5-20 冬山 (2)

 そんな比較的のんびりとした道程が一変したのは、翌日の昼過ぎのことだった。

 にわかに辺りが暗くなり、冷たく強い風が頬を突き刺す。

 空を見上げれば、黒い雲が覆い被さるようにかかり、そこから白い物が落ち始めていた。

「これは……急いで風を避けられる場所を探しましょう」

「そうだな。だが店長殿、風を防ぐ錬成具アーティファクトも用意しているんだよな?」

「ありますが、風が強ければ強いだけ、魔力を多く消費しますからね。できるだけ安全な場所にテントを張るに越したことはありません」

 今回私が用意したドーム・シェルターは、一定以上の速度でぶつかる物――魔物以外に、風や雪なども防ぐことができる物。

 魔力で障壁を生み出すため、コンパクトで手軽に設置できる利点はあるものの、物理的な壁がない分、魔力消費が大きいという欠点もある。

 そしてその魔力消費は、障壁で遮断する物が多ければ多いほど大きくなる。

 普通の人よりも魔力が多い私だけど、無尽蔵ではないわけで、いつ天候が回復するか不明な以上、節約できるところでは節約しておくべきだろう。

「それはそうね。何処か、目星はあるの?」

「はい。地図によると、少し先に――」

 そんなわけで、やや足を速めた私たちは、なんとか視界が利くうちに風を避けられそうな岩陰に到着、そこで野営の準備を整え、テントの中に引きこもったのだった。


 夕方から完全に吹雪になった天候は、白い闇の中に私たちを閉じ込めた。

 ドーム・シェルターのおかげでテントの周りに雪が吹き込むことこそなかったものの、ごうごうという風の音と、日が昇っても真っ白で何も見えない周囲の景色はロレアちゃんを不安にさせたが、同じように慣れていないはずのアイリスさんとケイトさんは、予想外に平然としてた。

「洞窟で遭難したときと比べれば、ずっと安心だ。なんと言っても、店長殿がいるからな!」

「そうね。ここから動けないだけで、食事の心配もないし」

 とは、二人の言。

 信頼してくれるのは嬉しいけど、私だってここまでの悪天候は初めてのことだし、絶対に安全とは言えないんだよね。

 まぁ、おそらくは大丈夫だと思うし、この場から動けないことを除けば、実はそこまで不便でもない。

 この気温だから生肉や生野菜が腐る心配は不要。

 小型の魔導コンロもあるから、ロレアちゃんに美味しい料理も作ってもらえる。

 組み立て式簡易トイレもテントの横に設置しているので、寒ささえ我慢すれば、下の方も問題ない。

 一番の懸念は、することがなく、暇なこと。

 数日程度ならまだしも、狭いテントで四人、何十日も無為に過ごせばストレスが溜まる。

 吹雪が長期間続くようなら、そのあたりも何か考えないといけない。

 ――と思っていたんだけど、幸いなことに、三日目の朝にして雲間から日が差し始め、昼になる頃には青空が広がっていた。

 再び吹雪き始めては堪らないと、手早く撤収を行い、目的地へ向かった私たちだったが、幸いなことにその後は特に足止めされることもなく、無事に目的地まで辿り着いたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「皆さん、やりました! ついに到着しました! ここがミサノンの生育地です!」

 代わり映えのしない雪景色を眺め、ただ歩き続ける刺激の足りない毎日。

 そこに少しでも変化をと、私は大袈裟に両手を広げ、その場所を示した。

 しかし、そこを眺めたアイリスさんたちは、やや困惑したようにこちらを振り返る。

「……店長殿、なにもないのだが?」

「そうなんですよね。――先日、雪が降ったからでしょうか?」

 広がるのは一面の銀世界。

 数日前にやってきた吹雪は大量の雪をこの山に齎した。

 結果、ミサノンの生育地であるはずのその場所は、地面は疎か、植物の痕跡すら見受けられないほどに深く雪が積もっている。

 試しに棒を突き刺してみれば、その深さは一メートル以上。

 場所的には間違っていないはずだけど……雪を軽く除けて探す、というのは厳しそう。

「不幸中の幸い、氷になっていないのは救いでしょうか」

 気温が中途半端に上がったりすると、ガチガチの氷になってしまったりするんだけど、ここしばらくはかなり寒い日々が続いてるからか、積もっているのはさらさらの粉雪。

 ツルハシの準備は必要なさそうだ。

「でも、雪は多いわよ? さすがに闇雲に探すのは勘弁して欲しいんだけど……」

「仕事だから、やれと言われればやるが……時間はかかりそうだな。店長殿、普通はどうやって探すのだ?」

「枯れた茎が雪の中から出ているんですよ、普通は。それを折って匂いを嗅げば、ミサノンなら刺激的な、ちょっとスッとするような香りがするんです。――まぁ、その草丈以上に雪が積もると、ご覧の通りなのですが」

 資料に依れば、細い棒をさしたように茎が見えているはずなんだけど、そんな物、一切なし!

 目の前に広がるのは、とてもなだらかで真っ白な雪原である。

 積雪が多い地域では、夏場にミサノンの生えている場所を確認しておいて、目印として長い棒を突き刺しておくみたいだけど……必要になるとは想像してなかったからねぇ。

「店長殿、魔法で雪を溶かしたり、爆発で吹き飛ばしたりはできないのか?」

「できないとは言いませんが――」

「さすがサラサさんです!」

 ロレアちゃんが目を輝かせるが、私は慌てて首を振る。

「いや、やらないからね? そんなことしたら、雪崩が起きるから」

 雪山での大きな音は厳禁。

 爆発系の魔法は使えないし、爆発を伴わない高温でも、急激に雪を溶かしたりすれば何が起きるか。

 私だけならまだしも、ロレアちゃんたちがいる今の状況でそんな危険は冒せない。

「じゃあ、茎が見えるぐらいまでは除雪するしかないですね。頑張りましょうか、皆さん」

 ロレアちゃんが両手をグッと握り、笑顔を見せる。

 その様子に、私たちは顔を見合わせて頷く。

 雪かきは面倒だけど、一番年下のロレアちゃんがやる気を見せているのに、いつまでも不満を口にしていられない。

「そうだね」

「そうだな」

「そうね」

「がうっ!」

 更にはクルミまで、ロレアちゃんの背中で立ち上がり、胸を張って声を上げる。

「――って、さすがにクルミができることは」

「がうがう!」

「あっ!」

 否定するように首を振ったクルミはぴょんと雪の上に飛び降りる。

 だがそこはふわふわの雪。

 雪山靴スノー・ブーツを履いていないクルミはそのままズボッと埋まり、姿が見えなくなった。

「ク、クルミ? 大丈夫?」

 掘り起こしてやるべきか、と地面に手を伸ばした次の瞬間、雪の下を『ずもも!』と何かが動く――いや、クルミだけどね?

 クルミはそのまま数メートルほど移動したところで止まると、盛大に雪を吹き飛ばして飛び出してきた。

 が、着地地点も柔らかい雪、再びズボッと姿が消える。

「クルミ、遊びたかったのか?」

 不思議そうに言ったアイリスさんの言葉に、ケイトさんが苦笑を浮かべる。

「さすがにそれは……いえ、よく考えたら、クルミの性格にはアイリス成分も含まれてるのよね? あり得ないとは――」

 途中から懐疑的な表情になったケイトさんに対し、アイリスさんが不満そうに口をへの字に曲げた。

「いや、さすがに仕事中に遊んだりはしないぞ私は!?」

「さすがにそれはないと思いますが……」

 私はクルミが埋まった穴の場所まで行き、手を突っ込んでクルミを抱き上げる。

「それで、どうしたの?」

 私がそう尋ねれば、クルミは「がうがう」と最初に飛び出してきた穴を示した。

「見ろということかな?」

「えっと……あ、サラサさん、ここ、何か生えてますよ!」

「え、本当?」

 ロレアちゃんに手招きされ、私たちがその穴を覗き込めば、そこには細長い棒のような物が……あ、これってもしかして!

 その先端をちぎって匂いを嗅いでみれば、そこからは特徴的な刺激臭。

「これ、ミサノンです!」

「なんだと! つまり、クルミはこの雪の下にあるミサノンを見つけられるのか!?」

「がう!」

 私の腕の中で自慢げに胸を張るクルミに、アイリスさんたちの視線が集まる。

「店長さん、錬金生物ホムンクルスにそんな機能――いえ、能力があったの?」

「特にそういうことは……。クルミだと、人よりも嗅覚が鋭いですから、不可能ではないのかもしれませんが」

 むしろ私としては、命じるでもなくクルミが自分で行動してミサノンを探したことに驚いている。

 時々家の中を散歩しているところを見かけるけど、基本的に錬金生物ホムンクルスは受動的なもの。

 勝手に行動するなんてことは、あまり聞いたことがない。

「クルミ、他にも見つけられるか?」

「がう!」

 アイリスさんの問いに、クルミはそう応えるなり、私の腕からダイブ。

 雪の中をズバババッと泳ぎ、数メートル離れた場所で再び「がうっ!」と飛び出す。

 すぐにそこにケイトさんが駆け寄り、雪の中を確認する。

「店長さん、ここにもミサノンが生えているわ!」

「凄いです、クルミ! 可愛いだけじゃなく、こんな能力まであるなんて!」

「がぅ~!」

 今度はロレアちゃんがクルミを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめれば、クルミは照れたように両手をパタパタ。

 でもね、ロレアちゃん。

 可愛いのが副次的で、いろんな能力があるのが錬金生物ホムンクルスだからね?

 ――この能力は、私も予想外だったけど。

「でもこれで、予想外に早く目的が達せられそうですね。それでも雪の中で掘るのは大変ですが……頑張りましょう。王族からの依頼ですからね!」

「「「おー!」」」

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