5-21 遭遇 (1)
クルミの探索能力は的確だった。
クルミが飛び出した場所の雪を除け、地面を掘り、ミサノンの根を掘り出す。
それにハズレは一つもなく、私たちがミサノンを探す手間はゼロ。
凍った地面を掘るのに少し手間取ったぐらいで、四人で取り組めば一日足らずで必要十分なミサノンの根を確保することに成功した。
そうなればもう寒い冬山にいる必要もなく、帰途を急いだ私たちだったが――。
「何事もなくは、帰れないですか……」
「どうした、店長殿。何かトラブルか?」
「はい、残念ながら」
往路は吹雪で数日足止めを食っただけで、これと言った問題はなかったのだが、復路、
私の探知魔法に引っ掛かる、これまでとは明らかに異なる反応。
それが何かなど、言うまでもない。
「たぶん、
「やはりか! 避けることは可能か?」
「攻撃したわけじゃありませんし、普通なら森に逃げ込めば追ってこないんですが……」
現在私たちが歩いているのは見晴らしの良い雪原。
雪の上を滑るように移動する
「つまり、迎え撃つしかないってことね」
「そうですね。雪洞を掘って隠れる方法もありますが、見つかると叩き潰される危険があります。逃げることもできずに」
その光景を想像したのか、アイリスさんが即座に首を振る。
「却下だな。それならば、戦う方が余程良い。――店長殿もいるしな」
期待が重い。
言っておくけど、私、錬金術師。戦うのは専門じゃないからね?
そりゃ、必要なら戦うけれども。
「できれば、アイリスさんたちに期待したいですね~。あ、来ますよ」
そう言って私が指さした直後、小さな丘の向こうから
それを見た瞬間、ロレアちゃんの口があんぐりと開いた。
そして、私の腕に縋り付くようにして声を上げる。
「サ、サラサさん! 大きすぎませんか!?」
「
その程度なら、わざわざ警告もしていない。
「いや、それにしても! サラマンダーより大きくないか!?」
形としては、巨大なカミキリムシだろうか。
長い触角に鋭く丈夫そうな顎、体は全体的に細長く、そこから生えた六本の長い脚の先は少し平らになっている。
体色は金属光沢を伴い、やや緑掛かった七色に輝いて、真っ白な雪原では非常に目立っていたが、まるで敵などいないと主張しているようにも見える。
だがそれも当然かもしれない。
足の一本ですら、私の身体以上の大きさがあるのだから。
「でも大丈夫です。サラマンダーほど強くないですから」
「比べる物じゃないわよ!? それに……
ケイトさんが指摘した通り、その全身が見え始めた
本当なら走り回る、と言いたいところだけど、おそらくは私たちのような
その速度は決して速いとは言えなかったが、それでも何とか逃げられているのは、余程体力があるからだろう。
「採集者でしょうか?」
「う~ん、それにしてはちょっと違和感が……」
ヨック村の採集者はこの辺りに来るという話は聞いていないけど、大樹海周辺にある村はヨック村だけではない。
だから他の村から来た採集者が、この山にいてもおかしくはない。
おかしくはないんだけど、私が違和感を覚えたのはその人数。
一般的な採集者のパーティーは六人程度までなのに、
サラマンダーなど、特定の魔物の討伐を目的とするなら大人数を動員することもあるけど、その対象に
人里に下りてくることはないので危険性は低いし、得られる素材の価値も危険性に見合うほどではない。
そもそも素材が必要ならば、雪深いこの時季を選ぶ必要性なんてほとんどなく、雪が溶け始めて
「……こちらに近付いてくるな」
広い雪原の中で、何故かこちらに向かって逃げてくる人たちと、それを追いかける
更には、「助けてくれーーー!!」という叫び声まで聞こえてきた。
「……怪しいわね」
「ですよね?」
「えぇ!? そうなんですか?」
「ロレアちゃん、助けを求めてくる人が善人とは限らないんだよ?」
例えば街道で立ち往生している人がいたとして。
親切心を出して手助けしようとしたら盗賊の罠だった、なんてこともあるのだ。
自分たちで身を守れる私たちはともかく、戦えないロレアちゃんに、安易に近付かせることは到底容認できない。
「本当なら、ここから強めの魔法で攻撃するのが安全なんですが……」
問題は魔法の余波を、周囲にいる人たちが受けかねないこと。
それを上手く回避できても、雪崩が発生してそれに巻き込まれる危険性もある。
「安全性を考えれば同意したいところだけど、敵味方不明の状態でさすがにそれは……」
「やっぱり?」
難色を示すケイトさんと、その横でコクコクと頷いているロレアちゃんを見ると、さすがに強行もできない。
明確に盗賊だったなら、遠慮する必要もなかったのに……ちょっと残念。
まぁ、雪崩の方は私たちにも影響が及びかねないから、どちらにしてもあまり強力な魔法は使えないんだけど。
「警戒しつつ、
「ですね。――見殺しも寝覚めが悪いですし」
私たちの安全を最優先するならそれも選択肢の一つだけど、ハラハラしながら見ているロレアちゃんの前では、ちょっと選びづらい。
あ、一人触角に弾き飛ばされて、雪に埋まった。
あんまり余裕はなさそうだね。
ロレアちゃんを除く私たち三人は顔を見合わせて頷くと、武器を構える。
そして、ケイトさんが矢をつがえると同時に、アイリスさんが警告を発した。
「お前たち、それ以上近付くな! 左右に逃げろ!」
その言葉が終わると同時に放たれる矢。
標的は駆け寄ってくる人――ではなく、
ケイトさんの矢は狙い違わず左の触角、その先端から三分の一ほどの場所に突き刺さり、
だが、ケイトさんはその声ではなく、結果に顔を顰めた。
「くっ、この弓でも射切れないの?」
サラマンダーとの戦いの際、弓がまったく効かなかった反省から、ケイトさんの弓は私の手によりちょっとだけバージョンアップして、魔力を込められるようになっている。
その効果はというと、込めた魔力の量に応じて弓の復元力が増して――簡単に言えば、引く力はそのままに、消費魔力に比例して矢の速度がアップする。
ただコストの問題から、ケイトさんが元々使っていた弓をベースとしているため、残念ながら込められる魔力には限界がある。
それでも二倍ぐらいの速度は出ているはずなんだけど……結果はご覧の通り。
突き刺さりこそしたものの、残念ながら触角を断つまでには至っていない。
「突き抜けてはいますから、威力を上げるには矢の方を変えるべきかもしれませんね」
「うぅ、コストが……」
私の指摘に、ケイトさんが情けない表情を浮かべる。
サラマンダーに使った氷結の矢は別格としても、特殊な矢はそれだけコストが掛かる。
使用後に回収したとしても、
金銭的に余裕がなければ、おいそれと使用できる物ではない。
「その際にはご相談に乗りますよ――っ、来ますよ!」
矢が当たった直後は触角を振り回してもだえていた
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