5-18 帰還と準備 (2)

 必要な素材が集まったことで、私は翌日から急いで錬成具アーティファクト作りに取り掛かった。

 まずは防寒着。

 羊の毛皮に下処理を施して防寒性能を高めた後、それをコートの形に裁断。

 縫製作業の方はロレアちゃんやケイトさんたちに任せ、私は次の作業に移る。

 氷上でも滑らず、雪上でも足が埋まらない“雪山靴スノー・ブーツ”。

 薄手で指の動きを妨げないのに氷点下でもまったく冷たくない“雪山手袋スノー・グローブ”。

 防風、防眩機能付きの“雪山眼鏡スノー・グラス”。

 それらが完成したら、縫い終わったコートにも暖房の機能などを追加して。

 すべてを装備すれば、息すら凍るような場所でも普通に活動できるようになる。

「それから、忘れちゃいけない日焼け止め。女の子だからね、私たち」

 雪山って、想像以上に太陽の照り返しが強いんだよね。

 一日程度ならまだしも、雪山で何日も過ごしていると、日焼け止めなしでは顔が真っ赤になるし、雪山眼鏡スノー・グラスがなければ視力にまで問題が出てくる。

「戦闘があることを考えれば、“耳当てイヤーマフ”も必須だよね」

 防寒だけを考えるなら、防寒着のフードをすっぽりと被ってしまえば良いんだけど、そうすると視界が狭まるので何かに襲われたときに危険。

 その点、耳当てイヤーマフなら視界を遮らずに寒さから耳を守れる。

 もちろん、錬成具アーティファクトなのでそれだけではなく、吹雪の中でも風の音を軽減し、周囲の音を聞こえやすくする機能まで付いている。

 これの有無によって、危険度はかなり違うだろう。

「天候が荒れたときのこと考えれば、フローティング・テントを守る“ドーム・シェルター”も必要だし、寒さから身を守る“防寒寝袋”……あぁ、フローティング・テント自体の暖房性能も高めないと……」

 色々なことを想定すると、必要な道具なんていくらでも思い浮かんでしまう。

 だからといって、それらをすべて作るわけにもいかず、取捨選択。

 必須な物から作っていき、余った素材でできる限りの危険に備える。

 それでもレオノーラさんのおかげで、錬成具アーティファクト錬成薬ポーションの数はかなり多く。

 それからの数日間、私は昼夜問わず仕事を続け、持ち運べる限界ぐらいまで錬成作業に邁進したのだった。


    ◇    ◇    ◇


 その日、私たち四人はお店の前に集合していた。

 身に着けているのは、ここ数日で私が作製した、防寒装備一式。

 私の錬成でよりフワフワ、モコモコ、真っ白で綺麗になった羊の毛皮で作られた防寒着を着た私たちは、ある意味、羊よりも羊っぽい感じ?

 染色しても良かったんだけど、私たちが行くのは冬山。

 目的地付近、特に滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードが生息している辺りに雪が積もっていることは確実。

 カモフラージュのためには、真っ白の方が都合が良いのだ。

 唯一、白くないのはクルミ。

 防寒装備はないけれど、そこは錬金生物ホムンクルス。人間の耐寒能力とは比較にならない。

 今回クルミは、ロレアちゃんの護衛として同行することになっている――たぶん、必要ないけど、置いてもいけないしね。

 主な役割はカイロ代わりかな? 持っているとかなり温かいしね。

「さて、皆さん、準備は良いですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「いつでも」

「はい!」

「がう!」

 みんなから揃って、良い返事が返ってくる。

「それじゃ、出発! ――の前に、一応確認。ロレアちゃんはダルナさんたちに挨拶してきたんだよね?」

「はい、もちろんです。余裕をみて『順調でも一ヶ月、状況次第では春まで留守にする』と伝えておきました!」

「用意周到すぎる!? いや、さすがに春まで山で過ごすようなことは……たぶんないよ?」

 言葉の途中で自信を失った私を見て、ケイトさんが笑う。

「そこはもうちょっと断言しましょうよ、店長さん」

「可能性は低いですが、ゼロじゃないですから。計画的に遭難する人なんていませんし」

 計画的なら、それは遭難じゃない。

 ただの冬山キャンプである。

「そもそも、そんなこと言って、ダルナさんは何も言わなかったの?」

「ちょっとは驚いてましたけど、サラサさんと一緒なら大丈夫だろう、と」

 ダルナさんの信頼が重い!

 いや確かに、万が一の際には春まで生き残れるだけの準備はしてきているけれども!

 そのために何日も夜更かししたけれども!

「まぁ、大丈夫だろう。なんと言っても今回はノルドがいないのだからな!」

 そうどこか嬉しそうに断言したアイリスさんだったが、考えるように暫し沈黙、私の方を窺う。

「……大丈夫、だよな?」

「大丈夫です! ノルドさんと一緒にしないでください。私は安全優先、その次に研究ですから!」

 安全と研究成果、そのギリギリを攻めたりはしない。

 特に、自分一人じゃないときには。

「心配しなくても大丈夫よ。だって、ロレアちゃんがいるんだから。店長さんも無茶はしないわよ」

「ふむ、それもそうか。ロレアは私たちの命綱だな」

「だから、大丈夫ですって!」

 二人が私のことをどう思っているのか、小一時間、お話をしたいところ。

 まぁ、あの遭難を経験して、研究者やそれに類する人たちが微妙に信じられなくなったんだろうけど。

 それもこれも全部、ノルドさんの所為。

 私の普段の行いは、きっと関係ない。


 家を出発して数日、しっかりと準備してきた錬成具アーティファクトとロレアちゃんの作る美味しい料理のおかげで、あまりストレスを感じることもなく歩き続けた私たちは、森を抜けて山にまで到達していた。

「ここまでは順調ね」

「はい。ですがまだまだ序の口ですよ」

「ここからが本番か」

「いえ、まだ中盤。本番はこの山を越えて、次の山、本格的な雪山に入ってからですね」

 今回の目的地はサラマンダーが生息していた――いや、現時点では再び生息するようになった山の、更に北に位置している。

 冬なので、この辺りの山にも少しは雪があるけれど、それは本当に『ある』というレベル。少しばかり足下が緩く、歩きにくいだけでしかない。

 天候次第で雪が積もることもあるけれど、今回行く場所のように、秋口から初夏近くまで雪に閉ざされるような所とは根本的に違う。

「ロレアちゃんは大丈夫かな?」

「はい、これぐらいなら全然問題ありません。私も鍛えてますから!」

 そうなんだよね。

 実家は雑貨屋のロレアちゃんだけど、農家のご近所さんを手伝って農作物を貰うことも間々あったため、都会育ちの萌やしっ子とは体力が違う。

 ウチのお店で働くようになって農作業とは距離を置いたけど、最近は魔法の練習も含め、アイリスさんたちと一緒にトレーニングをしているため、体力が衰えるどころかより鍛えられ、なかなかの健康優良児っぷりを発揮している。

 その頑健さは、ここに至るまで一度も弱音を口にしていないほど。

 もちろん、ロレアちゃんの我慢強さがあってこそだとは思うけどね。

「そっか、なら良いんだけど、キツくなったら遠慮せずに言うこと。無理しても、後が続かないからね」

「解りました」

「アイリスさんたちは……大丈夫ですよね?」

「店長さん、そんな風に言われたら、無理とは言えないわよ」

 確認する私に、ケイトさんは苦笑を浮かべる。

 確かに訊き方が悪かったかもしれないけど、二人に関しては普通に問題なさそうに見えただけで、他意はない。

「ケイトさんたちは時々魔物と戦っていますし、無理なら無理と言ってくれて良いんですよ? 持っている荷物の量も、ロレアちゃんより多いですし」

「そうです。私は歩いてただけですから!」

「気遣いはありがたいが、今のところは問題ないな」

「あんまり敵も出てこないし。――夕飯のおかずが一品増える程度、だったわね」

 温かい時季に比べると、魔物の活動も低下しているのか、サラマンダーを斃しに行った時と比較すれば、明らかにその遭遇数は少なかった。

 たまに出てきても大して強い魔物ではなく、私が手を出すまでもなくアイリスさんたちによってあっさり斃され、可食部はロレアちゃんの手により美味しい夕食に、それ以外は私の手により、素材へと変わっている。

「それじゃ、山に入りますが……無理は禁物です。少しでもキツいと思ったら、必ず言ってください」

 再度念を押し、私たちは山へと足を踏み入れた。

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