子どものような大人

ガチ岡

子どものような大人

001



『へー、すごいじゃん』


 そんな風な特に興味のない、なまじ定型文言とも社交辞令とも呼べないようなセリフをもう何度耳にしただろう。

 最初の頃は嫌で嫌で仕方がなかったそういった扱いにも最近は何となく慣れてきた。


 いや、厳密に言えば、――慣らされてしまったというべきか。


 こうやって、社会の価値観や周りの雰囲気に流されていくことが『大人になる』ということなのかと、最近ではそんな風に思い始めている。

 まあ、だからといって僕のような社会不適合者が社会に歓迎されるわけでは決してないのだけれど。


 ――誰かと話をするのが苦手だ。


 知らない人、特に自分よりも年上の人と話をするのが大の苦手だ。

 その理由は明確で、『自分が幼く見えるから』だ。

 僕より年上の人達、まあ年齢によって違いもあるのだろうけれど、それでも彼ら彼女らに共通することは――僕よりも断然大人である、ということだ。


 まあ、実際には僕が彼ら彼女らを勝手に大人で立派なものだと思っているだけなのかもしれないけれど……。


 とはいえ、実際に彼ら彼女らと話していると、ただでさえも嫌いな自分という存在がもっと嫌いになってしまいそうでとても怖い。


 正直なところ、実際にはどうなのかはわからない。


 僕より年上の彼ら。社会で死んだような目をしながらも、毎日他人に気を使いながら、ストレスを抱えて、何のために生きているのかもわからないような毎日を過ごしているくせに、なんだかんだ幸せそうにしているあの大人たちを見ていると、僕は不安に駆られて仕方がないのだ。


 たしかに、僕は彼らにはないものを持っている。


 自慢ではないけれど、それは客観的な事実で、おそらく『希少性』という一点のみを評価するならば、僕の方が断然価値がある存在だといえるだろう。


 しかし、その反面、彼らにとって当たり前にできることがなぜだかわからないけれど、僕には全くできない。


 それは会話中に空気を読むとか、きちんと挨拶をするとか、分からないところがあればすぐに聞くとか、グラスが開いたらお酒を注ぐとか、正しい敬語を使うとか、時には平気な顔で嘘を吐くとか、太鼓を持つとか、――そういう風に彼らのように上手く生きることが僕にはできない。


 世の中はトレードオフだ。何かを持っているものはその分他の誰かが持っている何かを持っていない。その考え方自体はきっと間違っていないのだろうし、おそらく正しいのだろう。


 だから、僕が簡単にできることも実は他の人にとっては全くできないことであったりするらしいのだ。


 ――でも残念ながら、それが社会的に価値のあるものとは限らない。


 僕が持っている能力は、他の人にはおおよそ真似ができないものだと思うのだけれど、しかし、そんなもの持ち合わせていなくても生きていくには困らない。

 むしろ、普通の人々はそんなことには全く興味がないものであったりする。


 ――だから、僕はこんな自分が大嫌いだ。


 生きていく上で何一つ必要ではない才能だけを持って、そのくせ社会適応能力は皆無のこんな自分が大嫌いだ。


 と、こんなことを話し始めると止まらなくなってしまうので、まあ一旦ここで改めまして自己紹介をば。


 こんな風に冒頭から不満ばかり垂れている僕は有田雄アリタユウといいます。


 現在大学四年生。絶賛就活中で社会の波を肌で感じ始めるも、しかし、内定が全く出ずにモノローグで不満ばかり言っている社会不適合者です。


 あ、それとついでに言っておくと、――一応、オセロの現世界チャンピオンです。

 


002


 ――オセロ。


 僕がこれまでの人生で出会ってきた人の中で、子どもやロリっ子や外国人やロリっ子を除いて、『おせろ? 何ですかそれ?』という人に会ったことはない。(まあ僕の出会ってきた人の数なんてそれほど多いものではないのだろうけれど)


 そのくらい誰でも知っている競技で、知名度は抜群。子供からお年寄りから人妻からやはりロリっ子まで楽しむことができるという素晴らしい競技だと思う。


 しかしその反面、それだけ知名度のあるオセロに人生を費やす人は少ない。


「はあ、今日もダメだった……」


 僕はため息を吐いただけでは飽き足らず、誰に頼まれたわけでもないのにネガティブな独り言までこぼす。

 就活の面接で上手くいかなかったり、お祈りメールが届いたりする度に、僕は近所の公園に来てブランコに乗る。


 これが最近の僕の悲しい習慣だった。そして残念ながら、この負のルーティーンを抜け出すビジョンは全くと言っていいほど見えていない。


 就活が始まる前までは、漫画やアニメなんかで、ブランコに乗って悩んでいるキャラクターを見ながら、自分とはまったく異なる、現実的ではないものに見えていたけれど、なるほど自分が本気で落ち込んで、鬱の一歩手前まで来て初めて分かった。


 ――漫画のキャラクターに限らず人は本気でへこむと公園に行ってブランコに乗るのだと。そんな悲しい事実に二十二歳になって初めて気が付いた。


「いやー、世知辛い。本当に世の中って世知辛い」


 僕はそんな支離滅裂な言葉を発しながら、いつものようにブランコに乗ろうとしたけれど――


「――? あれ?」


 どうやら今日に限っては先約がいたみたいだ。


「はあ……」


 ブランコに乗っていたのは何だかやつれた中年の男性で、その人も誰に頼まれたわけでもないのにため息を吐いていた。


 僕はそんな姿を見て、どことなく親近感を感じてしまったけれど、でもなぜだろう、正直それ以上に『こんな大人にはなりたくない』と思ってしまった。


 初対面(むしろ対面すらしていないのだけれど)の相手に対して大変失礼だとは思いつつも、そんな風に思ってしまったものは仕方がない。


 すると、――


「兄ちゃんも座るか?」


 ブランコに乗っていた男が僕に声をかけてくる。


「…………」


 僕があからさまに不審な目を向けると、


「大丈夫だよ、別に怪しいことはしねぇよ」と言って男は僕に向かって手招きをする。


 まわりを見渡すと、公園の中には砂場で遊んでいるロリっ子たちやその母親らしき人達が大勢いて、まあこんなところで特に何も怪しいことなどされるまいと判断して、僕は男が乗っているブランコの空いている隣のブランコに座った。


「兄ちゃんさ……」と、男が口火を切る。


 そこから、僕はこの男とそれなりに長い時間話合った。それは、あとで冷静になって思い返してみると、ひたすらに時間を無駄にしただけであったような気もするのだけど、でもなぜだろう、その時間はとても心地よかった。


 きっと、僕と同じくこのおじさんも社会不適合者なのだろう。何となく、僕にはそれが分かった。


 本当に、『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものだ……。



003


「オセロの世界チャンピオン? へー、すごいじゃん」


 僕がこの世で最も言われたくないセリフを一言一句違わずにおじさんはそう言った。


 それなりに長い時間、この男と話して、自然と僕はこの男のことを『おじさん』と呼ぶようになった。もちろん、名前なんて聞いていないし、特に興味もない。


 その会話の中で、僕は自分がオセロの世界チャンピオンであるということをおじさんについ話してしまった。


 ――そして、その時の回答が先ほどの発言である。


 ……どうしよう、猛烈にぶん殴りたい。


 僕にとってはかなり珍しくそんな暴力的な思いに駆られる。


 しかし、おじさんはそんな僕の内心などいざ知らず、


「でも兄ちゃん、だったらもう毎日が楽しくて仕方がねぇだろ」と言った。


「えっと、それは……」


 僕はつい反射的に口ごもってしまう。


 しかし、おじさんはそんな僕に構うことなく、


「いや、本当にすげえよ。だって、そんなに若くて未来もあって、おまけにそんなに優れた才能まで持ってんだろ? あーあ、俺も兄ちゃんみたいな人生歩んでみたかったよ」と、まるで僕のことをとてもすごい人間みたいに言うものだから、僕はつい、


「……そんなに優れた才能でもないですよ」


 と、少しムキになって言い返してしまった。


「――? 何で?」


 おじさんは不思議そうな顔で僕に尋ねる。本当に僕の言っていることが心底分からないといった感じだ。


「だって、オセロなんかで世界チャンピオンになってもなんにもならないですから」


 僕はまるで不貞腐れた子供みたいな口調でそんなことを言う。


「……というと?」


 おじさんは少し真剣な口調で僕に尋ねる。


「だって、オセロなんか強くても、生きていくには何の役にも立ちませんから」


 と、僕は下を向いて答える。すると、


「あー、なるほど。まあ厳密に言えば『社会的には価値がない』ってことだな」


 と、そんなことをあっけらかんとした感じで言う。


 そのとき、僕には『ぐさっ』と何かが胸のあたりに刺さったような音が聞こえた。


「なるほどな。兄ちゃんも『そういう感じ』か」


「――? 何か言いました?」


「……いいや、何でもねぇよ」


 小さな声でおじさんは何か言ったような気がしたけれど、僕にはよく聞こえなかった。


「そういえばおじさんは何の仕事をしているんですか?」


 僕は素朴な疑問を投げかける。


「そうだな……」


 おじさんはそう言って少し考え込むと、


「人間の脅威を生み出す仕事かな」


 と、そんなよく分からないことを言った。何だそれ?


「でもなるほどな。兄ちゃんは希少性と社会的価値の間に立っているわけだ」


「――? 希少性と社会的価値の間?」


「そう、兄ちゃんには人並み外れた才能があることは間違いない。それは間違いないんだ。でも、その才能、いわば他の人にはないような希少な才能が社会に必要とされているかと言えばそれはまた別問題だからな」


「…………」


 突然、痛いところを突かれて僕は何も言えなくなる。


「ぶっちゃけ最近ではめずらしくねぇ話さ。別にそれはオセロだけじゃねぇ。マイナー競技の世界や製品やイノベーションに直結しにくい分野の研究者なんかも最近は兄ちゃんと同じような悩みを抱えているって話だぜ?」


 と、おじさんは自分の座っているブランコを軽く揺らしながらそんな確信めいたことを言っていたけれど、『まあ俺にはよくわからねぇ悩みだけどさ』と、最後につぶやくように言ったその瞬間だけはなぜだかとても嘘くさく感じた。(まあそれこそ僕にはよくわからないけれど)


「大人ってすごいですね」


「――?」


 僕はそんな風に突然話題を変える。


「なんでそう思うんだ?」


「だって、おじさんみたいな明らかにヤバそうな人でも、一応こうやって『大人な対応』ができているじゃないですか。何ていうか、それが僕にとってはすごいなぁと思って……」


 まあ厳密に言えば『羨ましい』というべきか。


「お兄ちゃん、それは買いかぶりすぎだよ」


「――? おじさんのことをですか?」


「いいや、『大人を』だよ」


「…………」


「大人なんて誰でもなれるよ。年取って就職して社会の波に飲まれて心折れたら立派な大人の完成だ」


「そうですか。でも、僕はそれが羨ましいです」


「隣の芝生は青く見えるもんさ」


「そういうものですか?」


「そういうもんだよ」


 おじさんは即答した。


 ふと周りを見渡すと、公園で遊んでいるロリっ子たちが僕たちの方を指さしていて、それを見た母親たちがひそひそとした声で制止していた。何となくそれが今の僕たちの置かれている状況を如実に表しているような気がして、なぜだかとても面白かった。


「兄ちゃんが思っているほど、大人なんて大したもんじゃねぇよ。絶対に今の兄ちゃんの方が価値がある」


「おじさん、ドラえもんって知ってます?」


 僕は突然切り出した。


「――? もちろん。それがどうかしたか?」


 おじさんは不思議そうに答える。


「僕はね、自分のことをのび太だと思ってるんですよ」


「ほう? その心は?」


「よく、『どんな人間にも自分だけの才能はある』って言うじゃないですか?」


「ああ、言うね」


「僕もね、それは事実だと思うんですよ。誰にも隠れた才能はあって、でも多くの人はそれに気が付かないだけなんだって」


「ほうほう」


「でも、その『隠れた才能』が社会で価値のあるものだとは限らないでしょ?」


「ああ、なるほど。何となくオチが読めたわ」


 おじさんは僕のシリアスな話などどこ吹く風と言わんばかりにそんなことを言う。


「そのわかりやすい例がのび太だと思うんですよ。勉強もできない、スポーツもできない、でもそんなダメダメなのび太君にも確かに才能はある。射撃と、あやとりと、昼寝に関しては誰にも負けない天性の才能がある。でも、どうでしょう? そんな才能があったとしても社会では役に立たないでしょ?」


 そう、昔ならいざ知らず、今の時代に射撃がうまくてもなれる職業なんて限られている。あやとりや昼寝なんて論外だ。


「結局のところ、社会的な才能がある奴なんて本当に限られていて、僕はその一握りではなかった。それだけなんですよ」


 そう、現に僕は自分だけの才能を見つけながら、こんな風に何者にもなれず、それどころか就活とかいう一般人になるための最初の登竜門すらクリアできずにいる。


 僕にとって、人生というゲームの難易度はオセロの何倍も高かった。


「そうか。でもそれでも、な……」


 と、隣でブランコを漕ぎながら、おじさんは口を開く。


「それでも、俺は兄ちゃんのことを羨ましいと思うよ」


「なぜですか?」


「だって兄ちゃんはまだ若いじゃねぇか」


 何を当たり前なことを、と言った感じでおじさんは答える。


「あんまり昔話をするのは老害みたいでいやなんだけどさ。俺も昔、同じように迷ったよ。迷ったし、呪ったし、後悔した。いや、後悔については今しているのかな。まあ細かいことはいいんだ。結局俺は自分の才能ではなく、周りの人の目ばかりを信じていて、そのせいで大事なことに気がつけなかったんだ」


「……大事なこと?」


「そう、大事なことさ。大事なことで、俺みたいな普通に生きられない人間にとっては絶対に忘れちゃいけないものだった」


「…………それは何ですか?」


 ゴクリとつばを飲み込んで恐る恐る僕は尋ねる。なぜだろう、とっても聞くのが怖かった。なぜだかわからないけれど、その答えを聞いてしまうとまるで僕の人生が決定してしまうみたいな気がしたから。


「ようは持っている武器で戦うしかねぇってことさ」


「……持っている武器で……戦う?」


「そう。だって他人を見て羨ましがっても仕方がねぇだろ? 結局はさ、自分の才能を信じて、持っている武器で勝負するしかねぇんだよ。ないものはないよ。だからあるもので戦うんだ」


 そう言ってのけるおじさんに対して僕は、


「でも、実際そうだったとしても、それでも持っている武器が役に立たない、何の力もないものだった場合、どうすればいいんですか?」


 と、まるで子どもみたいなことを言った。


 するとおじさんは、「なんだ、そんなこと……」と言ってまた話し始めた。





「――そんなの、自分の武器が活かせる環境に自分の身を置けばいいじゃねぇか」





 おじさんはあっけらかんとそんなことを言う。


「ようは使い方と考えようさ。確かに兄ちゃんがさっき言ったみたいに才能にも格差はあるよ。でも、それならその才能が活かせる場所を作っていけばいいだけなんだよ。例えば、さっき話したのび太君だって、射撃の才能に特化して、警察官になることもできる。もし警察官になるのが難しければ、ユーチューブやツイッターでも使って、自分の価値を宣伝していけばいいのさ」


「でも、そんなことできないですよ」


「なんで?」


「だって、僕はそんなに立派な人間じゃないから……」


 僕は俯きがちに答える。


 ――キィンッ!


 おじさんは隣で漕いでいたブランコを急に止めて、僕の方を向く。


「大丈夫だよ、兄ちゃん」


「――?」


「兄ちゃんが思っているほど、世の中の人間はそんな大したもんじゃねぇよ。いや、厳密に言えば世の中の『大人』は大したことないというべきかな」


「大人が……大したことない?」


「そう、大抵の大人なんて大したもんじゃないさ。さっき言っただろ? 俺たち大人なんて、ようは社会に心おられたやつの集まりなのさ。だから、兄ちゃんにはみんな『普通なやつ』に見えるんだ。でも、そんなの大したやつらじゃない。自分のやりたいことをやり続けているやつの方が絶対すごいに決まってる。だから、そんなに恐がることはねぇんだよ――大人になるってことをな」


「そういうものですか?」


「そういうもんだよ」


 やはりおじさんは即答だった。


『神様が配られるカードは平等であるとは限らない。ただし、その手札でどう勝負するかは自分次第だ』


 よく覚えていないけれど、そんなことを言った哲学者がいたような気がする。きっと、おじさんが言いたいこともそういうことなのだろう。


 そんな風にどこかすっきりしたような気がしていると、


「じゃあな」


 そう言って突然おじさんは立ち上がって去っていった。


「あ、えっと……」


 僕は何も言えず、立ち上がることもできなかった。そして、そうこうしているうちに、おじさんの背中はすぐに見えなくなってしまった。


 コミュ障ここに極まれりといった感じである。


 ふと周りを見渡すと、先ほどのロリっ子が空いたブランコに乗ろうと走ってくるのを母親らしき人が必死に静止していた。そりゃそうだ。隣に僕みたいなあからさまな不審者がいれば親御さんも心配だろう。


 僕は、しばらくそのまま茫然としていたけれど、少し経って僕もブランコから立ち上がった。そして、ゆっくりと歩き出して公園を出る。先ほどおじさんが歩いて行ったのとは反対の方向へゆっくりと歩きだす。


 ――その一歩一歩は希望に満ち溢れていた……と思う。



004


「ご無沙汰しています」


 僕が久しぶりに公園にやってくると、そこにはいつか見たおじさんがブランコに座っていた。


「よう、兄ちゃんか」


 心なしか元気がなさそうにおじさんは挨拶を返した。


「本当に久しぶりですね。三年ぶりくらいですか」


「……ああ、そうだな」


 おじさんは僕と目を合わせず答える。


「おじさんのおかげで何とか社会で今も生きていけてますよ。その節は本当にありがとうございました」


「……恩を仇で返しやがって」


「え? 何か言いました?」


「うるせぇ、何でもねぇよ」


 おじさんが何か小さな声で言ったような気がするけれど、僕にはよく聞こえなかった……ような体をとる。


「……兄ちゃん、最近凄いじゃねぇか。このあいだもテレビで見たぜ?」


「ありがとうございます」


 僕は少し自慢げな顔を作って返す。




 あのとき、おじさんと話をした後、僕は数日間考えた末、一般企業に就職することを諦めて、現在通っている大学の大学院に進学することを決めた。


 その後、わけあって最近ではメディア等で取り上げられることも増えてきた。


「聞いたぜ、AIにオセロで勝ったんだろ?」


 そう、僕が世間に知られるきっかけとなったのはとあるオセロの試合がきっかけだった。


 それは、人間とAIがオセロで戦うというもので、当時、人間はその時点でもう十年以上前からAIには勝てなくなっていた。その中で、僕はAIに対して三試合を行い、――なんと全勝したのだった。


「でも兄ちゃんもすげぇよな。まさかAIに勝つために『自分が人工知能の研究者になる』なんてな。頭とち狂ってるよ」


 おじさんはそんなことを言う。


 そう。あの後、大学院に進学した僕は研究者への道を選び、人工知能に関する研究をしながら、その研究データをもとに戦略を立て、オセロという舞台でAIを倒したのだ。


「結局、AIも人間が生み出したものですからね。ようはどんな風に学習させたかが学術的に導き出せると、対策はできます」


 オセロに限らず、将棋やチェスなどのボードゲームではこれまで、AIに対する対抗策として、『人間らしさ』に目を向けていたけれど、僕はそれとは正反対の戦略を持ってAIに勝利した。その事実は世間的にはあまりに衝撃的だったようで、今では僕はメディア等に引っ張りだことなった。


「はぁ」


 おじさんはそう大きく息を吐くと、


「よかったじゃねぇか。自分の才能を活かすことができて」


 と、僕に笑顔を向ける。それに対して僕は、


「はい、おかげ様で!」


 とはっきりと答えた。


「……畜生、俺も負けてられねぇな」


 そう言うとおじさんはまた


「じゃあな」


 と言って、そそくさと歩き出した。そして、少し先に行ったあたりで携帯電話を取り出し、


『もう一回、あのAIのアルゴリズムを改良すんぞ。え? うるせぇ、ゴタゴタ言ってんじゃねぇよ! あんなクソガキに負けたままで終われるかよ』


 と言って、電話を切った。


 それを見て僕がにやりと笑うと、おじさんはこちらを振り向いて





「――次は絶対負けねぇからな!」





 と、大きな声で宣言して、また歩き出していった。


 周りにはまたひそひそ話している人妻たちとこちらを指さすロリっ子たちが目に入ったけれど、僕には全く気にならなかった。


 次におじさんの開発するAIと対戦することが楽しみで仕方がなかった。


 ――そうやって僕は子どものように、いつしか大人になっていった。

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