017 調査遠征 (3)

「ふむふむ、やっぱりヘル・フレイム・グリズリーはいないんだね」

 防熱装備に変更してしばらく。

 溶岩トカゲが生息している辺りまで到達したノルドラッドは、メモを片手に周囲を観察したり、泥濘の温度を測ったり、錬成具アーティファクトで周囲に漂う空気を測定したりと、精力的に調査を行っていた。

 アイリスたちは護衛としてその周囲に立っているが、前回来たときと同様、溶岩トカゲが積極的にアイリスたちに襲いかかってくることはなかった。

 ここにいたのがヘル・フレイム・グリズリーであればまた別だったのだろうが、サラサがサラマンダーを斃してそれなりの日数が経過しているにもかかわらず、少なくともアイリスの目で見た限り、周辺の生態系に変化は見られなかった。

「店長殿曰く、追い出されたのだろう、と。そのおかげで、村が襲われたのだが」

「村が襲われるかはともかく、溶岩トカゲによってヘル・フレイム・グリズリーなど、他の魔物が行き場を失うのはよくあることみたいだね。前回の調査地でも、サラマンダー周辺にいたのは、溶岩トカゲだったし」

「ノルドさん、他の魔物がサラマンダーの周辺にいることはないの?」

「う~ん、調査中、というべきかな? 今のところ、溶岩トカゲ以外を見たことはないけど、まだサンプル数が少ないから」

「それを調べるのが、研究者、ということか」

「そうだね。サラマンダーだけを調べるんじゃなくて、その周辺の関連する物までしっかり調べてこそ評価される――つまり、褒賞金を多くもらえる」

 ある意味では少々生々しい、だがとても重要なノルドラッドの言葉に、アイリスが『なるほど』と感じ入ったように頷くと、ノルドラッドはにんまりと笑って言葉を続けた。

「前回の調査地では、そこまで手が回らなかったから――ということで、アイリス君。ちょっと溶岩トカゲを生け捕りにしてくれないかい?」

「「………はい?」」

 揃って暫し沈黙、仲良く首を傾げたアイリスたちに、ノルドラッドは肩をすくめる。

「いや、だって、なんで溶岩トカゲは、沸騰する泥濘に入っても生きていられるのか不思議だと思わないかい?」

「……魔物だからじゃないのか?」

「それで片付けてしまっては、魔物の研究なんてできないよ。可能なら原理の究明、それができなくても、どれぐらいの温度まで耐えられるのか、火で燃やした場合はどうなのかなど、調査しないと」

「単純な生態調査だけじゃないんですね」

「そうだね。見たことだけを書いても大して評価されない。それに、よく知られている情報でも、実際に自分で実験して確かめないと。仮に同じ結果になるとしてもね」

 言っていることは、とてもまとも。

 ある意味、研究者の鑑。

 しかし、要求していることは、かなり無茶。

 遠距離から溶岩トカゲの目を射抜けるケイトを以てしても、溶岩トカゲの生け捕りは簡単にできることではない。

 いや、射抜けることが意味を持たないというべきだろうか。

 生け捕りなんて完全な力業。

 サラサのような魔法使いでもなければ、体力、筋力こそが物を言う。

 もっとも、普通の装備では触っただけで火傷してしまう溶岩トカゲ。防熱装備がなければ取り押さえることすらできないのだが。

「……やるの? アイリス」

 伺うように確認するケイトに、アイリスは渋い表情で頷く。

「やるしかないだろう。相場以上の報酬をもらうんだ。クライアントの要望には、応えざるを得ない」

「そうよね、楽な仕事で高い報酬なんて、ないわよね。アイリス、身体強化の方は?」

「後のことを考えなければ五分程度はいけるが、動けなくなるわけにはいかないからな。現実的には二、三分が限度だろう。ケイトの魔法の方は?」

「多少地面を柔らかくすることはできるけど、その程度ね」

 ケイトとロレアがサラサから魔法を習う傍ら、最近はアイリスもまた、魔力による身体強化の指導を受けている。

 その結果、村に来た当初は身体強化などまるでできなかったアイリスも、多少はそれを使いこなせるようになっていた。

 魔力量が特別多いわけではなく、その使用効率もまだまだ未熟であるため、持続時間は短いのだが、サラサの普段の行動からも判る通り、身体強化の効果は非常に高い。

 その上、アイリスの元々の筋力がサラサよりも多いこともあり、瞬間的にはアンドレなどのような屈強な男を上回る膂力を出すことができる。

 つまり、溶岩トカゲを取り押さえることも不可能ではないのだが、如何せん人手が足りない。

「基本的には、押さえつけてロープで縛るしかないと思うが……」

「どうやってそこまで持っていくか、よね。……罠とか?」

「だが、それで私が上手く上半身を押さえても、尻尾がある。あの攻撃も、かなり強力だぞ?」

「私だけじゃ……ノルドさんも手伝ってくれますか?」

「ボクにできることなら、もちろん。戦いは得意じゃないけど、筋肉なら貸せるよ?」

 それを言うなら力である。

 だが、あれだけの荷物を背負って採集者であるアイリスたちに平然とついてくる体力、筋力はかなりのもの。

 溶岩トカゲの生け捕りに役立つことは間違いない。

 それ故ケイトは、細かいことはさらりと流し、本来の要求を提示する。

「……ありがとうございます。ただ、できれば研究者としての知恵も貸して欲しいんですが?」

「知恵? 筋肉じゃなく? だったらあれだね。生け捕りのときにいつも使っている網があるから、あれを使おう。特殊な網だから、溶岩トカゲにも対応できるはずだから」

 ――そんな物があるなら、最初に教えて欲しかった。

 ――研究者は頭脳労働者じゃなかったか?

 ケイトとアイリスはそんな気持ちを飲み込みつつ、三人で相談。

 生け捕りまでのおおよその方策を決めたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 溶岩トカゲに向かってケイトが矢を放った。

 硬い所にあたったそれはカツンと撥ね返されたが、それで問題ない。

 単独の溶岩トカゲは、反撃よりも逃走を選ぶ。

 それはすでに何度も経験していること。

「アイリス! 行ったわよ!」

「あぁ! ていっ!」

 待ち構えていたアイリスが、軽く攻撃を加えて逃げる方向を調整。

 溶岩トカゲを追い込んだのは、ケイトが泥状にした地面に、ノルドラッドの持っていた網を隠した場所。

 ここに至るまでには、単独でのんびりしていて、逃げる方向が調整でき、罠を仕掛ける余地もある、そんな都合の良い場所にいる溶岩トカゲを探すという、かなり困難な作業があったのだが、取りあえずは割愛。

 せっかくそんな溶岩トカゲを探し当てても、罠を仕掛けている間に移動されたり、想定した方向に逃げずに失敗したりという苦労もあったのだが、そっちも割愛。

 幾多の困難を乗り越え、ついに溶岩トカゲを罠に追い込んだアイリスたちは口を揃えて叫んだ。

「「ノルド(さん)!!」」

「任せてくれ!」

 ノルドラッドが思いっきり縄を引くと、地面に隠されていた網が跳ね上がり、溶岩トカゲに絡みつく。

 動きを阻害された溶岩トカゲはバタバタと逃れようとするが、そこにアイリスが突っ込んで、伸し掛かるようにその頭を押さえ込んだ。

「くっ、熱い! ケイト! ノルド! 早く頼む!」

「今行くわ!」

 溶岩すらある程度は耐えうるアイリスの装備であれば、溶岩トカゲの体温で火傷したりはしないが、表に出ている顔の部分などには効果が薄いし、万が一、そこが溶岩トカゲに触れてしまえば火傷は確実。

 それを避けつつ、アイリスは伸し掛かるようにして、暴れる溶岩トカゲをなんとか押さえつけるが、筋力は強化できても体重差は大きく、ズリズリと引きずられてしまう。

 慌てて駆け寄ったケイトが、後ろ足にロープを掛けようとするが、溶岩トカゲの足の爪は鋭く、それに引っ掛けられただけでも、大怪我は免れない。

「し、尻尾も、かなり力が強いな!?」

 ノルドラッドも抱きつくようにして尻尾を押さえるが、溶岩トカゲも必死である。

 ビッタン、バッタン、勢いよく地面に叩きつけられる尻尾の威力は大きく、転がっている岩を砕くほど。

 まともにくらえば、骨などあっさり粉砕されるだろう。

「ぐぬぬ……」

 地面に足を引っ掛けて、必死で踏ん張るノルドラッドだったが――。

「ぬあっ!」

 僅かに足が滑ったその瞬間、ノルドラッドの身体が宙を飛んだ。

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