監禁中

さかもと

第1話 ライブ配信

「ほらほら見て見て、あたしって肌の色すごい白いじゃないですか?腕とかすごい血管透けて見えてるんですよ。」


 画面の中の彼女はそう言って、自分の腕をこちらに近づけて見せてきた。

 間近で彼女の白い腕を見ていると、確かに青白い血管がうねうねと肌の下を這っている様子が、パソコンのモニタ越しでもはっきりと伝わってくる。


『ほんとだ、血管見えてる。スケスケだね。』


 俺がパソコンのキーを叩いて、そうコメントを打ち込むと、それを読んだ彼女がリアクションを重ねてくる。


「この、目の上のまぶたのところがね、特に透けて血管浮き出てるんですよ。」


 彼女がそう言って、こちらに顔を近づけてくる。彼女の顔が画面の中でアップになる。まぶたが透けて、青白い血管がのたうっているのが顕になる。


『どうしてそんなとこに血管あるの?おもしろい!』


 俺はさらにコメントを打ち込む。


『でも、そんなに顔近づけられるとドキドキするな…』


 それを読んだ彼女が、「あ、ごめんなさい。」と言いながら慌てた様子で顔をカメラから引き離すのがわかった。

 画面の左下に表示された時間が27分を過ぎている。


『そろそろ時間だよ。明日も仕事なの?』


 そう打ち込んだ俺のコメントに対して、彼女は悲しそうな顔をしながら呟いた。


「そう、まだ月曜なんだよなー。ほんとに嫌になる。けど、頑張ろう!じゃあ、来週も月曜のこの時間に配信するから、また来てくださいねー。」

『わかった。それじゃおつかれー。』


 俺は最後にそうコメントすると同時に、画面の投げ銭ボタンを押して、500円分を彼女に送っておいた。



 知り合いから教えてもらった「バズライブ」という名のライブ配信サイトに、最近の俺はハマっていた。そのサイトでは、パソコンやスマホがあれば、誰でも世界中に向けてライブ配信を行うことができ、逆にそれらの配信されているライブを誰もが自由に閲覧することができた。そこでユーザーが配信しているライブの内容は実に様々で、ただ単に雑談を垂れ流しているだけの人や、ギターで弾き語りをする人、中には外出してラーメンを食べに行く様子をライブ配信する人などもいる。

 閲覧者はそれらのライブ配信者に対して、好きなタイミングでコメントを送ることができて、そのコメントを通じて、配信者とコミュニュケーションを取ることができるのだ。面白いのは、「投げ銭」というシステムがあって、閲覧者から配信者に向かって、指定した金額を直接送金することができる。この仕組みがあるおかげで、ちょっとしたお小遣い稼ぎを目当てに、若者が一発芸をカメラの前で披露していることが多い。

 とにかく、多種多様な人たちが様々な内容をテーマにしたライブを配信しているので、その中でお気に入りの配信者を見つけるのが、俺には楽しかった。さっきの彼女のように、若い女性が顔を出してだらだらと雑談しているのを横でただ聞いているのも楽しい。特に、俺以外に閲覧者がいなくて、過疎っている配信だと、まるで彼女と擬似的にデートしているような感覚に浸ることができて面白かった。



 時計を見ると、夜の11時だった。まだ眠くはなかったので、俺はバズライブのサイト内をうろうろと徘徊していた。すると、ふと興味をそそられる配信が目に止まった。配信タイトルが「監禁中」となっていて、悲壮な表情をした男の顔がサムネイルになっている。

「監禁中…?」

 気になった俺は、そのサムネイルをクリックした。

 画面がライブ配信に切り替わる。真っ白な壁の部屋の中央に男が一人、うつろな表情で座っている姿が目に入った。目線はカメラの方には向いておらず、少しうつむいている。髪の短い男で、歳は30代後半くらいだろうか。

 しばらくそのまま観察していたが、画面の中の男は微動だにせず、何も起こらない。画面右上に表示されている閲覧者数は1名と表示されていた。つまり、今は俺以外に誰もこの配信を観ていないということだ。

 これはハズレだなと思い、配信画面を閉じようとした時、男が口を開いた。


「誰か観てるのか?そうだろう?」


 いつの間にか男の目線がこちらを向いていた。すがりついてくるような、そんな目線だった。


「なぁ、なんでもいいからコメント打ってくれよ。頼むよ。」


 そう言いながら、画面に顔を近づけてくる。目が血走っている。はっきり言って、不気味だった。それでも、このまま画面を閉じてしまうことは何故かためらわれた。男の目線が、そのくらい切実だったからかもしれない。俺は仕方なしにパソコンのキーを叩いてコメントを入れた。


『こんにちは。初めてお邪魔します。』


 男はそのコメントを読むや否や、画面に向かって言葉を投げ始めた。


「よかった…コメントありがとう。しばらくどこにも行かずに俺の話を聞いて欲しい。まず、俺はここにずっと閉じ込められてるんだ。何日か前に、ここに連れてこられて、それからずっと監禁されてる。」


 男が何を言っているのか理解するのに時間がかかった。普通、ネット越しでも初対面の人間に向かって、こんな悪い冗談を飛ばすだろうか?かと言って、そのまま鵜呑みにしてしまうのもどうかと憚られてしまう内容だった。

 男は話を続けた。


「毎晩この時間になると、バズライブっていうサイトでこの部屋の様子が外部に配信されてるっていうことは、ここへ連れてこられたその日に気づいたんだ。その、コメントで視聴者とやりとりできるっていうことも知ってる。」


 男の表情は真剣そのものだった。他人をからかって楽しんでいるような感じはしない。だが、話している内容についてはかなり異常に感じられる。

 気味が悪かったので、もう配信画面を閉じようかとも思ったが、もう少しだけこの男と話してみようと俺は思っていた。


『ここへ連れてこられたって、誰にですか?』

「いや、それがよくわからないんだ。求人サイトで見つけたアルバイトに応募して、そこに採用されたんだが、初めて出勤した日に職場でいきなり目隠しされて、気がついたらここに連れてこられてた。」


 男の話していることは本当なのだろうか。もし本当だとしたら、何か犯罪に巻き込まれているということになる。


『今、あなたの目の前には、パソコンかスマホが置いてあるんじゃないんですか?それで警察に連絡して助けを求めることはできないんですか?』

「いや、目の前にあるのはカメラとモニタだけで、外部と連絡が取れるものは一切置かれてないんだ。」

『そうなんですか…すでにその部屋に何日か閉じ込められてるって、食事やトイレはどうしてるんですか?』

「トイレは部屋の隅についてるから大丈夫だ。問題は食事だ。」


 男はそこで一呼吸おいた。後ろを振り返って部屋の壁を指差す。


「あそこに小さな小窓があって、そこからパンとかおにぎりなんかの食べ物が投げ込まれることがあるんだ。だけど、毎日食料が貰えるとは限らないみたいだ。」


 男はまたこちらに向き直って話を続けた。


「バズライブに投げ銭っていうのがあるんだろ。配信中に視聴者から投げ銭を何度か貰ったことがあるんだが、どうもその投げ銭で稼いだ額に応じて、相応の食事が提供されるみたいなんだ。」

『じゃあ、投げ銭が貰えなかったら、あなたの食事が貰えなくなるっていうことですか。』


 コメントを読んだ男は深く頷いた。


「どうもそうみたいなんだ。だからあんた、俺にいくらか投げ銭してくれないか?今日はもう朝から何にも口にしてないんだよ。」


 ばかばかしい、と俺は思った。この男はこんな風に手の混んだ設定で、ネット上で乞食の真似事でもしているのだろう。


『いや、ちょっとそんな話信じられないんで。それじゃ、失礼します。』


 そうコメントして配信画面を閉じようとすると、男が慌てた。


「待ってくれ、また明日もこの時間にここで配信が始まるはずだから、必ず来てくれよ。なんか面白いことやるからさ。な、いいだろ?」


 面白いこと?何か芸でも披露しようというのか。俺は半ば呆れながら、コメントを打った。


「わかりましたよ。じゃあ、また明日ですね。」

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