人魚の眠り姫
成上
眠り姫は
あるところに、好奇心旺盛な人魚の男の子がいました。彼は毎日あちこちを冒険していましたが、とうとうどこも泳ぎ尽くしてしまいました。
消えない好奇心を持て余した彼は、うんと考え、まだ行ったことがない場所を思いつきます。『海の上』です。海の中でしか呼吸のできない人魚にとって、海の上は未知の世界なのです。かろうじて知っているのは、「ニンゲン」という尾ビレが二つに裂けて鱗がない生き物がいることと、「ソラ」という青にも赤にも黒にも変わるものがある、ということぐらいです。
人魚の男の子は大きな期待を抱いて海の上へと向かいました。
***
人魚の少年と人間の少女は仲良くお喋りをしていました。海の上へ向かったその日に出会った種族の違う彼らは、しかしその壁を超えてみるみる内に仲良くなったのです。より近くで喋れるように岩場に移動するほどには。
「その尾ビレに感触はあるの?」と少女が尋ねれば、「ああ、もちろん」と少年はそれを少女に触らせました。
「キミの尾ビレは尾ビレで合ってるの?」と少年が尋ねれば、「いいえ、『アシ』って言うのよ」と少女はパタパタと裸足の両脚をバラバラに動かし、その違いを見せました。
毎週彼らは言葉を交わし、他愛もないことを話しました。
「ボクは寝物語にキミたちのことを聞いていたよ」
「ヘェ、そうなの? 面白いわね、私の寝物語もあなたたちのことだったわ。──でも一番好きだったのは『眠り姫』だったなー」
「眠り姫? ねぼすけなお姫様なの?」
「ううん。呪いにかかって永遠に眠り続けるお姫様が、王子様のキスで目を覚ますの」
「ふぅん……」
少年も自分のことを話しました。
昨日海底であったこと、いつか見た面白い落し物、昨日遊んだ愉快な友人たちのこと。
「それでね、」
少年は手を大袈裟に動かしながら少女に語りかけます。少女はケタケタと笑いながら、少年の話を聞いていました。
「いいわね。あなたの故郷はすごく楽しそうだわ! 私もいつか見てみたいわ」
その言葉は、少年にとっては願ってもないことでした。キラキラとした笑顔で少年は言います。
「来ればいいじゃないか! 早速行こう!」
少年は繋いでいたその手を強く引き、彼女を自らの故郷へと連れて行きます。自分の大好きな人に早く見せてあげたくて。思ったより美しくなかった空と違って息を呑むほど美しい自分の故郷を。
早く早くと、人魚は彼女を振り返ることなく海底へと向かいました。
「着いたよ。ここが僕の住むところ! ──どうしたの?」
振り返ると彼女はいつものような元気はなく、黙りこくっていました。
それもそうです。陸で生きる人間が、海で息などできるはずがないのですから。
死んでしまったのです。
ですが、人魚にとっては不思議でなりませんでした。自分が息ができない陸で生きているのだから、当然海でも息ができると思ったのです。
だから彼はふわふわと海を漂う彼女の手を引き、自宅へと向かいました。そしてベッドを作ってやり、そこに寝かしつけてやりました。
「ねえ、どうしたの? 起きてよ」
彼女の髪を撫でてふと、思い出したのは彼女の一番好きな童話でした。
チュ、と触れたその唇はやけに冷たく感じました。
「……起きないじゃないか」
今も彼は、彼女が起きるのを待っています。
人魚の眠り姫 成上 @Nai9
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