第4話 澱(オリ)
「フィオー? おーい、どうかした?」
ハッと我に返る。
ニアとの出会いを思い出すのに忙しくて、ボーッとしてたみたいだ。
「フフ、何かいいことでも思い出してたの?」
「……や、別に」
ニアに頭を抱かれて甘えてたこと、思い出してましたー。なんて、さすがに言えない。
ていうか顔が近い。なんか恥ずかしくなって、目を合わせてられない。
「ふぅん……。まっ、それよりも。腕はもう元通りだね。形だけだけど」
しばらく思い出に浸るのに忙しくて忘れかけていたけど、そういえば魔法で歪ませた腕を治しているところだった。
「うーん? あー。やっぱり、これ残っちゃうなぁ……」
ニアの言う通り形は戻っていたけれど、肌の色が違う。元の、うっすら赤みがかる白い肌じゃなく、ほくろの黒と打撲の紫が混ざった、毒のような色がマダラ状に浮かび上がってしまっている。
ヒズミの魔法を使った後はいつもこうなる。ニアが言うには、魔力が制御できてないせいとか、なんとか。
「これ、痛いんだよね……」
えーっと、このマダラ。ニアはなんと呼んでいたっけ?
「やっぱりまだ、澱が出ちゃうんだねぇ」
「あーそう。"オリ"だ。呼び方いつも忘れるんだよね」
「フィオもけっこう練習してるんだけど、魔力をキレイに保つやり方って、頭で考えてできるものでもないから」
「はぁー……。むずかしそう……」
このオリとやらが残って楽しいことは一つもない。
マダラになった肌の辺りは鈍い痛みがあるし、力も入らなくなる。なにより見た目も気色悪いし、ほんと大嫌いだ。
「これって結局なんなの? オリとか前も言ってたけど、いまいちよくわかんないんだよねぇ」
「うーん、魔力の残りカスね、つまり。普通の魔法使いなら、自然と処理されていくのだけど、フィオの場合、魔法について全部忘れちゃってるから。魔力を消費した後に出る残りカスが、うまく流れ出ていないみたいなのよね」
「うまく流れ出ていない、って言われてもさぁ。これって意識してどうにかできないの?」
「それが難しいのよねぇ。フィオって、自分で考えて尿が作れるわけじゃないでしょ? 澱も同じように、身体から自然に流れて消えてしまうものだけど、それが出来ないんだから問題ね」
「ふーん、ン?」
ちょっとまて。今聞き捨てならないことをニアが言った。
尿がどうとか聞こえたぞ。つまりなに。今わたしの身体にはオシッコみたいな汚いのが残っていて、それが溜まってアザのように浮き上がっているという。そういうこと?
「えぇーーー!? これってじゃあメチャクチャ汚いんじゃないの!? ねぇやだー! ニアわたしこれイヤー!」
「例え話だから、実際フィオの身体に汚いのがあるわけじゃないのよ。あ、いやでも、澱も溜まれば身体に毒なわけだし、似てると言えば似てるのか……」
「ちょっと、なんにもフォローになってない! なんか気持ち悪くなってきた! 今すぐ消し方教えて! はやくー!」
「こうなるから、勝手に魔法を使ったり、花園から出ちゃダメだよって言ったのに。次からはちゃんと私に断ること。いーい?」
「分かったからぁー!」
改めて約束させられた。外出どころかもう二度と魔法も使わない。絶対。ニアの特訓でも使わないから。今日で魔法先生ニアからは卒業だ。
「魔法の特訓の方はちゃんとしてもらうけど。まぁ、だからお姉ちゃんがいつも治してあげてるでしょ? ほら、今日もやってあげるから」
来た。わたしの一番キライな時間が。
ここで暮らしはじめて三日だけど、アレだけは慣れない。
「…………アレかぁ。やっぱりアレやらないとだめ?」
「もちろん。今日は特に澱の量が多いから、ほっといたら身体にどんな悪いものが出るかわからないよ?」
うわぁ。どっちもやだなー。なんとか避けられないものか。
「あそだ。ねぇ。手でやるとかじゃダメなの?」
「手? うーん、できないかなぁ。どうして? 口でやるのに何か問題ある?」
「いや、別に、そんなこと無いんだけど……」
「私も、口で舐めて取り込む方法しか出来ないかな。手でやると皮膚が邪魔だもん。それに、澱でもなんでも、身体に取り込むって言ったら、口からやるのが一番イメージしやすくて」
その方法でしか無理だと言われたら、反論できなくなるけど……。嫌なものは嫌だ。言い訳を出そうとしても、口先は尖ってモゴモゴ言うだけでまるで役に立たない。
「……フィオが嫌がるのも分かるけどね。身体から無理やり澱を吸い出してしまうんだから、どうしても痛い思いをさせちゃうし」
それも、ある。本当に痛いのだ。アレは。
うすく肌を切って、さらにそこから無理やり血を吸い出されたら、きっとああいう痛みになると思う。実際にされたことはないけど。
「でも、他にやり方が思い浮かばないんだもん。私が、フィオの澱を口で舐め取って飲み込んで、私の方の身体で自然に処理させる。これなら今すぐでも治せるから」
「んあぁぁんんん……。やーだー…………」
何が嫌かって、ニアは単純に、アレが痛いから嫌がってると見てるようだけど、それだけじゃない。
だって、身体をニアの舌に舐められるなんて。いくら女同士でも、そんなのは恥ずかしいに決まってる。これはわたしが意識しすぎてるだとか、そういう問題じゃないはずだ。
ニアはそこんとこ大人で、治療かなにかだとして割り切ってるみたいだけど。
その態度も含めて、わたしはこのオリを舐め取る治療が嫌いなのだ。
「はいはい、もう駄々こねないで。お姉ちゃんだって楽しいわけじゃないんだから。今日はいっぱい澱が溜まって大変でしょ? 右腕とあと、身体のどこかにも出てるんでしょ? 隠しても分かるからね」
うぅ、やっぱりか。やっぱり今日も、そうなるのか……。
また、観念するしかないのか。すでに恥ずかしさで顔が熱くなってきてる。赤くなっているのはバレてないよね? あぁ、ツライ……。
「安心しなさいフィオ。お姉ちゃんなるべく痛くないように終わらせてあげるから。それじゃ、お洋服脱いで」
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