016 新たな商品 (2)
「一番の問題は、この村で現金が得られる仕事が少ない事だな」
「そもそも現金を持っているのが、採集者ですからね。その採集者向けの商売をしない限り、難しいでしょうね」
「採集者相手の商売……。なかなか難しそうですね。宿も食事もディラルさんの所が提供しているし、雑貨屋もすでにある。競合店を出すと言うのも――」
「お、お父さんのお店が潰れちゃいます!」
慌てたように両手をパタパタと振るロレアちゃんに、私は頷く。
「だよね。そもそも、トータルが変わらないんじゃ、意味が無いですしね」
採集者がもっと増えて、食堂が足りないとか、雑貨屋さんが混みすぎて利用できないとかになれば別だけど、村人の間で一つのパイを分け合っても意味が無い。
もしそうなったとしても、今のお店を拡張して村の人を雇う方が順当な対応。
昨日まで農業をしていた人が、いきなりお店をやり始めるってのは少し無理がある。
「それでは、店長殿が仕事を作るしか無いだろう」
「私、ですか?」
アイリスさんに指摘され、私は首を傾げた。
「こう言っては何だが、この村で一番お金を持っているの誰だ?」
「……一応、私、と言うことになるんでしょうか?」
私が自由に使えるお金かどうかは別にして、現金を持っているという意味では間違いではない。
ちょっと前まで極貧だったことが信じられないね!
さすがは
「もちろん、土地建物を含めた資産となると別かもしれないが――あ、いや、
「アイリス、話がずれてる」
少し考え込んだアイリスさんに、ケイトさんから指摘が入り、軌道修正。
「おっと。店長殿なら採集者からお金を吸収できる。そして、そのお金を村人に供給する仕事も作れるかもしれない。ロレアの様にな。まぁ、そんなわけだ」
確かに筋が通っている。
ロレアちゃんを雇ってお給料を払い、ゲベルクさんやジズドさんに仕事を依頼して、代金を払い。
現時点でも多少だけど、お金を供給しているわけで。
「お仕事ですか……従業員を増やす意味は、あまりないですし、それ以外だと……」
仕事も無いのに人を雇うのはなんか違う。
それはただの施し。
そんなのはダメ。
他にやってもらうような事……庭の草むしりとか、薬草の管理とか?
いや、でも、草むしりはともかく、薬草の管理はそれなりに難しいし……。
「あ、そうだ! サラサさん、冷蔵庫の本体部分はゲベルクお爺さんに頼んでいますよね? あれみたいに、
ロレアちゃんがパンと手を叩いて言ったその内容に、私はハッとした。
「あ! それはちょっと良い考えかも。えっと、今売っているのだと……冷却帽子の帽子部分、そこなら?」
錬金術師じゃなくてもできて、地味に面倒な作業。
これって、外部委託するのに良いんじゃない?
問題は、村で売れる
売れるのなら、環境調節布で寝具や衣料を作ってもらう事も考えられるが、この村だと残念ながら買う人がいない。
と言うか、いなかった。布だけでも。
「ただ、冷却帽子も、そろそろ頭打ち、だよね……一人一つ、いや、一家に数個あれば十分だし」
おばさんネットワークで、一瞬にして村中に情報が広がった現在。
必要で買える余裕がある人はすでに購入済み。
そうなると、まだ持っていない採集者しかお客がいないわけで……。
「そこは外販すれば良いんじゃない?」
「外販ですか?」
ケイトさんからの提案に、私は首を捻る。
「現状でも相場より少し安いのよね? それならダルナさんが売りに行けば、何とかなるんじゃない? 少なくとも、干し肉を売るよりは効率が良いと思うけど」
「……そうですね。悪くないですね、それ」
物が冷却帽子というのも大きい。
軽くて場所を取らず、そのわりに単価が高い。
そして、被ってみればすぐに効果が判るため、錬金術師ではないダルナさんが売っていても、偽物かも、と怪しまれることが無い。
すぐに使わない
「それだと、お父さんも、村の人も助かります! サラサさん、できるなら……」
ロレアちゃんから、懇願するような視線を向けられ、即座に私は頷く。
彼女相手に、否、と言えようか。
「うん、解った。その方向でやってみるね」
そう答えた私に、アイリスさんがちょっと肩をすくめて苦笑する。
「まぁ、村の外に売るなら、帽子も実用一辺倒じゃなく、デザインも考えた方が良いだろうがな。今売っている物は、農家や採集者向けだろう?」
「ですね。使い勝手優先で作りましたから」
あとは私の手間を省くため。
下手に手間を掛けて、販売価格を上げるより、実用性重視の方が村人向けだと思ったから。
「さすがに町の人に、今の物は人気が無さそうよね。かといって、農家の方が被っている麦わら帽子も……農村に売りに行くなら別でしょうけど」
「やはり、オシャレな物を作るしか無いだろうな」
「うっ。それは難しそうです。村のおばさんたち、オシャレなんて縁が無いですから……」
そういえば、ロレアちゃんって、最初に私を見た時に『都会っ子』とか言ってたっけ?
全然オシャレじゃない私を見て。
「そのあたりは……参考となる物でも作りましょうか。帽子のイラストとか描いて。ケイトさんたちはどうですか? 帽子のデザインとか、知りませんか?」
「うっ……私はそちら方面はあまり……」
「アイリスは興味ないものね。……絵もダメだけど」
「ケイト~。て、店長殿、確かにあまり興味は無いが、良し悪しぐらいは分かるんだぞ?」
「え、えぇ」
私の帽子にダメ出ししたからか、少し焦った様に言い訳をするアイリスさん。
でも大丈夫。
さすがに私も、今売っている帽子がオシャレだと思って作ったわけじゃないから。
「そちらの方は私が協力するわ。特別絵が得意なわけじゃないけど、雰囲気ぐらいは伝えられると思うし」
「はい、是非お願いします」
いざとなれば、師匠に頼ることも厭わないつもりだったけど、これで少しは安心かな?
王都暮らしとはいえ、私はあまり外を出歩かなかったから、ファッションに詳しいわけじゃないしね。
「それじゃ、ちょっと私は、村長さんに話を通してきますね」
◇ ◇ ◇
思い立ったが吉日。
早速私が村長の家を訪ねると、村長は暇していたようで、すぐに招き入れてくれた。
「ふむ、仕事の依頼か」
私が簡単に説明すると、村長はふむふむと頷いた。
「はい、どう思いますか?」
「悪くないのぅ。いや、正直、村としては助かるわい。現金が足らず、ダッドリーとダルナに頼る事も多くてな……」
そう言って村長さんは、大きくため息をつく。
税金の支払いで出ていく現金に対し、入ってくるのは採集者が宿屋と雑貨屋で使うお金。
あとは、人数が増えた時に貸し出している家の家賃だけ。
採集者の集めた素材の多くは、そのままサウス・ストラグに持ち込まれていたため、村にお金が入る事も無く。
結果、村に残る現金はかなり限られ、税金の支払いの時期にダッドリーさんとダルナさんから現金を借りる様な事もままあったらしい。
「しかし、村の女たちが作れるのは麦わら帽子ぐらいじゃぞ? 縫い物はできるじゃろうが、作り方は知らんじゃろう」
「そこは、私の方からデザインの参考になるイラストを提供する予定です。それを見て、どうやって作るかは考えてもらう必要がありますが……必要であれば、多少は指導できますから」
「それなら、何とかなる、かの? それで、どれくらいの量をいくらほどで買うのじゃ?」
「それなんですが……今考えているのは、委託という形です」
「委託? どういう意味じゃ?」
不思議そうに首を捻る村長さんに、私は考えていた方法を説明する。
まずは、村の人が自分の負担で帽子を作り、自分の好きな値段を付ける。
私はその帽子に冷却帽子としての機能を付け、村の人が付けた値段に冷却帽子にするための費用を加算して、店頭に並べる。
そして、その帽子が売れれば、村の人にお金を払う。
「実用性重視の簡単な帽子と、手間を掛けたオシャレな帽子、同じ値段にするわけにはいきませんから」
「ふむ、それはそうじゃな」
「今考えている冷却帽子にする費用は、一個あたり五千レアです。村の人が五〇〇レアの帽子を作れば、五五〇〇レアで店に並ぶ、と言うことですね」
「……帽子が売れなければ、代金は払われんのか? それは、村の者が損するんじゃないのかの?」
「それは――」
「そんな事無いわ、お父さん!」
私が説明しようとしたその時、部屋の中に鋭い声が響いた。
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