014 街へ行こう (2)
「さて、お互い良い取引ができたわね。――サラサ、今日も泊まる?」
お金と素材のやり取りが終わり、そろそろお暇を、と席を立った私に対し、レオノーラさんはそんな提案をしてくれた。
だが、私は首を振ってそれを固辞する。
「いえ、今日は帰ります。今回の目標は日帰りなので!」
時間はまだ昼前。
今なら帰れる!
そう言って拳を握る私に、レオノーラさんから呆れたような視線が。
「日帰りって……いや、ウチに来た時間を考えれば、不可能じゃないわね。今朝、村を出たのよね?」
「はい。今回は休まず走ってきました」
「この武闘派め。しかも良さそうな剣を腰に差してるし」
パッと見は、ごく普通の剣なのに。
私は鞘ごと剣を引き抜くと、カウンターの上に置く。
「ふっふっふ、見ます? 見てみます?」
「なに? 随分、嬉しそうだけど」
「師匠にもらったんですよ、これ」
「ホントに!? ちょっと見せて! ……うわぁ、何の飾り気も無いけど、凄味が感じられるわ」
即座に剣を取り上げ、引き抜いたレオノーラさんは、刀身を見て感嘆の声を上げた。
あれだけ使っても、曇り一つ無い剣だからねぇ。
「切れ味も凄いですよ。ヘル・フレイム・グリズリーの首、一撃で落とせましたから。さすがマスタークラスが作っただけありますよね?」
「――いや、それは違う」
「あれ?」
私の師匠って凄いよね、と言ったら、アッサリ否定された。
「私だと、この剣を持ってても無理だから。そもそもヘル・フレイム・グリズリーに剣を持って向かっていかないから、普通の錬金術師は」
「あぁ、魔法が得意な方が多いですよね、錬金術師だと。剣は一応、程度にしか使えない人もいますし」
だからこそ、私が報奨金をもらい放題だったんだけど。
「そういうレベルじゃないんだけど……ま、いっか。サラサだし」
「……なんだか、微妙に貶されてます?」
「褒めてる、褒めてる。――ある意味で。それより、お昼まだでしょ? 良い剣を見せてくれたお礼に、奢ってあげるわ」
軽く言って差し出された剣を、自分の腰に差しつつ、私は頷く。
「むー、なんか気になる言い方ですが、奢りに免じて気にしないことにします」
「そうそう。気にしない、気にしない。――ちょっとー! 昼食に出てくるから、店番お願い!」
「はーい」
店の奥から返事が聞こえるのを確認し、レオノーラさんは私の背中を押して、店を出たのだった。
◇ ◇ ◇
レオノーラさんに連れられて入ったお店は、素直に高級店だった。
簡単に言えば、ディラルさんの所とは、一桁お値段が違う。
私一人なら、まず選ばないお店。
しかし、今回は奢り。
つまり、私、最強。
遠慮はしない。
私、お得なことには目が無い系の女子なので。
けど、本当の最強は、遠慮しない私を微笑んで見ている、レオノーラさんである。
さすが、ベテラン錬金術師は違うね!
私なんて、多少お金を持っていたとしても、自分の事にはなかなか使えないのに!
「サラサ、お腹いっぱいになった?」
「はい! すごく美味しいお店ですね、ここ」
本当に遠慮せず、値段の事も考えずにお腹いっぱいに食べたのに、レオノーラさんの微笑みは変わらない。
「私もお気に入りなのよ。サラサも今は大変だと思うけど、しばらくすれば余裕が出てくるから、このぐらいのお店も気にせずに利用できるようになるわよ?」
「あー、でも私、余裕が出たら、孤児院にもうちょっと寄付しようかなって」
孤児院が大変なのに、自分だけ良い物を食べているってのは、ちょっと……。
「サラサは孤児院出身かぁ。でも、ほどほどにした方が良いわよ? もしくは、孤児院の院長と相談して金額を考えるか」
「そうですか?」
「だって、高レベルの錬金術師が本気で寄付したら、孤児院が凄く快適になると思わない? そんなところで育った子供は、どうかしら?」
「あぁ……そういう考え方もありますね」
例えば師匠。
仮に師匠の収入の一割でも寄付すれば、確実に私のいた孤児院は、世の大半の子供よりも贅沢な暮らしができたと思う。
じゃあ、そんな環境で、私が必死に勉強したかと言えば……たぶん、無理。
この環境から抜け出したいという、強い思いがあったからこそ頑張れたけど、快適に生活できていたら……。
そして、そんな環境で育った子供が、孤児院から出た後にどうなるか。
いきなり生活のレベルが落ちる事になるわけで……きっとあまり良い事にはならない。
「かく言う私も、孤児院出身なんだけど、日々の生活に関しては最低限にして、建物の補修などの時には纏まったお金を渡してるのよ」
「なるほど、勉強になります」
単純にお金を渡せば恩返しになるってものでも無いんだね。
院長なら上手く使ってくれると思うけど……私の収入が増えた時には、一度相談してみよう。
「うん。ま、そのへんは師匠とも相談したら? マスタークラスなら、私よりも人生経験も豊富だと思うし」
「アドバイス、ありがとうございます」
「いえいえ。これでも先達だからね。困った事があったら、何でも相談して?」
「はい。ご近所ですし、色々と相談に乗ってもらう事もあるかと思いますが……」
「えぇ、何時でも」
「助かります。それでは、私、行きますね。日が暮れるまでに帰りたいですから。今日はごちそうさまでした!」
店を出て、改めてお礼を言う私に、レオノーラさんは少し苦笑をしつつ手を振る。
「今からで帰り着けるのが異常なんだけど……言うだけ無駄だとは思うけど、道中気を付けて」
「はい。それではまた!」
レオノーラさんと別れた私は、村に帰るべく、すぐに町を出て走り始めたわけだけど……。
「うっぷ……。ちょっと食べ過ぎた」
走り出してすぐ、重くなったお腹に悩まされる事になる。
いくら奢りとは言え、直後に走って帰るという事を忘れて食べまくった私は、完全な考え無しである。
でも仕方ないの! 貧乏性だから!
奢りと言われて食べられるだけ食べないなんて、あり得ない選択肢。
結果、私の足は遅くなり、村へと辿り着いたのは、ほぼ完全に日が落ちた頃だった。
日帰りと言って出てきただけに、少し遅くなった私を、心配そうに待っていたロレアちゃんたちに謝り、一緒に夕食を食べて、その日はすぐに就寝。
翌日、ゲベルクさんにきちんと発注したことを伝えて戻ってくると、ちょうどアンドレさんがお店を訪れたところだった。
「おう、サラサちゃん、まとめてきたぜ。グローブの注文を」
「もうですか? えっと……あれ? 随分多いですけど……」
この量って、今この村にいる採集者、全員分ぐらいじゃないかな?
「ああ。あのグローブの便利さと氷牙コウモリの事を伝えたら、誰も彼も欲しいって言い始めてな」
氷牙コウモリの牙を折る際の危険性とグローブの利便性、それに氷牙コウモリの牙の買い取り価格を勘案し、ほぼ全員が柔軟グローブを注文しても十分に元が取れると判断したらしい。
「……まぁ、あって損は無い物ですけど、実物も見ずにこれだけ注文が集まるとは……アンドレさんの信頼感、ですか?」
「俺もベテランでちょっとした顔じゃぁあるが、どっちかと言やぁ、サラサちゃんへの信頼感だろうな」
「私……?」
何かしたっけ?
アンドレさんにとりまとめを頼んだだけだけど。
「あれだけ強いサラサちゃんが使ってるなら、サラサちゃんが作る物なら、サラサちゃんならきちんと買い取ってくれる。そのへんまとめて、信頼されているんだよ」
柔軟グローブの強靱さは、私のお墨付き。
そして、失敗して指を無くす危険性がある事も、私のお墨付き。
採取した氷牙コウモリの牙もきちんと正価で買い取る。
その状況で、柔軟グローブを買わない理由は無い、と。
「それは……ありがたい、ですね。錬金術師も採集者から見放されると、立ち行かなくなりますから」
錬金術は、採集者の集めてきた素材を買い取る事で成り立っている。
つまり、採集者からそっぽを向かれて、売ってくれなくなれば、錬金術師としてやっていくのが難しくなる。
もちろん、全部自前で採集に行き、同業者からの仕入れで賄う方法もあるけど……収益としてはやっぱり厳しくなるよね。
「しかし、これだけ売れるなら……そうですね、一双三八〇〇レアの所、三五〇〇レアにしましょう、たくさん注文を集めてくれたアンドレさんに免じて」
「お、良いのか? 別に元の値段でも十分にそれだけの価値があると思ってるぞ、俺は」
「構いませんよ、それでも何とか利益が出ますから」
何故なら、私自身がサウス・ストラグまで素材を買いに行ったから。
これが注文して取り寄せだったら、ちょっと無理。赤になる。
「それなら、その言葉に甘えるか」
「はい。甘えてください。私も採集者が安全になって、たくさんの素材を持ち込んでくれる方が儲かりますから」
「はっはっはっ! こりゃ、頑張らなきゃいけねぇな!」
ニッコリと笑って言った私の言葉に、アンドレさんもまた大きく口を開けて笑ったのだった。
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