第9話 貴方はどこから

 朝食にコムネをお揃いで食べる。畑の端に腰を降ろして、どこを見るでもなくボンヤリしながら、あるいは他愛も無い話をしながら。今日のような晴天であれば風情もあり、眠気の残る頃合いでも口数は多かった。


「そういやさ、みんなには故郷とかあんの?」


 タケルが何気なく問いかけると、会話が途切れた。皆が一様に暗い顔となってしまい、失言であったと悪びれる。


「何か変な事聞いちまったかな」


「いや、謝る事じゃないだろ。ちなみにオレは大陸東部の田舎町出身だ。そこがどうなったかは……知ってるよな」


 マイキーの言葉に、皆が大きく頷いた。そして囁きのように小さく、「東じゃあ仕方ない」だの、「災難でしたね」だの一同が口を揃える。何がどう仕方ないのかタケルには見当もつかず、早くも置いてきぼりを食らってしまう。


「アタスは南部の名も無き村から来たんだべ。でもあっこはもうダメだぁ。貴族さんもよぉ、大きな町ばっか守って、アタスらみてぇな農民は捨てられちまったべよ」


「南部という事は、先の大戦で?」


「んだっぺ。そりゃもう、とんでもねぇ大勢の兵隊と魔物のぶつかり合いだったべよ。どうにか勝った勝った言うとったけどよ、家も畑も焼かれちまったアタスらは、どっちにしても殺されたようなもんだべ」


「たくさんの方が路頭に迷われたと聞きます。痛ましい事です」


 吐き捨てるように吐露するミノリを、エマが柔らかく慰めた。もちろんタケルは一切合切を知らない。大戦とは、南部で何があったのか。この世界では常識とも言える出来事を、何一つ把握出来ていないのだ。


 それもこれも、物語を常に飛ばしながらプレイしていたためだ。オープニングはもちろんの事、随所に挿入されたあらゆるテキストは常にスキップ。その結果がこれである。共感したくとも前提を知らなければ、どうにもならない。とりあえず暗い顔を浮かべるのがせいぜいであった。


「そんな訳で大将。ここにやって来る奴は、離散者だと思って間違いない。家も仕事も無くしてしまった哀れな流れ者だよ」


「それは分かったよ、マジで」


「お前さんだってそうだろ、アイーシャ?」


 マイキーが話を振る。しかし彼女は何やらバツの悪い顔となり、珍しくたどたどしい返事をした。


「アタシはあれだ、その……そういうんじゃ無い」


「へぇ、故郷が無事なのかい。そいつは珍しいな」


「今も残る町となると、王都かサウスリッチくらいですね。そちらにお住まいが?」


「う、うん。王都に家があるから」


「じゃあ、見かけによらず金持ちなんだな……って待てよ! 王都で鍛冶師って事はだ、嬢ちゃんの親父さんってもしかして……」


 マイキーが目を剥いて問いかけた。その様子を見て、タケルは勿体振るなよと思う。ここでどんな名前が飛び出したとしても、彼には馴染みの無いものだ。『そんなまさか、あの人だってぇ!?』などと言える程の情報通ではない。


「アタシのパ……親父は、アルティジャンだよ」


「ええっ! あの名工アルティジャンですか!?」


「あんれまぁ。こりゃあたまげたべよぉ。鍛冶の神様っつうお方じゃねぇのけ」


 タケルも言いたい。高名なアルティジャンの、と同調したい。しかし何がそんなに尊いのかも分からず、生けるカカシのように大人しくなるばかりだ。


「すげぇ名前が出てきたもんだな、生ける伝説じゃねえかよ。窮地に陥った王国軍が武具をかき集めてる所にフラリとやって来てあれよあれよという間に特級品の装備を大量に用意してみせ、そのおかげで王都防衛を成功に導いて王国存続を実現させた、アルティジャンの娘さんかぁ」


 マイキーが妙に滑らかな口調で語ってくれた。不自然極まりない会話ではあるが、おかげで最低限の理解を得る事ができたというものだ。顔には出さず、内心で感謝する。


「でもよぉ、どうしてまたこんな所に? 王都で暮らしてりゃ良かったのに。向こうの方が何かと快適だろ」


「武者修行の旅に出るっつうから、店は一旦閉めたんだよ。んで、アタシもついてったんだけど」


「うんうん、そうかい」


「でもさ、外はアレが出るじゃん。例の虫が……」


「まぁ、そうだろうよ」


「だから途中で逃げた。そっから親父が何してるのかは知らない」


「うんうん、そうかい」


 マイキーがやたらと肯定するが、父親に問題あるような気にさせられる。娘を放り出してまで願望を達成させようとするのは、タケルの常識からは遠いものだった。


「アイーシャさん。お父様は別れ際になんと?」


「超笑ってた。『おお、お前も親離れして独り修行をやりたいってのか! さすがはオレの娘』みたいな感じで」


「豪快な方ですね」


「あんなの、ただのガサツだよ!」


 人それぞれか、と思う。優秀でも癖の強い親。アイーシャには同情しないでもない気持ちが湧く。


「そういやよ、大将はどこの出なんだい?」


「お、オレか?」


 タケルは言葉を詰まらせると共に、自身の過去について思いを馳せた。家や家族、そして学舎とクラスメート。そこまで記憶を掘り起こすと苛立ちが膨れ、唾を吐きたい気持ちになる。


 感情をそのまま投げつけたい衝動に駈られるも、別世界の愚痴は説明が難しいものだ。共感を得られるほどに語るにはどうすれば良いのか。しばし悩み、そうしているうちに面倒臭くなり、真相は語らず誤魔化す事にした。


「実を言うとさ、オレは記憶がないんだわ……」


「ええっ!? それマジかよ!」


「そうそう。だから、色々と物を知らなくても勘弁な」


「あぁ、なんと痛ましい。そのような身の上に気づけなかった事をお許しください」


「いや、良いんだよ過去なんて! 今が楽しけりゃ十分だって。生きてんのは『今』なんだからさ!」


「そういうもんかねぇ」


「さぁさぁ、お喋りはこれまで! そろそろ仕事始めっぞ!」


 タケルは掌を叩いて促した。居合わせた皆が、スッキリしない顔をさせつつも、重たい腰をあげる。


 『今が良けりゃ良い』という言葉が再び去来する。それを肯定するかのように、畑からはコムネが芽吹き、薪の割れる音も間断なく響く。それらで耳目を慰めつつ、厳しくも充足した日常を噛み締めるのだった。

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