02.土御門 匠
「
「み、見かけてません」
学園前に湧き出た妖魔は、思いのほか数が多く、生徒では手に負えないほどであった。対峙していた男性教師が苛立ちの表情を見せつつ、己のやるべきことを行う。彼らは本来は、『退魔師』であるからだ。
「――破邪!」
長い数珠を両手で広げつつ、術の発動を行う。直後、光の波動が眼前に広がり、向かってくる妖魔を三体ほど一気に掻き消してしまった。だが、それは気休めに過ぎない。
「出現ポイントを探して封鎖しろ!」
「て、手が回りません!」
教師の傍には三人ほど、Aクラスの生徒が奮闘していた。普段『エリート』をひけらかす彼らではあるが、実戦経験がまだ追いつかずに足が震えているものもいる。
「ああ、クソ……
教師が思わず毒づきながら、自身の式神を呼び出した。どうやら彼が契約した相手は、妖の類であるらしい。今更、珍しい話でもない。
教師が立つ位置から両側に各5メートルほど、見えない壁が浮かび上がった。防衛がメインのようだ。
「動くなよ!」
教師は生徒と自身の式神にそう告げたあと、前に出た。出現ポイントを探すらしい。
「――センセ、悪ぃ、遅れちまった!」
そんな彼の頭上を掠めたものがあった。一瞬のうちに影が生まれそして消えて、数メートル先にその姿を見せる。
「……遅いぞ、土御門!」
「だからゴメンって……東側の対応に手間取った。こっちの目星は付いてるし、挽回する! 深影、灯影、出ろっ!」
「承知しました」
「パパッと片付けちゃいましょ」
教師の前に立つのは一人の青年であった。短い茶髪と黒の瞳。前は開けたままであるが白い学生服を着ているということは、Aクラスの生徒である。
その名を示すとおり、彼は特別な存在であった。
謝罪の言葉のあと、流れるような所作で二体の式神を呼び出し、それらを向かわせる。和風の球体関節人形を思わせる少女の姿をしているその式神たちは、慣れたようにして行動を展開した。
「我の声に応じよ、封ずる者!」
その生徒の声は大きく、張りがあった。
躊躇いも無く、的確だ。
走らせた少女二人が向かい合わせて立ち止まったあと、彼女たちの足元へその言葉は『術』を発動させた。
青白い光が膨らむようにして広がったあと、パァンと弾け飛んでから収束を始める。少女二人の切りそろえられた長い髪がふわりと同時に広がって、数秒後にはゆっくりと元に戻った。
「封印展開、及び妖魔殲滅……完了しました」
「それじゃ、吸収開始っと」
同じ顔の少女がそう言ったあと、事態はあっさりと片付いた。一人は黒髪でもう一人が金髪のその存在は、この学園内ではあまりにも有名であった。闇と光、陰と陽。まさにそれらを具現化した式神だ。
着ている服は和服が多いが、気分によりモダン柄のそれになったり、和洋折衷のロリータ服になったりと、日毎に様々であるようだ。
「毎度のことだが、鮮やかだな。さすがのエリートだ」
教師が服装を正しながらそう言ってくる。
「まぁ、それでこそAクラスって事で。誰かが模範見せねぇと、上辺だけの存在になっちまう。あ、あとで退魔符提出に回しときま~す」
受け止めた生徒は肩をすくめる仕草をしつつ、そんな言葉を返していた。
――
Aクラス二年の退魔師である。
そして、誰よりも秀でた凄腕でもあった。同じ名字を持つ浅葱とは、いとこ同士という間柄である。
「タクミ~終わったよ~」
金髪の少女がそう告げる。彼女の名は
彼女たちは二人で一つ。役目もしっかり別れている。深影が妖魔消滅を担当し、灯影がその影を吸収する。
「二人共、おつかれさん。戻っていいぞ」
匠はゆっくりと彼女たちに歩み寄り、そう言いながら交互に頭を撫でてやった。そこまでが、彼らの『戦闘スタイル』であった。
満足そうな笑みを浮かべたあと、少女たちは空気に溶けるようにして式神符へと戻っていった。
どのタイプの式神も皆、学園が支給しているこの符に収まることを定められている。例外ももちろんあるが、その事例は極わずかだ。
「んー……四神の誰か、暇なやつ~」
『そんな者はおりませんぞ』
匠の独り言のような言葉に、即座に返すものがいた。これが例外である一つだ。四方を守る、誰もが知る方角の神。四神と呼ばれるその存在を、匠は従えることが出来る。これは、土御門家の当主及び跡継ぎのみが可能とされる事であった。ちなみに中央を守ると言われる麒麟は『存在せず』とされている。
匠の声に反応し現れたものは、青龍であった。その他の三神は『暇』ではないらしい。
「……浅葱はどうしてる?」
『変わらず、一室で小さくなっておられます』
「そっか……どうしたもんかな」
『心の問題が大きいのでしょう。時間が解決するとは言え、彼には酷なだけでしょうな。お可哀そうに』
匠と青龍との会話は、小さな響きの中で交わされた。場を収めている教師とその他の生徒とはいつの間にか距離をとっていた彼は、妖魔が出現したことより、従兄弟の様子を気にかけているのだ。
彼は、浅葱の数少ない理解者でもあった。
ただでさえ『土御門』の重荷がある。それに加え、自分という存在と比べられることが茶飯事だ。
出来る限り、『優しい兄』のような存在でいてやりたいと思う。だが最近は、校内でも家でも本人に避けられてしまっている。
拒絶と畏怖と、謝罪の感情。
大げさなメガネのレンズの向こうには、常にその色を隠そうとはしない。
浅葱の憂鬱を誰よりも知っている。彼を笑わせたいとも思っている。それが出来ずに、空回りの日々だ。
「ちっさい頃は、笑えてたのになぁ……」
『主殿が諦めなければ良いだけのこと。めげずに声を掛けておやりなされ』
青龍は匠のボヤキに、そう答えてやる。そして彼は、静かに姿を消した。会話はそこで終了のようだ。
匠はそこで息を小さく吐き零してから、空を仰いだ。妖魔は排除できればそれでいい。彼にとってはそれ以上に難関なものは、浅葱という存在であった。
帰ったあと、半ば強引だとしても、今日は声を掛けてみよう。そんな事を思いながら、彼は教室へと戻るべく踵を返すのだった。
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