第47話 子守唄

「フィオ、大丈夫だった?」


「んー。なんか、変な感じ残ってるかも」


「――ゴメンね」


「いーよ。ふんっー!」


「う"っ」


「――はぁっ。こうするの好き」


「抱っこ好きだよね。あとオッパイ」


「……それは、ニアが何回も押し付けてきたせいだと思うんだけど」


「そうかなぁ――ねぇフィオ、あの呼び方もう一回やって?」


「ん? あぁ。どうかした? お姉ちゃん」


「んんー」


「ぐぇぇ」


「――ふぅ。もう色んな意味でお腹いっぱい」


「お姉ちゃんって、ちょっと呼びにくいんだよね」


「へっ?」


「いやだって、ニアって呼んだ方が短くて簡単だし」


「えぇー。お姉ちゃん呼びが好きなのになぁ。嬉しいのになぁ。呼んでくれないかなぁー」


「ニアって名前、好きだよ」


「ふ、ふーん。賢くなっちゃったねフィオ――あぁでも、すごい嬉しい。ありがとう」


「気分が乗ったらお姉ちゃん呼びしてあげよっかな。だから、いーっぱいわたしを喜ばせてね」


「あーぁ。欲張りになっちゃったなー」


「いひひ」


「いっぱいかぁ。これから大変そうね」


「――ねぇ。これからって、わたし達どうなるの?」


「うん? んー。何か心配なの?」


「……分かるでしょ? わたしは不老不死じゃないし、いつか死んじゃう。そしたらニアは、人喰い魔女に戻っちゃうでしょ?」


「……そうだね」


「じゃあやっぱり、最後にはさ。ちゃんとわたしがニアを、殺さないとダメなのかなって」


「……うん。ゴメンね」


「何か他にやり方ないの?」


「それは……無いのよ。ゴメン」


「――プッ。それ嘘」


「ん?」


「ニアが嘘つくときってさ、申し訳無さそうな顔していつも下を向くんだよ? それ分かり易すぎるよ。今まで何回か嘘ついたもん。覚えちゃうよ」


「いや、それは――」


「方法があるんだね。どうしたら良いかな? ねぇ、お姉ちゃん?」


「――フィオが一緒に、不老不死になってくれたら可能かな。ヘリクリサムの魔法を定期的にかければ……運が良ければいずれ魔力が尽きて、同時に死ねる」


「じゃあそれでいこう」


「いや、待って。本当に死ねるかどうか……それに不老不死なんて良いものじゃ無いのよ」


「何で? 良いよ。むしろ一緒にいれる時間がすっごい増えるもん。願ったり叶ったりだよね。何でも言うこと聞いてくれるんでしょ? お姉ちゃん」


「あぁもう、それは弱いのに――本当に、ワガママ」


「んむ、ぐるじい」


「苦しくない」


「――ニアはさ、やっぱり苦しいよね。人喰い魔女として生き返っちゃったの」


「……まぁ、人間をいっぱい食べちゃったしね。もう取り返せないもの。一千万人の命なんて」


「でも魔法はいっぱい使えるじゃん。その力でさ、それ以上に人を助けようよ。そうしたらいつかみんな許してくれるよ」


「そんなに簡単じゃないのよ。人間の命は重いし、私の罪は多すぎるから……」


「けど――」


「それに、私の魔法は誰かを傷付けたことしか無い。そんな優しい力なんかじゃないの」


「――でもほら、呑天みたいなさ、とんでもなく強い人喰いがまた出るかも。そういうのほっとく?」


「それは――倒しに行くけど。少しでも誰か助けないと」


「だよね。ニアはだって、すごく優しいもん。第二の魔女が出ちゃったらどうする? 助けられるの、ニアしかいないんじゃない?」


「――ふふ。フィオは本当に優しいね。でもね、いくらやったって罪は消せないよ。たとえ何百年そうしたって、間に合わないに決まってる」


「だから、わたしがずっと一緒に居てあげるってば」


「うん?」


「何百年で間に合わないなら、何千年でも一緒にいるから。足りなかったら一万年、まだ足りなかったら、十万年でも一緒に居るから」


「――フィオ」


「だから、いつか本当に楽になろうよ。皆がわたし達を許すまで、ニアが自分自身を許せるまで。わたし、いくらでも付き合うから」


「待って、もう」


「だってわたしは妹だから。ニアはわたしの、お姉ちゃんだから」


「ふっ――う。ああ。うああ」


「……涙、やっと見れた」


「うう……へぇ?」


「んーん、こっちの話」


「もぉ、何。ズズッ。企んでた?」


「ひみつー」


「もおお、もおお」


「んぐっ――だから、オッパイ押し付けるから、こんな子になっちゃうんだってば……」


「知らない。フィオが意地悪するからよ」


「ふふーん」


「――いいの? 私はこんなに罪を重ねた女なのに。あなたに貰ってばかりいる弱い人間で。こんな悪い魔法使いなんかとずっと一緒で、本当に」


「いいよ」


「私、ずっと間違いを繰り返して来たのよ。人を傷つける魔法しか使えない、人喰いの魔女なのよ?」


「いいよ。ずっと一緒に居ようよ」


「ふっ、ううう。うああ。あああ――」


「――お姉ちゃん」


「――」


「――」


「……フィオはいい匂いするね」


「ふぅん……食べないでね?」


「……」


「痛っ」


「――はぁっ。あーあ、泣いたら眠たくなっちゃった」


「わたし泣いてないから眠たくない」


「この子は――はいはい。もう遅いから寝ないとダメだよ」


「えぇー。あ、じゃあさ。お願い聞いてよ」


「いいよ。どんな?」


「眠れるまで、お歌うたって」


「歌?」


「うん、子守唄。ちゃんと眠れるまで歌ってね」


「んん……もう、しょうがないな」


「いひひ」


「じゃあ、いくよ」



 ニアの手が背中をさする。

 じんわりとしたものが伝わってきて、怖いものがこの世から全部消えてしまったみたいに思える。


 穏やかな歌がベッドに響く。

 音の透き通ったとっても上手な歌声は、小さい妹が寝付きやすいよう静かに奏でられる。

 それが耳を撫でて、人肌とはまた違う温もりが内側を満たしていく。


 もっと聞きたくて、でももう瞼が重たい。


 あぁ、今日の物語が終わっていく。

 次起きたら、どんな物語が始まるのだろう。

 まだ分からないけれど、きっとどんな絵本より輝くお話に違いない。


 楽しかったり、苦しんだり、戦ったり、救われたり。

 それを何度も繰り返し、いつかわたし達は許される。



 ニアはまだ間違えている。

 だって彼女は、悪い魔法使いなんかじゃない。

 わたしにたくさんの喜びを与えてくれた、そんな素敵な魔法をいっぱい持っているんだから。

 これまでだって、そしてこれからだって。

 今だってそう。


 人を傷つける魔法しか使えないと、彼女はそう言ってたけれど。そんな事は無い。


 今、わたしを包み込む『人喰い魔女の子守唄』には。

 少なくとも、優しい魔法だけが込められているのだから。

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