017 新たな商品 (3)

 声の聞こえた方に視線を向ければ、この部屋に続く台所の入口に、仁王立ちになった女性の姿が。

 誰あろう、村長さんの娘のエリンさんである。

 彼女は村長が高齢になってからの子供らしく、まだ三〇歳前後。

 年代的にはロレアちゃんの母親、マリーさんと同じぐらいである。

 そんなエリンさんは、私の方を見て少し気まずげに謝ってきた。

「あ、サラサちゃん、割り込んでゴメンね? ちょっと聞こえちゃったから」

「いえいえ、問題ありませんよ、全然」

 台所で仕事をしていたらしいエリンさん。

 しかし、あまり広くはない家だけに、私たちの会話が聞こえても不思議じゃないし、聞こえると困る話題でも無い。

 それに、帽子を作ってもらうとなると、お願いしたいのはエリンさんたちの年代なわけで。

 むしろ、話に参加してもらうべき……?

「あの、もし良かったら、エリンさんの意見も聞かせてもらっても良いですか?」

「もちろん! まず、お父さん!」

 力強く頷いたエリンさんは、鋭い視線を自分の父親に向け、ビシリとその顔を指さした。

「な、なんじゃ?」

「さっきの話、サラサちゃんはすっごく、すっごく、村のことを考えて提案してくれているの! あんな好条件、普通は無いよ!?」

「そ、そうなのかの?」

 自分の娘に力強く言われると、否定もできないのか、村長は曖昧な返答をする。

 そんな村長に対し、エリンさんは再び力強く頷く。

「そうなの! サラサちゃん、その帽子、もし売れなくても冷却帽子にするコスト――五千レアは請求されないのよね?」

「えぇ。……ただ、同じ人が作った帽子が一定以上売れ残るようなら、制限は掛けさせて頂きますが」

 ある程度の損なら被るつもりはあるけど、私としても不良在庫が積み上がりすぎるのは、さすがにちょっと困る。

 そんな私の返答にも、エリンさんは納得した様にウンウンと頷く。

「それは当然だよね。サラサちゃんが損ばかりする事になるものね」

「なぜじゃ? サラサちゃんは別に買い取るわけじゃないんじゃろう?」

「お父さんのバカ!! 冷却帽子にするのに五千レアもかかるんだよ!? 帽子が売れなかったら、サラサちゃんは帽子を作るコストの何倍もの損をするんだからね! 解ってる!? 解ってないよね! 解って!」

 疑問を口にした村長にエリンさんが強い口調で迫り、村長がコクコクと頷く。

 冷却帽子作りに関しては、きっちり毎回成功すれば、素材費用自体は五千レアも掛からないけど……私の人件費を含めれば、格安である事は間違いないかな?

 しかし、前回のヘル・フレイム・グリズリー事件の時、村長の頼りなさがちょっと気になってたけど、もしかすると普段はエリンさんの支えが大きいのかも?

「そうだね、店頭に一人が並べられる数を制限するのが良いんじゃないかな? 別の物を並べたければ、売れ残っている物を自分で買い取る決まりにするとか。どう? サラサちゃん」

「私としては構いません。でも、買い取るのは難しくないですか?」

「ううん。売れない物を作ったんだから、そのぐらいの責任は取らないと。それに見方によれば、自分用の冷却帽子が五千レアで手に入るって事でしょ?」

「……そういう見方もできますね。帽子自体を自分で作れば、ですが」

 悪戯っぽく笑ったエリンさんに、私は頷く。

 やはりエリンさん、頭の回転が速い。

 こんな田舎村にいる人とは思えないほど。

 極端な話、どこからか帽子を手に入れてきてそれを私のお店に持ち込めば、五千レアで冷却帽子が手に入る。

 私が作って並べている冷却帽子が七千レアだから、その差、二千レア。

 普通の帽子は二千レアもしないし、自分の好きな帽子が冷却帽子になるのだから、かなりお得なのだ。

「ダメとは言いませんけど、自分のが手に入ったからもう作らない、とか止めてくださいね? 私の目的はそれじゃないんですから」

「もちろんよ。村のことを考えてくれているのよね? ダルナに売りに行ってもらうだけで、現金が手に入るんだから……サラサちゃん、無理してない?」

「大丈夫、ですよ……?」

 ホントはちょっとグレー。

 冷却帽子を五千レアで売っちゃうと。

 素材の氷牙コウモリの牙が近くで採取できることと、実際の販売価格はそれよりも高いことを考えれば、たぶん大丈夫。

 注意を受けたりすることはない……と、良いな?

 ――うん、ダルナさんが外で売る時は、最低価格を決めておこう、念のため。

 少し言い淀んだ私に少し心配そうな視線を向けたエリンさんだったけど、私がそれ以上何も言わないからか、小さく頷く。

「それなら良いんだけど……。解った。とりあえず私が何人かに声を掛けておくわね。できたら、お店に持っていけば良いのかしら?」

「え、えぇ、それで構いませんが……」

 『エリンさんが決めて良いの?』と村長の方に視線を向けると、ぼーっと話を聞いていた村長は、私の視線に気付いて、慌てた様に何度も頷く。

「そ、それで頼む。うむ」

「あ、お父さんはあまり気にしなくて良いから。今度からは、細かい話は私の方に持ってきた方が早いからね」

 あんまりと言えばあんまりな言い方だけど……村長は気にした様子も無く、テーブルのコップを手に取り、お茶を飲んでいる。

 それで良いの? 村長……。

 文句が無いなら、話が早い方が、私もありがたいけど。

「えっと……はい。それから、もし必要なら、帽子のデザインイラストなど用意しますので、お店の方へ取りに来てください」

「ホントに! わぁ、素敵! この村だと、都会風の服飾なんて縁が無いから。王都からきたサラサちゃんのイラストなら、きっと最先端よね!?」

 エリンさんもやはり女性。

 ファッションに興味があるのか、私の方に身を乗り出して目を輝かせた。

 そんな彼女に気圧されつつ、私は頷く。

「え、えぇ、その、あまり期待されても困りますが、一応、王都で着用されている帽子、です」

「楽しみ! 早速、みんなに声を掛けないと!」

「そのあたりは、よろしくお願いします」

「えぇ、任せておいて! きっと、素敵な帽子を作れるようになるから!」

 エリンさんは胸を張ってそう言うと、ポンと胸を叩いた。


 そしてこれが、この村の特産品の始まりになるのだった――といきたいところだけど、上手くいくかな?


    ◇    ◇    ◇


 村長さんの所――いや、正確にはエリンさんの所かも?――に行って、話をしてしばらく。

 冷却帽子の件はなかなかに順調だった。

 とは言え、最初から順調だったわけでは無い。

 納品直後にお金がもらえないというのがネックだったのか、仕組みがイマイチ理解できなかったのか、最初に納品してくれたのは私の知り合いばかり。

 具体的には、エリンさんと雑貨屋のマリーさん、鍛冶屋のジメナさん、そしてお隣のエルズさんの四人。

 ある程度お金を扱っている人や、私を信用してくれている人たちと言えば良いのかな?

 けどそれも、僅かな期間。

 エリンさんの指示で、マリーさんたちがやや意識的に『お金を稼げた』と噂話を広めることで、他の村人も帽子を作ってくれるようになったのだ。

 出来の方はピンキリだし、最初の頃は値付けちょっとこなれていない感じだったけど、最近は良い物は高く、拙い物は安く、そういう感じになっている。

 ダルナさんもウチで仕入れた冷却帽子を持って仕入れに行き、サウス・ストラグで売却、食料品や雑貨に加えて、帽子の材料となる布なども仕入れてくるようになっていた。

 私の利益には繋がってないけど……ま、長期的展望だよね。

 マイナスにはなってないから問題なし!

 ――と、思っていたんだけど。


 問題発生。

 その日、ロレアちゃんは、なぜか料理用のザルを頭に被って、出勤してきた。

「サラサさん! これ! これってどうですか?」

 普通のザルよりもコンパクトサイズで、ロレアちゃんの頭にピッタリとフィットしている。

 もしかして、取れなくなったのかな?

 まさか、奇行に目覚めたわけじゃない……よね?

「ロレアちゃん、どうしたの? そのザル」

「ザ、ザルじゃないです! よく見てください! ほら!」

 不満そうな顔で、ずずいっと頭を近づけてきたロレアちゃんの肩を押さえ、その頭を観察してみる。

 よく見るとそのザルは二重構造の様になっていて厚みがあり、麦わらを上下に交差するような感じで編み込んである。

「うん? 麦わら……もしかしてこれって帽子?」

「はい! 採集者さんの意見を聞いて、作ってみました! ヘルムを被る人用です」

 ロレアちゃんがカポッとそのザル――もとい、帽子を脱いで私に差し出したので、受け取って裏表と、確認してみる。

 厚みは一センチぐらい。

 器用なことに上手く二層になるように編んであり、軽く押さえたぐらいでは潰れない。

 ヘルムを被る人用って事は……あ、なるほど。

 この隙間。

 ここに空気が通って蒸れにくいようになっているんだ?

 これだけでも十分に価値があるけど、更にこれを冷却帽子にしてしまえば、ヘルムを被る採集者にとっては夏場の福音となってくれる事は想像に難くない。

「これは、凄いね……」

「へっへっへぇ~、でしょ、でしょ!」

 素直に感心した私に、ロレアちゃんが珍しいドヤ顔を見せてくれる。

 でも、この発想と麦わらを上手く編み込む技術、どちらも誇って良いよね、ホントに。

 十分にドヤ顔をするだけの価値はある。

 これまでもロレアちゃんは、店番の合間の時間を使って、麦わら帽子を作っていたけど、これはひと味違う。

「問題点は耐久性だけど、そっちの方は?」

「採集者の人にヘルムを借りて試してみましたけど、多少叩かれた程度なら問題ないみたいです」

 実験してみたところ、素材が麦わらだけに、そこまで丈夫ではないものの、簡単にぺしゃんこになって隙間が無くなる、なんてこと無かったらしい。

 ただし、飽くまで“多少”であり、攻撃を受けた場合はダメっぽい。

「う~ん、それならオプションで、耐久性向上も付加した方が良いかな?」

「そんなこと出来るんですか?」

 私のそんな言葉に、ロレアちゃんが目を丸くする。

「うん。ちょっと手間は掛かるけどね」

 錬金術大全に載っているままの錬成具アーティファクトを作るのであれば、そこの記載された回路などをそのまま書き写せば済むのだが、カスタマイズを行うためには、その意味などもしっかりと理解していなければ不可能。

 そんな事、錬金術師であればできて当たり前――かといえば、そうでもなかったりする。

 できなくても落第にならないんだよね、これ。

 全く無理、ではさすがにダメだが、複雑な物は対応できないという人は、それなりにいる。

 それでも錬金術師になれるのは、錬金術師が不足しているがゆえ

 錬金術大全に載っている物を作れるだけでも、十分に価値があるのだ。

 ちなみに私は……それなりに、できる。

 できないと成績上位に入るなんて不可能だから、師匠の助けも得ながら、必死で勉強しましたとも。

 もっとも、この冷却帽子に耐久性向上を付けるぐらいであれば、さほど難しくはないんだけどね。

「でもロレアちゃん、良くこんな複雑な編み方、考えついたね?」

「あ、そこは曾お婆ちゃんに手伝ってもらいました。えへへ」

 そう言ってロレアちゃんがはにかむ。

 そっか、曾お婆ちゃんか。これが年寄りの知恵という物かな?

「私はお会いしたこと無いけど、別の場所に住んでるの?」

「ウチに居ますけど、曾お婆ちゃん、足が悪くてほとんど外には出ないんです。あ、でも、まだ元気ですから、座ってできるお仕事はしてるんですよ? お母さんが持ってくる帽子って、半分以上は曾お婆ちゃんが作ってますから」

「あ、道理で……」

 マリーさんも忙しいだろうに、結構たくさん持ってきてくれるな、とは思っていたのだ。

 ダルナさんが冷却帽子を売りに行くから、それもあって頑張っているのかと思ってたんだけど、曾お婆ちゃんの手助けがあったのか。

「サラサさんのおかげで、曾お婆ちゃんも自分でもお金が稼げるって、喜んでいます。ありがとうございます」

「そう。なら私も考えた甲斐があるね。良かった」

「はい!」

 ロレアちゃんは曾お婆ちゃんの事が好きなのか、本当に嬉しそうに返事をする。

「あ、それでサラサさん、相談なんですけど、この帽子、サンプルとしておいて頂けませんか? 頭の形にピッタリと合わせないといけないので、受注生産にしようかと……」

「あぁ、そうだよね。うん、良いよ」

 少し言いづらそうになロレアちゃんに対して、私はニッコリと頷いた。

 ヘルムの下に被ることを考えれば、それは当然だろう。

 凄く手間も掛かってそうだし、何種類も作っておいておく事なんて無理だよね。

「ありがとうございます」

「問題は、今、村にいる採集者は結構な割合ですでに冷却帽子を持っていることだけど……新しい人も増えているから問題ないかな?」

「あ、そうですね。最近増えましたよね」

「たぶん、ヘル・フレイム・グリズリーの素材や氷牙コウモリの牙が、サウス・ストラグに流れたからじゃないかな?」

 素材が流れた事で、ヘル・フレイム・グリズリーが無事に討伐された事が確実となった。

 その上、この時季に需要の多い氷牙コウモリの牙も流れてきたのだから、稼げると思って採集者が集まること自体は、不思議ではない。

 もっとも、あの時に逃げ出した採集者に関しては今のところ私の店には来てない感じだけど。

 必ずしも非難するような行動では無いんだけど、やっぱりモヤッとするよね、この村に住んでいる私からすれば。

 もし来ても、差別するつもりは無いけどさ。

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