第3話 用済みの名探偵その3

003


「お義兄ちゃん、可愛いあなたの義妹がいってきますのチューを所望していますよ?」


 食器を水につけた後、鞄を持って早足で玄関まで行って、靴を履いたところで、珍しく僕を見送りに来た礁湖がそんなことを言ってきた。


「おいおい礁湖さん、一体今度は何のアニメの影響を受けたんですかね?」


「私が昨日『物語シリーズ』を徹夜で一気見したことと私が今お義兄ちゃんにチューをねだっていることに何か因果関係があるのかな?」


「大ありだろ!? 何でよりにもよって阿良々木兄妹の影響受けちゃうかな!? それは今の僕たちの関係で一番参考にしちゃいけない事例だよ!?」


 一体どこの世界に実の妹を相手に歯ブラシでエロい雰囲気になる兄がいるというのか。(義理の妹ならまだしも)


「礁湖、いまだにアニメと現実の区別のついていない義妹に対して厳しいことを言うようだけれども、義兄は義妹に対して決してエロい気持ちにはならないんだよ?」


 例え太陽が西から昇っても、例え兄妹でベッドの上で歯を磨こうとも、兄が妹に欲情することなど決してない――例えそれが義理の妹であってもだ。


「お義兄ちゃん、キモい。私はただお義兄ちゃんとチューがしたいって言ってるだけなのに何勘違いしてんの? マジあり得ないんだけど?」


 すると、先ほどまでニコニコしていた礁湖は急に真顔になって僕をゴミを見るような目で見ながら先ほどとは打って変わって、低いトーンで言う。


「え、何? 礁湖はお義兄ちゃんに対してエロい感情を持った上でチューをねだってきたんじゃないの?」


 僕は義妹のテンションの変化について行けず戸惑う。


 おそらく自分自身でもかなりおかしなことを言っているような気はするのだけれど、とにかくここは低姿勢で義妹の反応を待つ。


「は? そんなわけないじゃん。兄妹でチューするだけなのに何意識しちゃってんの? バカじゃないの? お義兄ちゃんにエロい感情とかないよ。私は義妹として、いや、もっと言えば家族として当たり前のコミュニケーションの一環でお義兄ちゃんとのチューを要求しているだけなの。何を勘違いしているのかな?」


 なぜか逆切れする義妹。可愛い。


「うーん、でも礁湖さん? やっぱり中学生にもなってお義兄ちゃんとチューするのは世間的にまずくないですか? もちろんお義兄ちゃんからすれば可愛い義妹の愛情に応えてあげるのもやぶさかではないけれど、でもやっぱり世間的にまずいっていうかさ。ほら、今時って世間からのクレームとか厳しいじゃない?」


「じゃあお義兄ちゃん? あえて聞くけど、私がお風呂から上がったら髪をドライヤーで乾かしてくれるのはいつもお義兄ちゃんの役目だよね?」


「そんなの兄妹なんだから当たり前だろ?」


「あと私の寝つきが悪いときは一緒の布団で寝てくれるよね?」


「それも兄妹なんだから当たり前だろ?」


「とどめに聞くけど、私たち二日に一回は一緒にお風呂に入ってるよね?」


「だからさっきから何だよ、僕たち兄妹なんだから当たり前だろ?」


「今さらじゃん!! 今さらチューしようがしまいがお義兄ちゃんはとっくに義妹と一線越えてるよ!!」


「――!? え、そうだったの!? 僕たち兄妹ってもうすでに一線越えてたの!?」


 僕はショックのあまり玄関に膝をついてうずくまる。


「お義兄ちゃん、分かったら早くいってきますのチューをしていきなよ。早くいかないと講義始まっちゃうよ?」


 うずくまって四つん這いになりながら時計を見ると、確かに遅刻ギリギリの時間で、そろそろ家を出ないと本格的に講義に間に合わなくなりそうだった。


「はぁ……」


 僕はため息を一つついて立ち上がり、覚悟を決めて目の前の相手イモウトに向き合い、


「それじゃあ……いってきます」


 と宣言して礁湖の顔を見る。


「いってらっしゃい、お義兄ちゃん」


 ――チュッ


 そう言って顔を近づけてくる義妹と僕はチューをして家を出る。


 そして、玄関を出たところで立ち止まると、ふいに空を見上げた。


「……眩しいぜ」


 空には青空が広がっていて僕を照らず太陽がやけに眩しかった。


 急がなければいけない時間だったが、何だか義兄として大切なものを失ってしまったような気がした僕は走る気力が起きず、結局教室に着いたのは講義が始まるぎりぎり数分前だった。

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