第24話 現在進行形の初恋その6

006


 一目惚れだった。


 私、湊舞花は出会ったその日から、海野杜達也のことがずっと好きだった。


 出会ったばかりの頃の達也はとても悲しい目をしていた。


 その理由は後になって判明するのだけれど、きっと幼い頃の達也の身に起こったことは当時の達也が一人で受け止めるにはあまりにショックな出来事だったのだと思う。


 しかし、不謹慎かもしれないけれど、私が最初に達也に惹かれたのは、彼のそんな風な悲しそうな姿だった。


 クラスの同級生たちとは異なる大人びた雰囲気、それが当時の私の心を強く引き付けたのだろう。


 これは達也には言っていないことだけれど、実は陸上を始めたのも達也との距離を縮めたいと思ったからだ。


 達也が陸上を特に楽しいと思っていなかったのと同じように、私も決して走ることは好きではなかった。


 でも、いつも走ることに真剣に向き合って、自分の限界を超え続けようと必死で努力を続ける達也の姿を見る度に、私はますます彼のことが好きになっていった。


 陸上を始めてからの達也は自信をつけたせいか、残念ながら昔の悲しい雰囲気は消えてしまったけれど、今度はとても自信に満ち溢れたとても素敵な男の子に育っていた。


 でもその一方で、彼はとても脆く、打たれ弱かった。


 きっと幼少期に傷ついた心が達也をとても弱い人間にしてしまったのだろう。


 それでも決して弱さは見せず、強くあり続けようとする達也のあり方が――私にはとても輝いて見えた。


 きっと達也から言わせれば『つまらないプライドに囚われていただけ』なんて言って自分を卑下するのだろうけれど、少なくとも当時の私にとって、達也のそんなプライドの高さは好きになったポイントの一つだった。


 何より、達也はこんなに強いのに、しかしその一方でとても脆かったから、きっと彼は将来私から離れられなくなるだろうということは分かっていて、それがますます私を彼に熱中させた。


 でも達也は私が思う以上に臆病で、私がどんなに頑張ってアピールしても、彼が私のことをただの幼馴染としか見ようとしていないことはどうしようもなく分かってしまった。(私から言わせれば、年頃の男女が風呂上りに薄着を着て密室でいい雰囲気になっているのに手を出さないなんてあり得ないと思う)


 ――だから、達也が怪我をして陸上を続けられなくなった時、はっきり言ってこれはチャンスだと思った。


 私は達也の代わりに走ることで、彼にとってより『特別な存在』になろうとした。


 相変わらず走ることは楽しくなかったし、正直に言ってあまり好きではなかったけれど、それでも私は『海野杜達也』に夢中になっていた。夢中で彼の後を追いかけた。


 ――私が達也にとって『特別な存在』でいるために。


 私が海野杜達也にとって『特別な存在』でいれば、いつか達也も私にとって特別な存在になってくれるかもしれないと――そう願った。


 でもそんな風にポジションをとっても、やはり達也が私に振り向いてくれることはなくて、それどころか達也は何だかんだ自分の陸上人生を後悔しながらも、きちんと前を向いて次のステージに進んでいった。


 この間の諸星先輩との一件などその典型だろう。


 ――そんな達也の姿を見て私は怖くなった。


 自分が彼にとって『特別な存在』ではなくなっていくことがとても怖かった。


 達也が未来に目を向ける度、どんどん私の存在が彼にとって、ただの幼馴染に戻っていくのが怖かった。


 怖かった、辛かった、苦しかった、何より――憎かった。


 私はずっと達也のことを想い続けてきたのに、あの日、私のことを見てくれると言ったのに――私ではなく未来に目を向ける彼がとても憎たらしかった。


 ――そんな中、私はスランプになった。


 元々達也に近づきたくて始めた陸上なのに、達也の『特別な存在』にもなれず、タイムも伸びない中で私は走る意味、努力する意味を見失っていった。


「陸上……やめちゃおうかな」


 ため息をつきながら家の前に着くと、私が誰よりもよく知っている男の子が門の前で待っていた。


「やぁ舞花、ちょっと歩かないか?」


 達也はそう言って私を散歩に誘う。


 これではまるであの時と入れ替わってしまったみたいだ。


 そして、やはりそんな達也のことを私は心の底から憎たらしく思い、でもそれ以上に、やはりとても愛おしいと思った。




 ――ああ、やっぱり私、あなたに恋してる。




「いいよ。支度するからちょっと待ってて」


 そう言って私は玄関のドアを開けて中に入る。


 心臓が大きく鼓動しているのを隠そうと必死に深呼吸をして、彼と出かけるための服を選ぶために自分の部屋へと向かった。

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