からの愛情は伝わりにくいものだ。


「で、あるなら早く出してよ」


「分かった、分かった。でも、お前にしてはギリギリなスケジュール管理だな。明日までに終わらせないといけない宿題なのに」


「ずっと忘れてたんだよぉ。ついさっき思い出してさぁ。今日友達と遊ぶから早く終わらせときたいの」


「分かった分かった。ちょっと待ってろマイシスター。っとコレだ。受け取れっ」


「サンクス兄ちゃん。読んでいい?」


「あぁ、ご勝手に」



 一年三組 加藤 栄一

 僕が読書感想文を書くにあたって読んだ本は、『迸れエロス』もとい『走れメロス』です。


 この本を選んだ理由としては、隣の席の子とこのような会話があったからです。

 ある日、僕は読書感想文の題材にする本が中々決まらなかったので、隣の席の女の子におすすめの本を聞きました。


 すると彼女は、「走れメロスっていう話面白いよ! メロスとセリヌンティウスでご飯三杯イケるよ!」と、僕におすすめをしてくれました。


 『走れメロス』自体は、かなり有名なので僕も読む前からある程度は知っていました。


 だから、彼女がなんでご飯が三杯もイケたのか気になり今回の読書感想文で読むに至りました。


ビリッ


 千景は、俺が渡した中学一年生の時に夏休みの宿題で書いた、ほと……走れメロスの読書感想文を破いた。


「おい!なんで破くんだよ!」


「いや、お兄ちゃん何書いてんの?」


 心底呆れた顔で言ってきた。


「それには、色々事情があったんだよ。まぁ、折角だし最後まで読んでよ」

「えー。まぁ、読むけど……」


 走れメロスは、とても考えさせられる作品でした。とは言え、まだ僕には詳しいところまで理解できる理解力が無かったので大人の意見が聞きたいと思い、父に聞いてみました。父も『走れメロス』を読んだことがあったそうなので僕にこのように語ってくれました。


「最後にメロスの裸を見て恥ずかしがっていた女の子とメロスが結ばれるifルートはよ」


 全く意味が分かりませんでした。きっと、父はギャルゲのやり過ぎでしょう。追加ヒロインは全年齢移植まで待つとのことでした。


 次に、隣の席の女の子の言葉の意味を知る為インターネットを利用して調べたところ、BLという文字が出てきました。そして、BLが好きな女性のことを腐女子と呼ぶということも分かりました。


 この時、僕は衝撃を受けました。


 僕に『走れメロス』をおすすめしてくれた女の子は、腐女子だったのです。それも、メロスとセリヌンティウスが殴り合うことに興奮するヤバめのです。彼女は、誰にでも分け隔てなく優しく接してくれる、とても明るい子でした。


 しかし、そんな彼女も『走れメロス』でご飯三杯イクぐらいの強者でした。僕は、『走れメロス』を通して同じものでも人によって捉え方が違うということと、人は見かけによらないということを学びました。


 これからは、父がプレイしているギャルゲをプレイしたり、腐女子への理解を深めていきたいなと思いました。


 最後に一言 迸れエロス!


ビリビリビリビリッ


「おい!だから粉々にするなって」


「ナニコレ?」


「読書感想文だけど」


 これは、実際に先生に提出してお墨付きを貰った傑作である。


「最後!ナニコレ!いる? いやダメなのは全部だけど……しかも『走れメロス』から学んだとか言ってるけど、学んだことが『走れメロス』と関係なさ過ぎでしょ!」


「ごめん」


「別に謝って欲しいわけじゃないけど……」


「じゃあ、いいだろ別に」


「でもこう見ると、お兄ちゃんって中一の時から随分と性格変わってるよね」


 確かに。今の俺だったらこんなにふざけて書かないだろう。


 まぁ、迸れエロスあたりは、男友達とノリで書いたような気がする。だから、ボク、ワルクナイ。ちなみに、その男友達とはいつの間にか話さなくなって卒業式を迎える頃には名前も忘れてしまった。


「しかも、この頃のお兄ちゃん隣の女の子にも話しかけられたんだ」


「あぁ、凄いだろ」


「いや、全然、全く」


「……そうですか」


「本当に悲しい人間だね。お兄ちゃん」


「ホントソレヌンティウス(本当それな)」


「そんなつまんないギャグいいから、早くこの宿題終わらせたいの」


 千景は、もう新しく作文を書く時間がないと踏んで俺が書いたものをそのまま持っていこうとしているのだろう。


「あぁ、じゃあ二年生で書いたやつでいいか?」


「……なんの本で書いた?」


「シンデレラ」


 俺は、中学二年生の読書感想文はシンデレラで書いた。


「えっ……何でシンデレラ?」


「いやー色々シンデレラには言いたいことがあってな。もうこれは、伝えるしかないって思ってシンデレラにしたんだよ」


「もう、地雷臭がプンプンするんだけど」


「いや、こっちの方が真面目だぞ」


「じゃあまぁ……」


 二年二組 加藤 栄一

 僕が読書感想文を書くにあたって読んだ本は、『シンデレラ』です。

 この本を選んだ理由は、先生とある生徒の間でこのような会話があったからです。夏休み前のホームルームで先生が僕たち生徒に読書感想文の宿題を出しました。


 そこで、話題はどのような本が読書感想文に適しているか、という話になりました。先生は、こう言いました。「しっかり内容を理解して、そこから学んだことが書いてあれば基本何でもいいです」


 それに対してある生徒がこう言いました。「じゃあマンガでも良いですか?」先生は、「ダメです」と言いました。


 しかし、先生は続けて「マンガはダメですが、文字だけであれば基本何でも良いです。ですから、『桃太郎』でも『シンデレラ』でも良いですよ」と最後は半笑いで言いました。


 僕は、これを聞き逃しませんでした。この後僕は、桃太郎とシンデレラでとても悩みました。


 それで、僕は父に相談しました。そしたら父は、「桃太郎は、元々じーさんとばーさんが川で流れてきた桃を食べて若返ってえっちして生まれた子どもが鬼退治する話だから、中学生の読書感想文に相応しく無い」と、言いました。


 本当かどうか分からなかったのでインターネットで調べてみたところ、その説が出てきたので一応『桃太郎』はやめておくことにしました。ちなみに、えっちの語源は変態(Hentai)の『H』らしい。


 これは、父の受け売りで『えっち』と平仮名で書くのも、そっちの方がエロいという父の意見からです。なんだかんだ僕は、シンデレラを読むことに決めたのでシンデレラを読んだ。


 面白かった。


 最後に一言 靴のサイズが同じだけでシンデレラ本人のものと決めつけるのは早計ではだと思います。


グシャグシャグシャ


「おい! 人の読書感想文を丸めるなぁ!」


「ナニコレ? シンデレラの感想短過ぎだし。毎回、お父さんを登場させるな。あと最後に一言を毎回恒例みたい感じにするな……はぁー」


「早口で言い過ぎだ。酸欠になるぞ」


「誰のせいだ」


「で、持ってくなら持ってて良いぞ」


「いや持ってくわけないでしょ」


「……そうか。三年のも一応見るか?」


「……うーん。じゃあ一応」


「はい、これ」



 三年五組 加藤 栄一

 僕が読書感想文を書くにあたって読んだ本は、『泣いた赤鬼』です。

 この本を選んだ理由は、短いからです。


 『泣いた赤鬼』を読んで僕は、鬼たちは体だけじゃなくて脳までも筋肉だなと思いました。赤鬼と人間を仲良くさせるための青鬼の自己犠牲のような行動。ダレトクだよって思いました。


 なぜなら、誰も幸せになっていないからです。青鬼は当然、村から離れなくてはいけなくなってしまった為不幸。赤鬼は、人間と仲良くなれたが青鬼を失ってプラマイゼロ。どちらかというと、マイナスより。


 こうなることは、少し考えれば分かったはずです。だから、その程度も予測出来なかったら鬼たちは脳筋だと言わざるを得ないです。


 でも、青鬼は実行した。


 これは、僕の勝手な憶測ですが青鬼には何か自分が得することがあったのでは無いかと思いました。


 理由としては、前述の通り誰も得していないからです。人が行動するのは、何か自分にメリットがあったり、他人にメリットがあったりすると思います。


 だから、実は青鬼には何か行動することによって何かしらのメリットがあったと考えられます。一見、村を離れるのでデメリットに見えますが、本当は赤鬼が嫌いで引っ越そうと思っていたのかもしれません。


 普通に引っ越したら、赤鬼が付いてきたり、「友達じゃないの?」とか言われて、引越ししずらかったから、キッパリと関係を断つ理由作りにやった可能性があると僕は推測しました。


 そして仮に、青鬼が赤鬼のことだけを思って行動に移っていたとしても自己犠牲ではありません。


 何故なら、デメリットを負ったのが青鬼だけではないからです。赤鬼にとって青鬼が大切な存在だったことは、最後泣いているところから読み取れます。


 それを、失ったという点は赤鬼にとってデメリットです。だから、青鬼が犠牲にしたのは、自分自身と赤鬼の自分に対する思いだったのです。それを理解出来ないなら青鬼は鈍感すぎです。自分を過小評価するのは美しいことではないです。


 以上から、青鬼は赤鬼の気持ちを全く考えられない脳筋か、心の底では赤鬼を嫌っている性悪のどちらかであると考えられます。


「えっ……重っ。っていうか感想じゃなくて考察……妄想になっちゃてるよ! って言うかおにーちゃん、二年生と三年生の間に何があったの? 別人じゃん! 最後の一言が恋しくなっちゃったよ!」


「当時は色々あったんだよ」


「お兄ちゃん……中二病拗らせ過ぎ。なんで中二の時より中三の時の方がが中二してるのよ」


「まぁ、それは伊集○光に聞いて」


「意味わかんない」


「それより、もうこれ以外ないけどどうすんだ?」


「はぁー、だよね。でも、まぁいいや。これにする。他のやつよりかは、マシだから」


「……そうか。ごめんな千景。あんま役に立たなくて」


「そうだよ!お兄ちゃん失格!……って言おうと思ったけど謝ったから許してあげる。寛大な妹に平伏して」


「あざす」


 俺は、そう返事して、不採用だった一二年の時の読書感想文を元あった引き出しに戻し……ビリビリなので捨てた。


「名前のところちゃんと書き換えておけよ。あと、僕のところを私にするのも」


 このままでは、妹に『ボクっ子』という新属性が追加されてしまう。


「あっそうだった。せんきゅーおにーちゃん」


 さっきとは違い上機嫌に千景は、俺の机まで移動してペン立てからシャーペンを取り出すと書き換え始めた。正直、ボクっ子もアリだと思うけど。


「ちゃんと飯食ってけよ」


「……あのさお兄ちゃん?」


「なんだ?」


「なんか今日優しくない?」


「……優しい?」


 遂に千景にデレ期が来たのだろうか。残念ながら、俺はそれに応えてやれるような気持ちを持ってはいないので、お断りさせていただくことになってしまうが。


「なんか良いことでもあった?」


 千景は、訝しげな目で俺を見てくる。


 俺は、一瞬昨日のことが頭に浮かんだ。だが、どちらかというと後悔の気持ちの方が大きい気がするが。どちらにせよ、昨日あったことを千景に言うわけにはいかない。


「いや、特に無いけど」


「本当?」


「あぁ」


「……そっか。まぁ、彼女が出来たら私にも教えてね」


 と、千景はウインクしながら言うと、俺の肩をポンポンと叩き部屋を出ていった。彼女か……。一瞬、香織のことが頭に浮かんだ。だが、すぐに消し去る。


 別にまだ彼女ではない。今日学校で「新しく好きな人できたから〜」って言われても俺は、「そ、そうなんだ〜」って言って終わってしまう関係だ。好きだと言われたけど、俺はそれに返事をまだしていないわけで、彼氏面するには少し早い。


 だけど、まぁちょっとぐらいは自分に自信を持ってもいいかもしれない。

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