019 新たな商品 (5)
夏本番が近づく今日この頃。
“冷却帽子、特産品化計画”は順調だった。
ダルナさんは結構な量をサウス・ストラグで売っていたし、グレッツさんはあれ以降も何度か村を訪れて、冷却帽子を仕入れていた。
二人とも仕入れた冷却帽子はきちんと売り切っている様だし、後払いになっていたグレッツさんの代金も、次に来た時にきちんと支払われていた。
ここまで順調なのは、やはり相場より安いのが決め手なんだろう。
そして、ロレアちゃんのザル――もとい、特殊な帽子も想像以上に採集者に大好評。
蒸れ蒸れのヘルムが超快適になったと、売れに売れていた。
原料が麦わらだから、耐久性向上や防水性付与など、普通の冷却帽子に比べると作業工程が多い上に、帽子の作製自体にも手間が掛かるため、お値段はかなり高いんだけど、そんなの関係ないとばかりの売れ行き。
あまりに注文が入るので、ロレアちゃんの作業が追いつかず、ある日、足が悪いと聞いていたロレアちゃんのお婆ちゃんが訊ねてきた。
曰く、『ロレアが仕事中に内職をしていると聞いた。ロレアは仕事に専念させるので、お邪魔かもしれないが、私を店に常駐させてくれないか』と。
大半の時間は暇な店番故に、私としてはロレアちゃんが内職をしていても問題なかったんだけど、そう言われては断るのも悪いかと、許可。
結果、大半の帽子は曾お婆ちゃんによって作られる事になり、しばらくの間は、店の隅で麦わらを編む曾お婆ちゃんの姿が見られた。
けどそんな帽子も、この村でヘルムを被る人の大半に行き渡ってしまえば売れなくなる。
曾お婆ちゃんは来なくなり、ロレアちゃんも平常運転に。
出来の良さを考えれば、別の町で売り出せば売れそうだけど、完全オーダーメイドなので、それも難しい。
これを作るために、この村に採集者が訪れるぐらいになれば、言う事無いけど……ちょっと望み薄かな。
広まって村の知名度が上がるより、真似される方が早い気がするから。
でも、基本的には冷却帽子の販売は順調であり、村にお金が増えてきているのは間違いない。
“裕福な村”には程遠いけど、その一歩を踏み出した、ぐらいは言っても良いんじゃないかな?
そして、裕福になっているのは村人だけでは無く、半村人ぐらいのグレッツさんも同じ様で。
ある時私は、彼から相談を受けていた。
「エルズさんたちへの恩返しに、何か贈りたい、ですか?」
「はい。僕が村を出たことで、父さんにも、母さんにも、苦労を掛けていますから……」
グレッツさんのその言葉に目を丸くしたのは、私と同じように話を聞いていたロレアちゃんだった。
「放蕩息子と有名なグレッツお兄ちゃんが、恩返し!」
「えぇ!? 僕って、そんな風に有名なの!?」
“放蕩息子”は初耳だったのか、驚いたように声を上げたグレッツさんに、ロレアちゃんは非情にも頷く。
「うん。だって、育ててもらったのに、村を出て行って、ほとんど帰ってこない。仕送りをしている様子も無い。この村での一般的評価は、“ダメ息子。結婚しちゃダメな相手”だよ?」
「が~~~ん! 帽子を作るの、頼んで回った時、微妙に生温かく、優しい視線を感じたのは、もしかして……」
「ダメな子が頑張ってるから、少し協力してあげよう、って感じだと思うよ?」
「う、上手く交渉できたと思ったのに……」
ロレアちゃんに真実を突きつけられ、グレッツさんはガクリと項垂れる。
きちんと帽子は集められたんだから、それはそれで良いという考え方もあるだろうけど、商売人としては、少し微妙かも。
ただ、エリンさんが声を掛けた時よりも集まっている事は確か。
エリンさんという先行事例と、先払いというアドバンテージがあったとしても、グレッツさんにそれだけ同情を集める素養があったという事で……うん、あんまり嬉しくないかも。
しかも、下手をすればその同情は、グレッツさんでは無く、そんな息子を持ったジャスパーさんとエルズさんに対する物である可能性も……?
先日の襲撃の時を思い出しても、ジャスパーさんには人徳があるからねぇ。
けど、そんな事を言って追い打ちを掛ける必要も無い。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。無事に稼げているんですから。稼げる人が偉い。ある一面で、それは真実ですよ?」
「そ、そうですよね! きちんとお金、稼げました。僕は成功したんです!」
私のフォローに、少し立ち直ったグレッツさん。
しかし、そんな彼に、再び冷水を浴びせる人がここに。
「それも、エルズさんの伝手と、サラサさんの優しさがあってこそ、ですけどねー」
「うぅっ……」
「ロレアちゃん……」
グレッツさんには、微妙に当たりが厳しいロレアちゃんである。
村を捨てて出て行った――ある面ではそう見えるグレッツさんに対して、少し
あ、もしかして、ロレアちゃん、近所のお兄さんだったグレッツさんに、淡い恋心を抱いていたり?
好きだったから余計に、とか……?
でも、グレッツさんが村を出た年齢とロレアちゃんの年齢を考えると、その可能性は低いかな?
最初に店に入ってきた時、判らなかった風だし。
「……? なんですか、サラサさん?」
「あ、ううん。何でも無いよ」
私がロレアちゃんとグレッツさんを何度か見比べていたためか、ロレアちゃんが不思議そうに聞いてきたので、私は慌てて首を振って話を戻す。
「それで、恩返しでしたね。そうですね、私のお薦めは肥料製造機“ハーベスタ”ですね」
「肥料製造機、ですか? ウチの両親は、畑仕事はほとんどしませんが……」
「いえいえ、今回重要なのは、ハーベスタに投入する素材です」
ハーベスタは、投入した物を肥料に加工してくれる
枯れ葉や枯れ木、生ゴミなどを材料に、なかなかに効果の高い肥料を作ってくれるのだ。
そして、ジャスパーさんは猟師。
狩ってきた獲物を捌くと、どうしても不要な部分が大量に出る。
これらの処理って、意外に面倒なのだ。
放置すれば腐るので、穴を掘って埋めるなり、邪魔にならない場所に捨てに行くなり。
私も捌いたことがあるので知ってる。
その点、ハーベスタがあれば、処理は簡単。
更に肥料までできるのだから、それを農家の人に売れば、ちょっとしたお小遣い稼ぎになる。
難点を挙げるなら、動作させるために魔力が多めに必要になることだけど、ジャスパーさんはお隣さん。
最近やっと復旧した私の薬草畑にも肥料は必要だし、肥料を対価に、私が魔力を供給してもいい。
「猟師なら、持っていて損は無い
――決して、この機会に錬金術大全第四巻の未製作品を、とかは思っていない。
グレッツさんも私の説明に、深く頷いているので、何の問題も無い。
「なるほど、ゴミ処理が楽になって、小銭も稼げると。それは良いですね。僕も昔は手伝わされていたんですよ、内臓とかの処理。そのせいで猟師をやりたくない、って思う様になった部分もあるんですけど……」
「あぁ、小さい頃からやらされていたなら……解ります」
生き物の生首や血の滴る内臓とか、子供の頃に見たらトラウマ物。
慣れる人は慣れるかもしれないけど、逆にまったくダメになってしまう人もいると思う。
グレッツさんはたぶんダメになってしまった方で、行商人という道を選ぶ事になったんだろう。
「ちなみに、そのハーベスタはおいくらほど?」
「大きさと効率次第、ですね。処理量が多く、少ない魔力で稼働するなら高くなります。最低で一二万レアからですね」
「……結構しますね?」
「
「出せないわけじゃないですが、出してしまうと行商の元手が……。もうちょっと頑張って稼ぎますから、サラサさん、予約みたいな形でお願いできますか?」
「えぇ、構いませんよ。私も必要な素材を集める必要がありますからね」
どうせ近いうちに作るつもりだったから、実際には大半の素材は揃っているんだけど。
もっとも、作るつもりだったのは、ウチで出る生ゴミを処理できる程度の小さな物。
ジャスパーさんが大物を仕留めた時にも使うには、小さすぎる。
なので、素材が足りないというのも、嘘では無い。
「グレッツお兄ちゃんが親孝行……私も、お父さんに何かするべきでしょうか?」
「いや、僕、これでもロレアちゃんの二倍ぐらい生きてるからね?」
真剣に考え始めたらロレアちゃんに、グレッツさんは少し心外そうな表情を浮かべる。
「でも、“放蕩息子”だし」
「その評価は是非に払拭したい! これは是が非でも、父さんたちにハーベスタを贈らないと。肥料を配れば、僕の評価もきっと……」
ロレアちゃん世代にもしっかりと根付いている当たり、結構根深い気もするけど……。
まぁ、ジャスパーさんが肥料の販売を行うようになれば、話の流れ的に、ハーベスタをグレッツさんが贈ったという事は村の人の多くが知ることになるだろう。
それだけでこれまでのイメージが払拭されるかどうかは不明だけど、冷却帽子の事もあるし、案外うまくいくかも?
「親孝行か……ロレアちゃんの年齢なら、まだ気にする必要は無いと思うけど……」
「サラサさんは、両親に――あ、すみません……」
すでに私には両親がいないことを思い出したのか、ロレアちゃんが言葉を途切れさせて、頭を下げた。
「気にしないで。でも、お給料をもらうようになったら、贈り物をする、と言う話は私も聞いたことあるかな?」
私も、一応、孤児院への仕送りをしているわけだし。
あ、ちなみに師匠の元には、『孤児院への仕送り額は良い感じに調整してください』とのお手紙は送っておいた。この前、サウス・ストラグから帰ってきた後で。
私の稼ぐ額なんてまだ少ないけど、経験豊富な師匠に任せておけば安心だからね。
「一応、ダルナさんにお薦めの
「どんな物ですか?」
「えっと、“コロコロ”って名前の
「――はい?」
「だ、だから、コ、コロコロ……」
ロレアちゃんに真顔で聞き返され、私は少し赤面しつつ、再度その名前を口にする。
「は、はぁ。コロコロ、ですか」
「そういう名前なんだよ? 正式に。ちなみに馬車の車軸に取り付ける
具体的には、荷物の重さが半分になったような軽さ、らしい。
二頭牽きの馬車を一頭で牽けるようになったり、移動時間が大幅に短縮されたり。
馬車を使う人には、結構人気の
欠点は、それなりの頻度でメンテナンスが必要な事。
移動距離に応じて定期的にメンテナンスを行わないと、すぐに壊れる。
「サウス・ストラグとの往復ですから、メンテナンスは問題ないと思いますが……その、変わった名前、ですね?」
「だよね。でも、案外そういうの、多いんだよね、
基本的に、
大抵の人はとても単純に、機能そのままの名前を付ける。
制嗅薬、魔導コンロなどがそれ。
名前を聞けばどういう物か判るから、他の錬金術師からしても一番ありがたい名付け方。
柔軟グローブもこれに近いけど、柔軟性に加えて頑丈さなども並以上のグローブで、その丈夫さが重要だから、少し説明不足な名前。
せめて、“柔軟耐刃グローブ”ぐらいならもっと判りやすいと思う。
でも、このへんはマシな方。
困るのは、変なこだわりを見せる人や、直感で名付ける人。
自分は格好いいと思って名前を付けるんだろうけど、大抵の場合、名前からはどういう
幸いなことに、周囲に常識的な人がいれば修正されたり、『肥料製造機“ハーベスタ”』みたいに、判りやすい説明が名前に追加される。
対して、そんな軌道修正が図られなかった場合は、多くの人が苦労することになる。
そう、今回のコロコロのように。
「これは、ハーベスタよりは安いけど、ロレアちゃんのお給料だと、まだ買えないかな?」
「そうですか……頑張って働かないといけないですね。お父さんの仕事、楽になると思いますし」
ダルナさんも、冷却帽子でそれなりに稼いでいると思うし、むしろ、ダルナさんに直接売り込んでも良いんだけど……ロレアちゃんが贈りたいみたいだし、止めておこうかな?
「よし、ロレアちゃん、僕とどっちが先に買えるか、競争だね!」
ニッコリと笑ってそんな事を言ったグレッツさんに対し、やっぱりロレアちゃんは少し冷たい視線を向けつつ、口元に笑みを浮かべて口を開く。
「グレッツお兄ちゃん、半分の年齢の子供と競争して、恥ずかしくない?」
「ぐはっ!!」
とても正論である。
さすがグレッツさん、微妙に残念な人である。
外見はそう悪くないのに。
「ま、競争自体は構わないけど。グレッツお兄ちゃんも頑張ってね?」
「は、はい。頑張ります……」
どちらが年上なのか。
そんな事を少し感じさせるような様子で、グレッツさんはガクリと頷いたのだった。
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